蹴球仙術

せんだいしろーによるサッカー戦術ブログ。ベガルタ仙台とともに。

一薬の神

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ナイトルーティン

ある出版社の屋上テラスに俺は向かっていた。

今のご時世、愛煙家には厳しい時代でね。

時刻は、19時半ごろ。夜の部開幕を前に、一服して気合を入れようってのが、俺のルーティーンなんだ。

なんだっけか。

『ナイトルーティン』ってやつだっけか?

自分の日常を切り売りして動画にするだなんて、よく思いつくもんだよな。

俺たちも一本作ってみるか。

 

『ブラック出版社のナイトルーティン』なんてな。

 

流行らん……

 

屋上に出ると、都内を一望できるフェンス前で火をつけ始める。大体、このぐらいで『奴』が現れるんだ。

そう、ご存知の通り、紅い髪の神だ。

これは、俺の、薬師堂柊人の、どこにでもいる中年の、しがない中年の、情熱なんて無い大陸の、

 

与太話。

 

激情、情動、同情

まああれだな、栄えあるスポーツ雑誌の、誉れ高いサッカー雑誌の読者諸君には申し訳ないほど不健康な絵面だけれど、その雑誌の編集長と副編集長がそろってタバコをふかすというのは、なかなかに心が痛い。

正確には、肺が痛い。

なんて、ガラにもなく、世間体なんてものを気にしながら、この行為を止めないのはまったく、大人ってのはだから信用ならないんだって言われても仕方がないな。

 

実のところ、本当のところ、腹を割って話すが、ある企画の検討会議で盛大に没を食らい、企画そのものがぽしゃった後なんだ。

役員が揃ってNG。俺たちみたいなしがないサラリーマンなんて、ろくに抵抗できるわけもなく。

で、編集長と副編集長ががん首揃えて、屋上で反省会ってわけ。

いや、それは俺しか思ってないだろう。

こいつは、世の中への抵抗しか考えていない。

「……まあまずはお疲れ。こういうこともあるさ」

「納得いかねえよ」

「俺だってそうさ。でも、理解はできる。今回はさすがに、会社の名前を背負わす企画になりかねない。まあある意味そこが狙いではあったけれど、理解はできるさ。納得できないが」

「理解も納得もできねえよ」

不満そう、いや、不満なんだろう。

煙を空に吐く。

「ま、お前なら、そう言うと思ったけどな」

俺はもう一本のタバコを取り出しながら言う。

「次のチャンスを待とう。今はその時じゃないってことなんだ」

「まどろっこしいんだよ。いっつもいっつもジジイどもはよ。こんなんだから、あっさりライバルに先越されんじゃねえか」

「ある意味俺たちとは人種が違う。俺たち現場は、即断即応が原則だ。その稼いだ時間で、上はより正しい判断を下せるんだ」

「時間があるからって、正しい判断ができるとは限らねえじゃねえかよ。今回みたいによ」

たしかに。

結局、俺はそういう諸々の欺瞞だったり、嘘を、ある種の「しょうがない」で片付けている節がある。

サラリーマンだからしかたがないと。

不貞腐れた副編集長に言う。

「すまなかった。俺がもっと、上とのネゴをしておけば、土壇場でひっくり返ったりはしなかった。すまない」

「私は、あんたに謝ってほしいと思ってねえよ。その上とやらが、私に詫びを入れやがれってんだ」

「はは、さすがにそれは道理が通らないんじゃないか」

 

「道理は通らなくても、筋は通せってんだよ」

 

筋を通す。

今の俺に、通せている筋があるんだろうか。

「なあ、次の企画だけどよ、良い案がある」

「ん?どんな企画だ」

「こいつだよ。こいつを使って新企画を立ち上げる」

 

そう言って榴ケ岡が俺に見せたのは、自分のスマホ

画面に映る一通のメール。

ーーー発信元には、『宮城野原 詩』とあった。

 

