蹴球仙術

せんだいしろーによるサッカー戦術ブログ。ベガルタ仙台とともに。

黒松華憐に花束を。

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01

突然だった。

僕の前に現れたのは、黒髪で、凛としていて、目は切れ長で、しゃんとしている女の子だった。

僕は、その子を知っている。

同じ学校、いや、同じクラスの子だ。

その黒い瞳は、すべてを吸い込むかのような宵闇で、周りのことなど意に介さない、そんな雰囲気をまとう子。

高嶺の花。

周りが勝手に高嶺の花にしてしまっている。

彼女の口数は少ない。

まともに話している場面を見ない。

観測しないだけで、本当は喋っているのかもしれないのだけれど。

口数の少ない美人。

そうやってみんな、裏で人気者扱いしている。

たしかに、美人ではある。

僕にとっては、実態のつかめない不思議な存在にも見える。

そんな独特の雰囲気をまとったその子は、こうして僕の前に現れ、そしてこう言うのであった。

 

「今年も夏ユニは、黒ユニだったの。買うべきかしら」

 

これが、僕と黒松華蓮との出会いである。

いや、出会ってしまった、と言える。

 

02

黒松華蓮は、唐突だ。

唐突に、颯爽と俺の前に現れ、そしてさも当然のようにサッカー関連の話題を振ってくる。

黒松華蓮は、サッカー好きらしい。

でも、それを公言はしていない。というより、口数が少ないから披露する場が無い。

黒松華蓮は、スタジアムに行ったことが無いらしい。

そしてそれが、当面の人生における目標らしい。

俺は、昔あるクラブのサポーターだったが、ある理由で辞めている。

しばらくはサッカーと無縁の生活を送っていたのだけれど、黒松華蓮が、半ば強引に引き戻そうとする。

黒松華蓮は、唐突だ。

今日もまた唐突に、

「ボールが欲しい」

と言ってくる。

 

「買えばいいじゃないか」

スポーツショップに行ったことが無いんだ」

「行けばいいじゃないか」

「行っても大丈夫なのか?」

逆にダメなショップがあれば教えてほしい。

個人お断りの法人様のみ取引をしているような。

ナ○キ本社に行くわけじゃあるまいし。

「服を買いに行く感覚で行けばいいよ」

「部活も特にスポーツもしていない私でも行って良いものなのか?」

「なんもしていない黒松でも行って良い場所だ」

「そうか」

……

「分かった。ちょっと行ってみる」

「おう。行ったら教えてくれ」

 

後日。

黒松華蓮は、本当に、スポーツショップへ行ったらしい。

「長町」

「なんだよ」

「ボールを買えたんだ」

少し照れながら、誇らしげに、俺にボールを見せる姿は、なんというか餌を捕らえた猫のようだった。

「よかったじゃん。欲しかったボールだったのか?」

「いや、店先にあるやつを買った」

「店先?店の中ならボールなんていくらでもあっただろうに」

「……そうなんだろうけれど……」

「なんかあったのか?」

「部活バッグを背負った部活動集団が居て、とてもじゃないが私が付け入る隙など無かった…」

「はあ…」

そんなことは無いと思うが。

どんなバッファローの群れだよ。どうせ中学生とかだろ。

店の中がごった返してたから、店先で叩き売られてたボールを買ってきたわけだ。

それで良いんか。

「でも」

ん?

 

「でも、ボールを買えたんだ。私は嬉しいぞ」

 

そう言って、ふふふと笑った。

嬉しい…か。

そういえばボール買って喜ぶのって、子どもの時にあったなあ。

人生初のボール。

なるほどね。

「よかったな。大事にしろよ」

「わかった」

「今度は一緒に行ってやるよ。それなら部活動集団が居ても大丈夫だろ」

「……ん」

なんで急に声ちっちゃくなるんだよ。

まったく。

黒松華蓮は、唐突だ。

 

03

黒松華蓮が摩訶不思議な舞を踊っている。

いや、正確には、着座した状態で手をキョンシーのように前にだし、しばらくすると天高く両手をかかげる。

ただそれだけ。

一体、俺は何を見せられてるっていうんだ。

新手の二の腕ダイエットか?それとも血流をよくするやつか?

でも、黒松華蓮のことだ。きっとサッカーに関連するものに違いない。

多分。おそらくそう。

しかししばらくやっているぞ。いつまでやるつもりなんだ。

ん?

