週末、仙台スタジアムは、総立ちで選手を迎え入れることになった。
360度総立ちで、選手を鼓舞する。
いつからか、バックもメインも、座って試合を眺める席になった。
当然、跳ねる必要も、大声を出す必要もない席であるのは承知している。
ただ、いいプレーへの拍手や、気持ちが昂ってチャントを口ずさんでしまうような、実は内に秘めた熱量は高いエリアなのである。
それすらも鎮めてしまった。
この3年間という時間と、それまでにクラブとサポーターが経験したことの物量と質量は計り知れない。
選手たちがピッチサイドに出て入場の準備を整える。
本来は、試合直前のチームコールからだったが、みんな自然と立ちあがる。
ひとりで来たひとも、カップルで来たひとも、夫婦できたひとも、僕もみんなが立って、カントリーロードを口ずさむ。
タオルを目の前に掲げるが、当然、夫婦やカップルは2人でタオルの端と端をもって掲げる。
僕は、その光景がとても尊く、そしてどれだけかけがえのないもので、儚く、そして大切にしなければならない光景に思えた。
バック自由やゴル裏自由のような熱狂的な応援というわけでもないのだけれど、それでも目の前の選手たちを、チームを応援したい気持ちには変わらない。
一人一人の力は弱くても、大切なひとと一緒に強く、ベガルタ仙台を応援しようとする、そんな姿に見えた。
静かに、滾る、青く気高い炎のように。
僕は、少し泣きそうになりながら、このスタンドの風景を見ていた。
そして、カントリーロードを口ずさんでいた。
夕方の沈みかけた太陽は、スタンドを金色に輝かせ、幾千もの星たちが輝く夜へと誘う。
そんな黄昏時に、僕たちのカントリーロードが滲んでいく。
仙台は、ベガルタ仙台は、ひとりじゃないって、そんなふうに思えた。
応援するひと達が必ずいる。
青い炎は、チームコールとともに、大きな炎へとその姿を大きくしていく。
試合開始の笛が、吹かれた。