蹴球仙術

せんだいしろーによるサッカー戦術ブログ。ベガルタ仙台とともに。

「流れよ僕の涙」と、少女は微笑んだ。4

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副会長様は言わせたい

「さあ、その答えを読んでくれないか東照宮

 

そう聞こえた。

教室のドアの向こう側で。

 

この問題の出題者であり、一連の仕掛け人。

こんな意地の悪い問題を僕にぶつけてきた犯人。

 

「御前さん。この問題を解きながら、ひとつ僕たちが見落としたことに気づいたんです」

「な、なによ…」

「僕たちがこの解放教室に入るにあたって、僕たちしか知らないはずだと思い込んでいました。でもそれは間違いだった。きわめて事務的な手続きなので、すっかり見落としていましたよ」

「だ、だから何だっていうのよ…!さっさと言いなさいよ!」

 

「僕たち、夏休み中の学校に入るにあたって、生徒会にLINEで入校許可を提出しましたよね」

「し、したわよ。それがな…えっ…もしかして、この問題の出題者って生徒会関係者?」

「ええ。しかも、今の一声で確信しました。生徒会唯一の女子生徒。神杉高校生徒副会長、旭ケ丘 愛理主です」

 

「そういうことよ。さ、お前が導いた答えを言ってくれないか?私は、それを待っている」

 

圧力。

この人は、どうしても、僕に降伏宣言させたいらしい。

僕は、さっき気に入らないまま書いたその「答え」を読む。

 

「『僕の負けだ。』」

 

ドアが開く。それがドアを開くための呪文。

すべての黒幕がそこにはいた。

 

白銀の長髪。ウェーブがかったと言うべきか、全体的にふわふわとしている。

色白で切れ長の目。綺麗なことに疑いなどない。

 

そんな、黒幕。

 

「正解。正解だよ東照宮。私が望んだ答え、そしてお前が、導いた答えだ。素晴らしい、完璧よ」

最低最悪の問題を出した本人。

「どうだったかしら?気に入ってくれたか?私が用意した問題を。ぜひ、お前の口から、直接感想を聞かせてほしい」

たっぷりと、いや、いたぶるように、僕と僕が出した答えを味わおうというのか。

―――――サディスト。

この表現がもっとも似合う人間を、僕はこの人以外に知らない。

 

いや、彼女が「冷血の副会長」として呼び声高くなったのも、ごく自然なのかもしれない。

 

「ええ。最低最悪でしたよ」

「ああ、それは良かった。随分と気に入ってくれたみたいで。私嬉しい」

御前さんが敵意をむき出しにしている。

間違っても、御前さんが手を出すような真似はさせたくない。

副会長というカードを使われかねない。

「それで?『お前の』答えは分かった。今度は、証明も聞かせてくれないか東照宮。できるだろ?」

「こ、答えが分かったんだから、それでいいだろ!!」

「良いわけがないんだ佳景山さん。だって、私の問題は、答えと証明を求めているのだから。そうだろ?東照宮

 

そう。

そうか。

この人は、初めから僕が負ける問題を用意したのか。

そしてそれを僕自身に解かせて、証明させて、答えを出させたのか。

それは、僕が導いた答えになる。

僕がこの人に負けを宣言させることになる。

 

狡猾。

そこまでして、僕に勝ちたいというのか。

 

「どうした東照宮?さあ、証明をしてみせろ。どうしてその答えになったんだ?」

分かっているくせに。

「最初の盤面、この時点で、ボールホルダーにプレッシャーがかかっていない。僕側のチームは、すでに不利に立っている。サイドハーフがハーフスペースをケアしつつ、ウィングへのスライドで対応するけれど、カバーの原則から結果として、全体的にブロックラインが下がる。つまり……」

 

頭を垂れるかのように。

僕は、答えた。

「撤退(リトリート)するしかない。仮にボールを奪っても、前線のターゲットが低いから陣地回復が難しい。だから、初めの盤面になった時点で、僕は負けていた」 

これがこの人が用意した答え。

いや、ここでは、僕が出した答えになる。

 