よく見たら手を前に出している時は、くすぐるような手つきをしている。

「……」

「………」

「………なあ…黒松…」

「……ん?」

「お前もしかして……」

「……?」

ゴールキーパーゴールキックの時に、サポがやるやつやってるだろ?」

「……そうよ」

「いや無言でやるなし」

ただの狂人にしか見えんだろうが。

「無言でやってはいけないの?」

「いやべつにダメってことは無いけど……その、なんというか挙動不審だぞ」

「……」

「……」

「………………オイ」

声ちっっっさ。

「……声出してもいいんだぞ?」

「そうなのだけれど、これをやりながら出せる声の大きさは、これが精いっぱいなんだ。でも、スタジアムに行くまでに、少しずつ大きくしていくつもりだ」

なるほど。

 

「だから……応援していてくれ」

 

その後、俺も同じように、前方に両腕をキョンシーのように出し、しばらくして両手を天にかかげるやつを黒松華蓮と一緒にやった。

結構、悪くない感じだったと思う。

 

04

「長町」

「ん?どした?」

「モツ煮を食べたい」

「食ったらいいじゃんか」

「正確には、使い捨てのお椀に入ったモツ煮を外で割り箸を使って食べたいんだ」

なるほど。

「なあ黒松」

「なんだ」

「なんかでスタグル情報でも見ただろ」

「よく分かったな」

「だってそれ、絶対スタジアムにある系のモツ煮じゃないか」

「うむ。昨日、たまたまネットでみかけてな。食べたくなってしまった」

「じゃあ、スタジアム行くか?」

「……いや……それはまだ早いな……」

スタジアム観戦に早いも遅いもあるのだろうか。

しかも、黒松華蓮ほどのサッカー好きが。

まあいい。黒松華蓮とサッカーとの距離感ってのは、結構微妙で。

こちらから一方的に近づいてく分には良いけれど、スタジアムみたいに大量の情報や感情に巻き込まれることを恐れている節が、黒松華蓮にはあるみたいだ。

丁寧に、感情や知識を蓄積するタイプの黒松華蓮にとって、ある種の情報洪水を招く存在のようにとらえているようだ。

ま、そんなこと無いんだけどな。

「じゃあ今度作るか」

「……え?」

「使い捨てお椀と割り箸、材料買ってくればできるだろ。それを勾当台公園かどこかで食おう。それなら行けるだろ?」

「ま、まあ……でも、長町はモツ煮を作れるのか?」

「モツ煮は作ったことないけれど、芋煮は何回も作ってる。あれのモツ版だろ。レシピ見て作るし問題ないよ」

「そ、そうなんだな……それで…どこで作るんだ?家庭科室か?」

「いや俺ん家でいいだろ。嫌だよ学校で作るとか」

「な、なるほどな……そうだよな……長町が作って公園に持ってきた方が良いもんな」

「え?もしかして黒松、俺に作らせて自分は食べるだけのつもりだな?」

「い、いやいや!そんなつもりは……」

「黒松も一緒に作るんだよ。じゃなきゃ自分で作れないだろ?毎回俺が作るのも面倒だし。まあ頼まれたらやるけどさ……」

「え、え、私も作るのか…!?長町の家で……!?」

「だからそう言ったろ?」

「あ、あ、まあまあ……なるほどな……」

「じゃ、とりあえず今度の土曜な。親は日中出かけるみたいだし。台所使えると思うわ」

「ど、土曜!?親いない!?え!?」

「なんだよ、嫌か?」

「……いや…べつに嫌というわけではないのだが……」

「じゃあ決まりな。一緒にスーパー行って買い出しもいくぞ」

「あ、あ、ああ……スーパー…買い物……一緒……」

 

困った。

モツ煮どころでは無くなってしまった。

と、とりあえず、食中毒とかなったら大変だ。

ちゃんと手を洗って、よく寝よう。

そうだ、そうしよう。

 

05

「じゃあお留守番お願いね」

「へーい」

「ほんとに良いの?お爺ちゃん、あんたの顔も見たがってるわよ」

「いいよ別に」

「冷たいわねえ。まあ、今度の夏休みに行こうかしらね」

「はいはい」

「また帰る時連絡するから」

「はいはい分かってるって」

「行ってきまーす」

ドアが閉まる音が聞こえる。

田舎に行って喜ぶのなんて小学生までだろっての。

まあ良いや。もう少ししたら準備して、俺も出かけるか。

ん。黒松華蓮からだ。

 

…………

……………

……もうひと眠りしよっと。

 

『ごめん。

今日なんだけど、体調が良くなくて無しでも良いか?

