序
冬。
仙台。勾当台公園。
ベンチ。高校生。男女2人。
「こんな寒いところで話さなくてもいいんじゃないですか?」
「嫌なら止めてもいいのだけれど。それか、暖かいものでもあれば、少しはマシになる気がするのだけれど。そうね、たとえばホットチョコレートとかいい気がするわ。気がするだけかしら?」
「はいはい…」
自販機。コーヒー。2缶。合計240円。
「おかしいわね朗君。チョコ要素が一ミリも無いのだけれど。」
「勘弁してくださいよ…詩さんの要望通り、『真冬の外』、『暖かいもの』で条件は揃えましたよ。」
「まあいいわ。冗談で朗君をいじめるのもこのぐらいにしておきましょうか。」
吹き出る。120円。
「じょ、冗談だったんですか…!」
4-4-2の攻撃戦術
「それで、もっぱらオフシーズンは移籍ゴシップネタに毎日ブヒブヒ言ってるだけのサカオタ朗君が、昼夜逆転の欧州サッカー観戦で血走った眼を輝かせながら、何を話したいのだったかしら。」
「それ絶対馬鹿にしてますよね…?」
「あら、最大級の賛辞のつもりよ。」
風になびく。黒髪。少しだけ。
「4-4-2ですよ、4-4-2。この前学校で話してくれたじゃないですか。あれの続きを聞きたいんですよ。」
「ああ、あの話?ほんのチラッと話しただけだったと思うのだけれど。」
「あれが超面白くて!あの時は休み時間だったからそれほど聞けなかったけど、もう少し詳しく聞きたいんですよ!」
風が止む。静寂。
「別に構わないのだけれど、それほど面白い話でもないわ。それでもいいかしら。」
「まったく問題ナシ!何卒、よろしくお願いします!」
一呼吸。バッサリ。
「サイド一点突破。以上。」
「嘘でしょ!!!」
4-4-2と5レーン
「なによ。これでもかなりシンプルに、かつ具体的にお話させていただいたつもりなのだけれど。どこか不満だったかしら?」
「不満だらけですよ!それじゃプレミア万歳じゃないですか。」
「そうとも限らないわ。4-4-2のサイド攻撃は奥が深いのよ。あなたが4-4-2を知らないだけ。もっと優しく接してくれなきゃ、『彼女』も心を開かないわ。」
「あの…フォーメーションを擬人化するのやめてもらってもいいですか…」
「あら、妙案だと思うのだけれど。サカオタなら、萌えだの、尊いだの『〇〇単推し!異論は認めないナリ!』とか言ってすぐにとびつくと思うのだけれど。でも、最後は散々弄んだ挙句にオワコンだなんだって捨てるんでしょ。」
独断。偏見。訂正。
「ええっと…なにかあったんですか…?」
「いいえ別に。私はただ、悪いオタクにはなりたくないと思っているだけよ。」
ダメージ。かいしんのいちげき。こうかはばつぐんだ。
「そ、そんなことより、詳しく教えてくださいよ。4-4-2のサイド攻撃って、いわゆる5レーンで言うところのワイドレーンのことを言ってます?」
「最終的にはそうね。半分正解。」
「もう半分は?」
「……ハーフスペース。」
説明しよう。ピッチをワイドレーンx2、セントラルレーン、ハーフスペースx2と縦に5分割したサッカー戦術オタク必殺の5レーン理論だ。
「おお!やっぱりハーフスペースが重要になるんですね。セントラルレーンとワイドレーンの中間。パスもランニングも斜めのダイアゴナルになる魅惑のエリア。ハーフスペース万歳!」
丁々発止。有頂天。訂正。
「よくもまあ、読者への説明セリフ満載の恥ずかしい長文を噛まずにしゃべれるわね。感心してしまったわ。『感心してしまったで賞』で100ガバスあげましょうか。」
「いらないですよ!ファ〇通でしか使えないじゃないですか…」
軌道修正。
「最終的には、4-4-2のウィングがワイドレーンを突破するのが、4-4-2の攻撃、サイド攻撃の要になるわ。ボール出しは、サイドバックだったりセントラルハーフだったりするのだけれど。ただ…」
「ただ?」
「ハーフスペースを使うのもまた、ウィングなのよ。」
「どういうことです?同時に2つのレーンを使うなんて、物理的に不可能ですよ。」
「そう。でも原則は変わらない。『使いたいところを最後に使う』のよ。」
4-4-2のカットアウト戦術
「でた!『宮城野原詩』節!」
「…やめてもらえないかしら。ひとを歩くサッカー語録みたいに言うの。」
「それで『使いたいところを最後』ってことは、ハーフスペースを使ってから『本命』のワイドレーンを使うってことなんですよね?相手DFをひきつけてから、本命を狙うって感じなんですよね。」
「概ね正解ね。4-4-2のままワイドレーンを攻撃しようとすると、パスレーンもランニングコースも相手に警戒されていて突破しにくいの。だから、まずは警戒網から解放する作業が必要になるわ。」
「それがハーフスペースを使うこと、ですか。」
「そう。レーンを変えること、つまりレーンチェンジでハーフスペースへ移動することで、相手DFは中央3レーンにボールが入ることを警戒するの。その時、ワイドレーンはいったん『捨てられる』のよ。」
「そうか。ゴールに近い中央3レーンを守ることが守備側にとって一番優先されるのか。」
「ええ、あなたが私にしたように…」
「ち、ちょっと待ってくださいよぉおぉ!(CV:森久保祥太郎)全く身に覚えのないことで勝手に妄想ふくらますのやめてもらってもいいですか!」
慌てる。しかし、動じない。
「あら朗君、私と話すのではなくて、サッカーの話さえ聞ければいいのでしょう。サッカーの話をしている時が一番楽しそうにしゃべっている気がするのだけれど。気がするだけかしら?」
「そ、そ、それは…いやいやいや!詩さんとサッカーの話をするのが楽しいんですって!」
慌てる。これは、カウンター一閃。
「な、なによ急に…と、とにかく、ゴールに近い中央を捨ててサイドに立ったままなんてあまり考えられないわ。だから、攻撃側としてはそこを利用するのよ。パスレーンとランニングコースが空いたら、今度こそ、ワイドレーンにウィングが飛び込んでいくわ。」
「そうなると、自然と斜めのランニングになるのか!」
「その通りよ朗君。ボールはタッチラインと並行にパスされ、ハーフスペースからワイドレーンに斜めにランニングしてきたウィングにボールがつく。一連の攻撃をウィングのインナーラップだなんて呼ぶわ。」
「あとは場面を切りぬけばフットサル用語からパラレラ、チャンネル(SB-CB間)を狙うからチャンネルラン、カットインの対義語としてカットアウトとかとか。まあ、なんて呼ぶかはそれぞれのオタクに任せるのだけれど。」
「詩さんはなんて呼んでるんです?」
「私は…そうね…インがあるのにアウトがないと気分が良くないから、カットアウトかしら。」
「あの…すごくぽいです!僕もそう呼びます!」
「だから、あなたは私をなんだと思っているのかしら…?」
人物紹介
宮城野原 詩 (みやぎのはら うた)
17歳。仙台市内の学校に通う高校生。朗とは同級生。
サッカーオタクなのは隠している。見る将。甘党。
国府多賀城 朗 (こくふたがじょう あきら)
17歳。仙台市内の学校に通う高校生。詩とは同級生。
やっぱりサッカーオタク。見る将。詩は畏怖を込めて「さん」付け。