「初めから、僕が不利になる盤面になっていた。そこからさらに、あなたが有利になるような攻撃の選択肢を考えさせる……僕自身に……」

すべては仕組まれていた。

「ポジショナルプレー……あなたは、僕にポジショナルプレーの問題を出してきた」

「お前が気に入ってくれると思ったんだ」

守備側の僕に攻撃側のことを考えさせて、僕自身が僕を殺すよう仕向けた。

なんて恐ろしいことを考える。

「数的優位性、質的優位性、位置的優位性……それぞれの優位性で、お前を追い詰めた。お前の優位性を削ぎ落しながら。でも、それは、他ならぬお前が導いた答えだ」

 

「つかさ……」

「最高の展開だと思わないか?お前の答えも証明も合っていたが、不敵と呼ばれている東照宮つかさが負ける。それとも、この問題を受けなければよかったと、いまさら後悔でもしているのかい?」

そんなことは許されない。

この人が許さない。

「違う、違うよな。お前も分かっているように、それも同じこと。お前が負けを認めることになる」

「で、出来レースじゃない!最初から負ける盤面にしてたなんて。問題としておかしい!」

「素晴らしい!その正々堂々さには、感心してしまうわ佳景山さん。でも、サッカーではよくあること。戦前の予想が外れて劣勢になる……試合中修正できずに失点する……よくあること。普通のことだ……負けることなんて」

そう、よくある。

「よくある試合、よくある失点、よくある敗戦、よくある話……」

そして、よくある間違いだ。

「だからね佳景山さん。あなたみたいな実直な人間からしたら、私のような人間はズルいとでも思うかもしれない。でも、ズルだろうが何だろうが、負けは負けでしかない」

「くっ……」

そう。

負けは負けだ。

でも、間違いも、

 

間違いだ。

 

「ええ、僕の負けです、旭ケ丘さん。でもそれは、あなたが用意した問題と答えの上での話です。」

 

約束のサッカースタジアム

「つかさ……?」

「この問題には、重大な見落としがある。非常にメタ的なところで。そう、もっと根本的な部分で」

 

顔色が変わった。

この人は、すぐに顔に出るのか。

 

冷たい血が、一気に、顔面を覆ったようだった。

 

「私にヌケモレがあったというの?ケアレスミスとでも?すべてが完璧のはず」

「ええ、抜け漏れも無くあなたの問題は完璧です。完璧ですが、その完璧さそのものが欠陥といっていいでしょう」

 

さらに顔色が変わる。

僕が一人なら、こんなことはとても言えないだろう。

この人の前で。

 

冷たい血が流れるなどあり得ない。

この愛称を名付けた奴は、大馬鹿者だ。

 

血すら、流れていない。

 

「………私の問題が気に入らないと言うのか?……東照宮

 

怖くて逃げたい。

けれど、御前さんがいる。

逃げるわけには、いかない。

 

「あなたの問題は完璧です。でも人間は、そこまで完璧ではない。選択ミスもする、プレーミスもする。この問題の前提は、『人間ではなくマグネットがサッカーをしている』ことです。これは、致命的な欠陥と言えるでしょう。なぜなら……」

 

きっと、朗先輩や宮城野原先輩、八乙女先輩なら、烈火のごとく怒るのだろうな。

こんな問題を出されたことに。

僕も甘い。

 

いや、優しい。

 

「サッカーをするのは人間です。ボード上のマグネットじゃない」

 

恐ろしい人だ。

旭ケ丘 愛理主という人は。

恐ろしい。

敵と言うべきでしょう。

 

「すべてのプレーが、最も合理的なプレーであることを前提としたこの問題……たしかに、盤上の検討なら問題ないですが、ではサッカーに落とし込んだ時どうでしょう。僕たちは、ホワイトボードのうえのサッカーに関心があるのでしょうか」

