【Here's to you】Jリーグ 第36節 ベガルタ仙台 vs 湘南ベルマーレ (0-2)
晩秋の仙台。
七北田川から吹き抜ける風は、街を歩くひと達のコートの襟を立たせるのに十分だった。
この1か月の雨、風で、季節の針は2歩も3歩も進んでしまった印象だ。
11月20日の泉中央。
ペデストリアンデッキから望む、八乙女、黒松へと延びる国道4号線沿いの並木は、この日を待ちわびていたかのように、黄色く染まっていた。
まるで、ベガルタゴールドのカーテンように。
人数制限とはいえ、駅周辺、もちろんスタジアム周辺は人混みができている。
理由は当然、決戦である。
この日のユアスタの空は、蒼い。
日陰で座っていると寒いが、身体を動かす選手たちにとっては最高のコンディションに違いない。
特に、ボールを追い回すこと、味方と連携してコンパクトであり続けるには、良い環境だったと言える。
記者席に近い席だったこともあって、遠巻きながら記者の方々も目に入ってくる。
試合前のアップをじっと見守る姿に、この試合が持つ意味と、今季ここまで歩んできた軌跡を感じる。
多くのことを近い目線で見てきたのだから、この試合に懸ける想いはきっと、選手かそれ以上だったのだと思う。
キックオフ直前。
不思議な緊張感は、ついに最高潮に達する。
ボールがセンターサークルから飛び出すと、青い戦士たちが深緑のピッチに解き放たれた。
仙台は、いつもの通り4-4-2。CBでアピとコンビを組むのは福森だった。左ウィングには西村が入り、前節ハーフスペースで躍動した再現を狙う。上原力也、富田のセントラルMFの組み合わせ。FWは富樫、赤﨑と、シーズン最終盤でもセンターラインが決まらない不安が残る。
仙台のテーマは、3-4-2-1の湘南に対して、かみ合わせ不一致の4-4-2で3バックにどうプレッシャーをかけていくか、どこでボールを奪うかだった。
いつものように4-4-2でミドルブロックを敷き、MFには赤﨑がつき、ホルダーには富樫がサイドへ追い込むように制限をかける。
あとは、ボールサイドの選手が相手へのマンツーマーキングが始まる。WBに対しては、サイドバックが縦迎撃して、シャドーに富田、上原が根性でマーキングし続ける。オフボールのスプリントと攻守切替が特徴の湘南に対して、非常に攻撃的な基調だった。
ホームユアスタの「レッツゴー」コールを背負い、仙台が攻勢をしかける。相手陣で、前線からプレッシングをかけ、パスラインをサイドに限定したところで奪い切るDFを見せ、早々にCKを獲得するなど、まさにホームチームの振る舞いだった。
ただそのCKからの戻り。仙台のマーキングにズレが出る。ゾーナル主体のマンツーマーキングである以上、マークがズレたり、定まらないと途端に目標を失う。ラインが雑然としていたところにクロスが入る。ウェリントンのヘディングは、仙台にとって重く、残留に向けて現実に戻される一撃だった。
失点後は、ボールを持つ時間も増えた仙台。
ボール非保持時には、5-3-2で前線からのプレッシング、中盤からの押し上げを実行する湘南に対して、2バックのまま2人のMFでビルドアップをする仙台。
湘南の2FWと3セントラルMFのプレッシャーターゲットになり、ルックアップしてボールを持つ時間とスペースが少ない。
GKクヴァを含めて、CBが左右に広がると中盤にフリーマンを見つけ、ボールを前進させられたのだけれど、今の仙台はボール保持を是としながらGKを経由するビルドアップを是としていない。
この制度的制約のなかで、フォローアップに来るのは真瀬、タカチョーの両サイドバックだし、富田が福森の横に降りるようなこともある。加えて、関口あるいは西村のウィングの選手すらも、センターラインを越えて自陣中央にポジションを移している。
DAZNの画面では確認しにくいが、湘南はハイプレッシング以上に、ハイラインが非常に印象的なチームだった。前線からプレッシングに行くのだから、後方もそれに追従してラインが高くしてコンパクトさを維持していた。
従来であれば、FW富樫やWG西村が背後に抜けるオフボールランでファイナルラインにストレスをかけるのだけれど、この日は相手ラインの背中ではなく腹側で受けようと、ボールを待っていたように見えた。
もちろん、卵か鶏が先かの話ではないけれど、ボールを出す元の状況が湘南のプレッシングとGKを極力使わない仙台側の要因で、非常に時間もスペースも少ないことも影響していたと言える。
関口が2度、3度、右サイドから中央あるいは逆サイドに向けて、ライン背後へのランニングを見せていたが、おそらく打開策として本人の判断だったのだろう。迷いの見える福森も、背後へのランニングには躊躇なくボールを供給した。