急な連絡になって申し訳ない…』

 

『へい』

 

06

最悪だ。

私は、長町の誘いを断ってしまった。

しかも当日ドタキャンで。

もちろん、体調が悪いといえば悪い。

緊張と不安がすごくて、どうしても行ける気がしなかったのだ。

でも本当はすごくうれしかったし、行きたかった。

それなのに一方的に断ってしまった。

最悪だ。

長町からの返信も、『へい』の一言だけだ。

「コイツなんなんだ」って思われたに違いない。

そうだ、体調が悪いって嘘ついたと思われたに決まってる。

最悪だ。やっぱり行けばよかった……

あの後ずっと考えてしまって、全然寝れていない。

今日どういう顔して長町に会えば良いか……

 

「今日、長町は欠席と」

え?

休み……?

どうしよう、少しでも話して、謝ろうと思ったのだが……

最悪だ。

 

連絡……入れた方が良いよな……

でもあの『へい』の後だし…

 

ピロン。

ん……

……………黒松華蓮からだ。

『土曜は本当にごめん。

今日会ってちゃんと謝りたかったんだけど…

具合どう?

 

………

 

お見舞い、行くから。』

 

返信……!

『だいぶ良い。

逆にうつしてたかもしれないし良かったのかもしれん(笑)

明日学校行くから、見舞いはいらん。

ありがとな』

 

………

………

………………長町も(笑)とか使うんだな…

 

07

 「本当にごめん」

いつものように唐突に、そして深々と頭をさげる黒松華蓮が、そこに居た。

「別に気にしてないって。それに昨日も言ったけど、風邪うつすとこだったし」

「そう…ね…」

「それとも何か後ろめたいことでもあるのか?」

黒松華蓮は分かりやすい。

ぎくりと図星をつかれたような反応で、しばらく無言のままこちらを見ていた。

別に本当にその図星の正体なんて気にならないんだけどな。

「ごめん…あまりにも急で、少し驚いたというか……あまり慣れてないもので」

たしかに。

実のところ、モツ煮は僕の思い出のスタグルだったりする。

昔スタジアムに行ってたころは、よく食べていた。

勝利も、敗北も、歓喜も、悲劇も、すべてを一緒に経験してきたソウルフードだった。

そんなことを思い出して、俺も少しテンションが上がってしまったのかもしれん。

「こっちこそ悪かった。俺、モツ煮好きだから、変なテンションになってたわ」

「長町、モツ煮が好きなのか?」

「好きだよ」

「そうか……」

また後悔を噛み砕いたような顔をしている。

しょうがない。

「黒松、今週どこか空いてるか?それか来週でもいい。モツ煮食べに行こう」

「え?」

「無理なら無理って言ってくれ。全然気にしないでいいし。でも」

「でも?」

「俺の口はもう、モツ煮の口になっちまった。黒松が行かなくても、俺一人でも行くけどな」

彼女の表情が少し晴れた。

「行く…!いつでも長町が良い日で大丈夫だぞ」

「おっけ。じゃあ、今日行こうぜ!」

 

試合日にスタグルとして出店している某モツ煮屋。

実店舗に来るのは初めてだったけれど、店の雰囲気も最高だった。

テイクアウトで2つ。

2人で勾当台公園で食う。

なんというか、世の中の高校生で学校帰りに公園でモツ煮食ってるのは俺らぐらいなものだと思う。

まあそれでも、良かったと思う。

久しぶりに食べた。

懐かしい味。

懐かしい思い出。

聞こえてくる歓声。

暗い思い出。

こびりつく悲鳴。怒号。

俺の中で、何かがリフレインする感覚になる。

それでも今は、美味しそうに頬張る彼女に、こちらも嬉しくなってしまうのだった。

「食べれてよかった」

そうかい。

俺も食べられて良かったよ。

 

登場人物

黒松華蓮 ・・・勾当台高校2年生。人生の目標は、スタジアム観戦。

長町花江 ・・・勾当台高校2年生。人生の目標は、特になし。

 

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