蹴球仙術

せんだいしろーによるサッカー戦術ブログ。ベガルタ仙台とともに。

「流れよ僕の涙」と、少女は微笑んだ。5

世界を司る

遠くから銃声が聞こえる。

その火薬が焼ける乾いた音は、何発も何発も放たれている。

一度止んだと思った次の瞬間、次次々と連続した音が響き渡る。

焦げ臭く、煙臭いこの場所においては、これが日常だった。

 

その銃声が、ピタリと止む。

さっきみたいに、また鳴り響くことなく、まるで台風の前日のように、まるで雨上がりの公園のように静かになった。

この戦場において、その瞬間はたったひとつしかない。

『彼女』が通る時だ。

 

18歳の、その女子高生は、たったひとりでこの戦場を闊歩している。

世界を貫く、一発の弾丸のように。

彼女は、戦場のど真ん中を歩き続ける。

 

「僕は帰ってきたんですよ」

そう、「彼女」は囁いた。

誰に聞こえるわけでもなく、まるで自身に言い聞かせるように。

あるいは、彼女を見つめる誰かに、宣言しているようだった。

彼女は、帰ってきた。

 

かつて「重力少女」と呼ばれた、サッカー与太話好きな、圧倒的なまでのヒロイン力を見せつけられた宮城野原 詩と戦い、「宿敵少女」と呼ばれた佳景山 御前と来る日も来る日も戦いついに敗れるまでついていた名は不敵少女。

 

日常に潜むサッカー談義の世界から、三羽烏を引き連れ、この現世へと降臨した。

高身長で、学校の人気者で、朗先輩は僕にメロメロで、史上最強最上美少女であるこの僕が。

今、まさに、現れようとした。

 

「変なナレーションしてないでさっさと靴履いて出てこいや!!!!!!」

え?

「ここは戦場じゃなくて学校だ!!!世界はお前を求めちゃいないわ!!!」

え?

「というか後半ほとんど自慢というか惚気も入ってたぞ!!!」

え?

「なんか喋ったらどうなんだ!!!なんで私の話には無反応なんだよ!!!」

今日も御前さんはうるさい。

 

これは、僕、東照宮つかさが高校生活最後に体験した話。

僕が朗先輩たちと離れて、夏に巨悪と対峙してから少ししたころ。

季節は急速に冷え、暗く、洗練されていった。

 

「ただいま」

と言いながら、僕は微笑んだ。

 

秋空の帰り道を帰る2人。下駄箱からド派手な登場をした東照宮つかさは、佳景山御前から小言を聞かされながらの下校になった。

 

「お前いい加減普通に帰れないのか」

「普通とは?」

「普通は普通だろ!靴履いて黙って出てくればいいじゃんかよ」

「それじゃ困ります。御前さん」

「何が困るんだよ?」

「それでは……つまらないじゃないですか」

「つまるもつまらないもないだろうが!!」

 

「私たちこれでも受験生なんだぞ」

目の前で「ウマー」と言いながらドーナツを頬張る東照宮つかさ。

「寄り道とかしないでさっさと帰って受験勉強しないと」

「そんなことより御前さん。ほら」

「ん?」

ピースピースとポーズをとる東照宮つかさ。

プリクラには、可愛く写る東照宮つかさと仏頂面の佳景山御前が写っていた。

 

「まあいいじゃないですか。こういうのも」

「いいっていうかほぼ毎日お前と帰ると寄り道してるんだけどな」

「最近はサッカーだって見てないですし、こういう息抜きがほしいところなんですよ」

 

「二人そろって県外に進学だしな」

「そうですよ。こうして御前さんと遊びながら帰るなんてできなくなるんですよ?」

「そう言われるとちょっとセンチメンタルな気持ちになるな」

「爛れた大学生活に、甘酸っぱい青春なんて似合わないので、今のうちに味わっておくべきです」

「私も爛れるみたいに言うな」

 

「じゃあ、また明日」

「ええ、また明日会いましょう御前さん」

そう言うと2人は、それぞれの帰り道を歩き始めた。

 

「ん?」

スマホの通知に気づいた僕は、久しぶりに見た名前に少し嫌な予感があった。

それは、かつての協力者の名前で、僕の叔父の名前。

『薬師堂柊人』

Foot Lab編集長からの連絡だった。

 

「やあ久しぶり。つかさちゃん」

「お久しぶりです。叔父さん」

別に連絡なんてしなくても、僕の家の前にいるのなら、特段問題なかったように思う。

一応の配慮、なのか。

「冬以来…だっけ?ずいぶんと懐かしくなってしまったね」

「ええ。朗先輩たちが卒業した時以来ですから」

 

僕はあの時、傷心していた朗先輩を救うために、叔父に協力を依頼したのだった。

あの榴ケ岡神奈子を打倒するために。

朗先輩の仇をとるために。

 

「実は、今回、俺の方からつかさちゃんに頼み事があって来たんだ」

「なんです?頼みって」

「ある生徒を探している。神杉高校の生徒だ」

「人探しですか。しかも僕の学校の生徒を探るようなことをしてほしいと」

「冷たい言い方だな、つかさちゃん。きっと君も気になると思うんだ」

「何にです?」

「その生徒にだよ」

「それってどういう……」

「未来予知」

「え?」

「その生徒は、いや少年は、サッカーで起こる未来を完全に把握することができるんだ」

 

「どうだい?面白そうだろ?」

「仮にその話が本当だとしても、僕はあまり気乗りしません」

「どうして」

「さっきも言いましたけれど、自分の学校の生徒を調査する真似はしたくないってことです」

 

僕は、なぜか旭ケ丘 愛理主を思い出した。

学校の副会長である彼女が、僕に勝負を挑んできたのは夏の出来事だった。

僕のことを入念に調べ、空き教室にまで誘い込み、対面するところまで追いつめた。

叔父の頼みとはいえ、借りがあるとはいえ、正直拒否したかった。

 

「これは……」

いつもの叔父の口癖が出る。

「これは、役立たずの叔父の、情けない編集者の土下座にも近い頼みなのだけれど、そこを何とかお願いしたいんだ。俺があちこち嗅ぎまわるより、つかさちゃんから聞いてもらった方がスムーズに進むと思うんだ」

「それで、僕にとっては何が嬉しいんです?」

「原稿を横流しするよ」

 

ふざけた提案に、僕は吹き出しそうになったのだけれど、とりあえず我慢した。

馬鹿なのか?

「叔父さん、さすがにそれはマズいでしょう」

「なんなら、あの宮城野原 詩の初原稿を紙面掲載前に流してやってもいい」

「別に、直接ご本人から伺いますから不要ですよ」

 

「頼むよつかさちゃん!君だって興味あるだろ?未来予知ができる少年だぜ?」

まあたしかに。

そんな噂が本当なら、ですが。

「なんならそいつとサッカーを観てほしい。それで嘘か本当かすぐ分かるはずだろうからさ」

なんだか、だんだん叔父さんがかわいそうに見えてきた。

それに、不思議と興味が湧いてきました。

まったく。こういうところは、親戚としての血を感じます。

 

「未来予知ですか……」

「協力してくれるかい?」

「朗先輩を助けてくれた件もありますし。いいですよ、名前を聞くのであとは叔父さんからコンタクトしてください」

「ありがとう!本当にありがとう!」

「代わりにFoot Labの定期購読料、無期限でタダにしてくださいね」

「え?」

そう言うと僕は、玄関の扉を開けた。

僕の新しい冒険が始まった。

そして、これが高校生活最後の問題の始まりであることを、この時の僕は知らない。

 

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