今季ここまで、「じっくり時間を使って攻撃するのか?」、「縦志向で相手陣のスペースを素早く使って攻撃するのか?」をまるで禅問答のように、あちらとこちらとを行き来してたけれど、本来そのような二元論的にサッカーの攻撃は成り立っていないはずという前提はさておいて、まだこの一戦においても迷っている、躊躇しているように見えた。
仙台の前半が終わる。開始10分の電光石火でゴールを奪われてから、35分間で得点も失点も無し。残り45分が仙台の運命を決める時間になる。
後半から仙台は全開でアタックする。
WGの西村はゴールに近いポジションを取り、富樫はライン背後へのランニングが増えた。
5-3-2で守る湘南に対して、2FWの横をCBとMFが使い、ウィングポジションよりやや低めにタカチョーと真瀬が立ち位置を取ることで、積極思考の湘南DFを逆手に取りWB背後にスペースを創りだす。ハーフスペースには西村、関口、赤﨑がいて、左右CBの間を富樫や西村が狙っていく。
ボールも最前線の選手へ供給されていくため、相手を押し込んで攻撃を開始することもできた。
ただ、バックラインから各駅停車のパスが多く、ワイドへのミドルキックが無いこともあって、ボール周辺の湘南の密集密度は高い。その分、背後が空くといったトレードオフだけれど、紙一重でもあった。
かつて渡邊がプレッシャーラインを超えるパスを「切るパス」と呼んだように、かつて木山がワイドに高い位置にウィンガーを置きパス一本で1on1を仕掛けさせたように、相手DFを一閃するようなパスがひとつでもあれば、仙台の攻撃はさらに速くそして、華々しいものになっただろう。
仙台のDFは、サイドに「細く」限定することで成立する以上、自分たちの攻撃も細くなる構造的な弱点があった。失点を防止するために、細いまま攻撃していたおかげで、サイド、コーナーフラッグ付近までボールを運ぶが相手にとっての脅威も半減する攻撃になっていたのが今季の仙台だった。逆サイドに開いた時こそ、仙台の攻撃は速度が上がって相手ゴールまで迫るものになっていった。できるようでできなくて、非常にもどかしいのが今季だった。
それでも、青い炎たちは、湘南のDFに飛び込んで行く。すべては勝利のために。
カルドーゾとフォギーニョが交代で入る。
攻勢を強める仙台。
一瞬だった。
湘南、岡本にボールを奪われたかと思ったその時には、仙台サポーターの目の前で、ゴールネットが揺れた。
鐘の音が聞こえる。
時計の針が、長針と短針が、文字盤の12を指した。
試合終盤、吉野をCBに入れてアピを最前線に。破れかぶれでも、パワープレーでもなんとしてでも得点を重ねて勝利を目指すベガルタ仙台。
ボールは、自陣と相手陣を行ったり来たりしながら、主審の時計の針を進めた。
抵抗空しく、高々と青空へと上がったボールを見上げながら、試合終了の笛が吹かれた。
僕は足早にスタジアムを去る。
これ以上、彼らが苦しむ姿を見たくなかった、のかは、自分でもよく分からない。
個人的な感情は…いや、分からない。
怒りも悲しみも、まったくと言っていいほど、湧き上がらなかった。
ただ、0-2と刻まれたスコアボードを目に焼き付け、階段を降りコンコースへと出ていった。
メイン側コンコース、七北田公園の方角から差し込む初冬の黄昏時の太陽に、凍えた僕を暖める力はもう、残っていなかった。
試合後、清水の勝利が確定。
この結果をもって、断頭台のギロチンが仙台の首を落とした。
0-2のスコア以上に、ディビジョンの差すら意識させられる試合に、悔しさと奇妙な納得感があった。
ただひとつ、悔しいとすら思う権利が無い自分が悔しかった。
試合から数日後、手倉森誠監督の退任が発表。
まずは火中の栗を拾い上げた監督には感謝を述べたい。
クラブの先行きも分からないなか、荒波に飛び込んだ同氏をまずは褒めたたえるべきだ。
そんなテグですらも飲み込んでしまうほどに、歴史の軋轢というものは大きくて、彼から持ち味の陽気さや「ダジャレ」が消えてしまったのが残念だった。
それが無い以上、テグには監督とは別の場所で働いてほしいと願っていたが、クラブもその決断をしたようだ。
ひとつの時代が終わりを告げる。
僕たちは、いつの間にか、無理をし過ぎていたのかもしれない。
ひとつひとつの傷を気にしていない振りをしていたのかもしれない。
あまりに多くのものを失った。
でもそれももうじき終わる。
また、新しく始める。
「Here's to yo」とは、映画「死刑台のメロディ」の主題歌である。
縁起でもない映画のタイトルだけれど、その主題歌の一節に、「That agony is your triumph」という歌詞がある。
望まない形ではあるが、「本来のベガルタ仙台」とは何かを失って痛いほど理解させられた。
すべてをあるべき姿へ。
自らを新生させる闘いが、始めなければいけない。
次の時代に備える戦いは、1分、1秒後の世界から始まっている。