お前は俺で、俺はお前で。

「それって……!」

「そうだよ。ようやくだ」

宮城野原 詩。

4年前、当時高校生だった彼女をライターデビューさせようと榴ケ岡が執心した相手。

たまたま見つけたブログを高く評価した榴ケ岡は、ありとあらゆる手段で彼女にコンタクトを取ろうとした。最終的には、交際している朗君のTwitterから、彼女を特定した。

そんな彼女は、大学へと進学し、『自らを試している』最中のはず。

大学卒業前に、目途がついたというのか。

「4年だ。4年もかかりやがった。まったくよ、どいつもこいつも時間ばっかかけやがって」

「でも大学に在学しながらだろ?よくやっていると思うが」

「……あんな場所、なんの価値も生み出さない、無意味な場所だよ」

榴ケ岡は、都内の有名私立大を『中退』している。

まったくもったいない話なのだけれど、彼女曰く、2年の途中で『無駄だ』と気づいたようで、さっさと物書きの世界に入ったのだ。

当時20歳。

無名の作家が、次々と記事を寄稿したり、連載を持っていたのは俺も覚えているし衝撃だった。

それから十数年。

いまや神に最も近い物書きだなんて言われているが、紛れもなく、彼女の努力の証なんだ。

「それで、彼女からはなんて」

俺は少しの嫌な予感を感じながら聞いた。

「『お久しぶりです。良い記事構想があるので持ち込みたいです。お時間いただけないですか?』だってよ」

「……そうか」

彼女の試すとやらは、持ち込むに変わったようだ。

「明日、こいつと話す。それが今度の企画の目玉だ」

「待て。新企画検討会議はまだだし、100歩譲って、彼女の持ち込みを受け入れたとしても、それが目玉に、主軸になるのは無理がある」

「無理でもなんでも、やんなきゃ意味ねえだろうが」

「そうだが……やっぱり、いきなりはダメだ」

「ダメじゃない、できるだろうが」

「おい榴ケ岡。お前焦ってないか?今回の件をカバーしようとしているなら、もう気にするな。俺の方で、何とかできる算段はついてるんだから」

嘘だ。

そんな算段なんてない。

今日か、日付が変わって明日の俺に期待するしかない。

「そんなんじゃねえよ。私は、今が一番のタイミングだって言ってんだ」

「お前、それいつも言うじゃないか」

「いつも一番のタイミングだから言ってんだよ」

 

「お前、彼女に情が入ってないか?」

「……あ?」

俺には確信があった。

こんなに性急に動く榴ケ岡の心情を。

たしかにカバーするだなんて殊勝なことは思ってないのかもしれない。けれど、こいつの良いところであり、悪い部分だ。

「お前のその、他人の才能を自分ごとのように捉えるのは止めろ。他人はどこまでいっても他人だ」

「私は、才能をがめたいわけじゃねえよ」

「そうは思ってない。お前が独占したいとか思っているわけじゃないのも理解しているつもりだ。そうじゃなくて、才能が潰れた時、お前、自分の手足がもがれたような感情になってないか?」

榴ケ岡は黙っていた。

俺は続ける。

「いいか、他人は他人であって、お前はお前だ。俺たちは、いつかどこかで線を引かなければいけない。分けなければいけない。区別しなければいけない。一途にやるのは結構だが、でもいつかは決別しないといけない、腹を決めないといけない。たとえ引き裂かれるような思いをしてもだ」

「そんな思いはしない。私の眼は完璧だ。どんな才能も枯れない」

「それはお前が開花させるまで、助力して、いつまでも『待っている』からだろ?違うかい?」

反論がない。

屁理屈みたいな、子どもの抵抗みたいな反論がお決まりの榴ケ岡は、逆に言えば無駄なことは言わない、しない。

「いいか榴ケ岡。若い才能に、ライターに、クリエイターに必要なのは、同情でも、援助でもなく、『補助』だ。俺たちはあくまで、自転車の補助輪にすぎない。自転車に乗ることを諦めた奴やいつまでも乗れないやつの背中を押しても意味は無い」

それでも黙る。

「だから俺たちには、そういう才能を補助する義務があり、その結果には責任が伴う。失敗と認めず、最後まで成功に導こうとするやり方はいつか破綻するぞ」

 

みなさんは、神の怒りをご存知だろうか?