大事なことは、ピッチにある。

未来は、試合のなかにある。

僕が、あのひと達<サッカー観る将達>から学んだことだ。

「ここ<ホワイトボード>に完璧さを求めてはいけないと思うのです。旭ケ丘さん」

「私の問題が……間違っているとでも言うの……東照宮……」

「あなたの問題は間違っていません。でも、あなたは、間違っています」

「……」

 

――――殺されるかと思った。

この人と僕は、殺し合っているのだ。そう勘違いするほどの変化だった。

勘違いであればいいと願った。

でも生きなければ。

 

「どこまでも私を否定する……東照宮、本当、気に入らない……」

「僕の負けで結構です。ですが、この問題自体に問題があるのなら、その勝敗自体にどこまでの意味があるんでしょうか旭ケ丘さん」

 

それに。

それに、僕のチームには、とんでもないウィングがいる。

「それに僕のチームの右ウィングは、世界一速くて、ドリブルが上手くて、シュートを決めるストライカーです。もし、あなたが間違えば……」

僕は全身の力を両目に集中して、

この冷血少女を睨み、なかば恫喝するように、そして警告するように、

 

答えた。

 

「世界一速いカウンターアタックで、必ずあなたを仕留めますから。覚悟しておいてください。」

 

怒りと狂気と殺意に満ちた顔は、少しずつ副会長の顔に戻っていった。

話すころにはすっかりと戻っていた。

血の気が戻ってきた。

意味合いとしては、また違うような気もするが。

「そう。今回は、私の出題ミスがあったということか。もう少しサッカーを観ようと思う良い機会になった。ありがとう東照宮

「それは、どうも。」

 

振り返り、教室から出る。

逃げ口上。

いや、宣言。

 

「次は、必ずお前を倒す。これは警告だ東照宮

「それは僕の台詞です。旭ケ丘さん」

 

教室を去る狂気の副会長。

それとともに、緊張が教室から消える。

 

最初の決闘、因縁の始まりが終わった。

 

「ふえええ……なんだったのよあいつ…」

「生徒会の副会長です。」

「それは分かってるわよ!!!あんなのが副会長だなんて最悪すぎるわ!あーー疲れた……」

「さすがにここでは、勉強できないですね。場所を変えましょう。学校に残るのもアレですし、図書館か喫茶店にでも行きましょうか。」

「そうね。それがいいわ。でもアンタ、よくあんな奴と渡り合ったわね。怖すぎて一ミリも動けなかったわ…」

 

それは、僕も同じだ。

親友がいなければ、僕は本当に負けていた。

「……僕一人では無理でしたよ御前さん。御前さんがいたからああ言えたんです。」

「そ、そそ、それは良かったわ!まあ、お礼なんていらないから、今回も私の勝ちでいいわよね!」

「はいはい。いくらでも勝たせてあげますよ。」

「ちょっと!その安い勝利はいらないんだから!」

 

こうして、ある夏の教室での体験は、幕を閉じる。

解けない問題はない。

答えのない問題もない。

でもこれは、ある意味、新しい問題の始まりなのかもしれない。

本当の宿敵との出会い。

 

僕は、青チームの右ウィングのマグネット下に『佳景山 御前』と書きながら、そう思ったのだった。

 

人物紹介 

東照宮 つかさ (とうしょうぐう つかさ)

 神杉高校3年生。

 サッカーオタク。観る将。

 高身長。肩ぐらいまで伸びた髪を後ろで束ねるスタイルに。

 一人称は僕、一人の時と朗と話す時は私になる不敵少女。 

佳景山 御前 (かけやま みさき)

 神杉高校3年生。東照宮つかさの同級生。

 自称永遠の宿敵<エターナルライバル>。

 東照宮への対抗心、闘争心で勝負し超越したいと考える普通の宿敵少女。

旭ケ丘 愛理主 (あさひがおか ありす)

 神杉高校3年生。生徒会副会長。

 温情無しの合理主義的な思考と行動から、冷血の副会長と呼ばれる冷血少女。

 理由は分からないが、つかさに対して明確な敵意があり、対抗してくる。