字面の通りである。

空が割け、地が割れ、人が叫ぶ。

 

「じゃあああああああああああああああああああああああああああああかしいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

眼を大きく開き、紅い髪はまるで生きているかのように、膨らんだ。

 

「テメーに何が分かるってんだ!!!才能は才能でしかねえ!!!枯らして殺すわけにはいかねえだろうがよ!!!」

「だから言っているんだ。俺は、お前の才能を『殺したく』ない」

「………は?」

 

「お前、今回の件、会議の時はああ言って丸め込んだが、実態は執筆者に裏切られたんだろ?」

 

「裏切られてねえよ……まだ少し早かっただけだ」

「いや、お前が用意した納期とクオリティには程遠かった。あれじゃ、30年はかかる」

「だったら30年待ってやるよ」

「違う榴ケ岡。聞いてくれ。お前はそう言って、一体何人の奴の『答え』を待ってるんだ?5年も10年も待って、一体何が出てきた?いいか、これはお前の時間と才能とチャンスを食いつぶしているんだ。気づいてくれ、お前はその失われた物を使って、もっともっと上へ跳ねることができたんだ」

紛れもない事実だった。

彼女がいつもの調子で埋もれた才能探しをしていて、それを逐一報告してくるが、たいがいは彼女の大きすぎる期待に潰れていく。

いや、こう言うと彼女の信頼にかかわる。

言ってしまえば、才能でもなんでもなくて、ただの『一般人』だったというオチだ。

 

それでも彼女は待ち続ける。

鳴らない電話をずっとーーー

 

待つ。

 

そんなお前の背中は、いつもの覇気なんてなく、すごく、これは勝手な印象だけれど、すごく寂しそうに見えた。

 

そんな彼女の背中を俺はずっと見てきたし、もうこれ以上、そんな思いをしてほしくなかった。

 

「頼む、榴ケ岡。俺は、お前に潰れてほしくない。お前の才能は、お前のために使ってほしいんだ」

「そんなんで潰れるほどの才能じゃねえよ私は」

「お前自身はそうかもしれないが、才能は違う。生ものだし、賞味期限だってある。いつまで続くか分からない石油みたいなもんだ。そんな限りある資源をお前自身に使ってほしいだけだ」

彼女は黙っていた。

今度は反論が無いからではなく、何かを考えるように。噛みしめるように。

押し黙った。

「だから今度も、会って話すことはいい。けれど、入れ込みすぎるな。何かあれば俺に連絡してくれ」

今度は反論があった。

いや、質問か。

 

「なあ、なんであんたは、そんなに私の心配をするんだよ」

 

なんでだろうな。

ひとつ言えるのは、しがない中年でも言えることは、

 

「俺は、一途なお前と違って、惚れっぽいんだよ」

 

「は?意味が分かんねえ」

「まあ、分からないだろうな」

「よく分かんねえなあ……まあ、でも、お前ぐらいだぜ、そんなこと言うのは。

 

 

「……ありがとよ」

 

最後に、あいつが何を言ったのかは、あまり聞き取れなかったが、まあおおよその察しはついていた。

おおかた、「この馬鹿野郎」ぐらいのことを言っていたのだろう。

 

まあこれは、しがない男性編集者の、ひとりごと。

 

俺は、お前を誰にも殺させたくない。

これは社会人として、会社員として、編集長として、上司として、薬師堂 柊人として、

 

俺は、君を、

 

 

 

人物紹介

薬師堂 柊人 (やくしどう しゅうと)

  Foot Lab編集長

榴ケ岡 神奈子 (つつじがおか かなこ)

 Foot Lab副編集長。