蹴球仙術

せんだいしろーによるサッカー戦術ブログ。ベガルタ仙台とともに。

「君が広く攻めるなら、私はもっと広く攻めましょう。」と微笑む君。金色の夢編

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8人の乙女とたった1人の王子様

今日は、3月9日。

神杉高校の卒業式である。

国府多賀城 朗にとっては、例の一件がひと段落して、真の意味での悔いのない卒業となる。

ただ。

ただ、ひとつだけ。

あの、金色少女に、ひとつ問い詰める必要があった。

これは、北の大地へと旅立つ花嫁との高校最後の与太話である。

 

さようなら。

私の、

 

王子様。

 

卒業証書を持った少女は、ひとりの少年を探していた。

高校ではそれなりの人気があった彼女は、これもそれなりの数の友人との会話をある程度は終え、本命の友人(いやここでは友人と呼ぶべきだろう)を探しているのである。

かなり曖昧に言ったのは、正確な数が分からないというのが本音であり、鬱屈した小中学校時代を過ごした八乙女 李七にとって、非常に、飛躍的に増えた彼女の支持者である友人の数なのである。

時を同じくして、捜索対象となっている彼もまた、彼女を探していた。

でもこれは簡単である。

なぜか。

金髪の少女なんて、学校にはたった1人しかいないのである。

『たった1人』を探すことなんて、そう難しいことではないのを国府多賀城 朗だって知っている。

 

でも見つけたのは、金色の方が先だった。

彼女にとっての、『たった1人』。

 

「あーいたいた。」

朴念仁として名高い彼は、まだ彼女の接近を感知できていない。

ようするに、大馬鹿者なのである。

「朗ー!」

振り向く。

ようやく見つけた彼女との対話が始まる。

「ああいたいた李七。」

「ごめんごめん、友達とか後輩への挨拶に手間取っちゃって。」

「さすが校内一の人気者だな。」

「まあ何でも良いんだけれど。どっちかというと、東照宮の方が人気だけど。」

「たしかに。あいつは、人気あるもんな。」

「何よ。あんたもあいつの方がいいってわけ?」

たったひとりの、たったひとつになりたかった。

「いやいや!そういうことを言ってるわけじゃなくてさ!」

「ふーん。あの高身長美少女と話してる時、あんた随分嬉しそうに見えるけど。」

「そ、それはサッカーの話とかしてる時だからね!!!」

「はいはい。どうせ私は、プレミア専ですよ。」

 

喧騒を離れた音楽室。

彼女が過ごしたもう一つの青春。

「俺達、卒業だな。」

「なーんかあっという間だったわよね。」

「李七は、イギリスに行って休学している時もあったし、特にそれを感じるんだろ。」

「それもあるけれど、やり残したことばっかりだったなってさ。」

「そうなのか?結構、充実した3年間だったと思うぞ。」

悔いはあるだろう。

誰にでも。どこにでも。

でも、その悔いを少しでも減らしたい。

 

「あのさ…朗…」

「ん?なんだよ。」

「私さ…実は…」

 

その時鮮明に思い出した。

もう一人の金髪から聞いたことを。

「あーーー!!!そういえば、お前、北海道の大学に行くって聞いたぞ!!!全っっっつ然聞いてなかったんだけど!!!」

「え!!!なんで知ってるのよ!!!」

「エリーさんから聞いたぞ!」

舌打ちする。

小姑の顔になる金色。

「あ・い・つ……!」

頭の中には、「あらーごめんなさいねー李七ちゃん。」と子どもっぽく笑う母親が容易に想像できた。

 

「あんたを驚かせようと思ってたのよ!」

「なんで驚かそうとするんだよ!だから全然教えてくれなかったのかよ!」

「いいじゃないの!私からの一撃よ!気持ちよく受け取りなさい!」

「何一撃食らわそうとしてんだよ!わけわかんないことするな!」

「うるさい!!!うるさい!!!だって、あーくんと離れ離れになるから、一緒にこの苦しみを味わってもらうつもりだったのよ!!!」

「北海道だろ?そんな距離ぐらいで、苦しみも何もないだろ!!!」

「う……。それは…べ、別にそこまで苦しめとは言ってないもん……!」

「いいや言ったな!!絶対言った!!」

 

「じゃあさ……」

 

それは、昔から続く、お願いの言葉。

「じゃあさ、昔みたいにあーくんに抱き着いてもいいよね?」

「はい???『じゃあさ』の前後が繋がってないじゃないか!!」

「う、うるさいわね!!いいかどうかを聞いているのよ!!」

 

昔から、その言葉を断ったことはない。

すべてを叶えてきたつもりだった。

幸いここは音楽室。

いや、あえて音楽室を選んだとしたら、用意周到すぎだ!

 

「わ、分かったよ……ほら。」

「……ん。」

 

抱き着く。

眼下には金髪が広がる。

「……あー君も。」

「……はいはい。」

背中に手をかける。

暖かさとともに、懐かしさも蘇る。

いつの日か、この音楽室での思い出も、懐かしくなるのだろうか。

「あのさ、昔を思い出すよね。昔も、あーくんに無理言ってお願いしてたよね。」

「だって、びーちゃんがどうしてもって言うから……」

「恥ずかしかったんでしょ?こんな子からお願いされたら。」

「…ああ、ああそうだよ!恥ずかしかったよ……!」

ただの昔話。

単なる昔の話。

それでも彼女にとっては大切な思い出で、これからを歩くに必要な過去。

「今は?どう?恥ずかしい?」

誰もいない。

でも、『第三者視点の自分が覗いている』みたいなものを想像して、恥ずかしくなる。

「……は、恥ずかしいよそりゃ!」

「あいつとは、いっつもイチャイチャしてるのに?」

吹き出る。

お前は、どこで何を見ているんだ!

「あ、あ、いやそれは関係ないだろ!!!」

「しないの?」

しない訳がない。

というより、今みたいに、僕には拒否権がない。

早く常任理事になりたいけれど、その機会はこうした状況を見る限り、僕においては一生有りえないかもしれない。

 

「べ、別に…たまには……」

精一杯の見栄を張る

「………そ。じゃあ今くらいいいよね。」

「ま、まあ……」

 

「私、あーくんのこと好きだよ。大好き。ずっとこうしてたい。」

 

その言葉に、心臓が鳴る。

これは何なんだろう。

後悔。

いや、違うな。そんな後ろめたいものじゃない。

純粋に嬉しい気持ちと少しの申し訳なさもある。

複雑。

いや、違う。そう複雑だと思いたいんだな。

 

「あ、ああ……」

「大丈夫。今日で、もう振り切るから。大丈夫だから。」

その言葉が、とても、とても寂しく思えた。

僕は、大馬鹿者だ。

「ごめん……」

「いいから。だからもう少しだけ。」

「……分かった。お前が満足するまで…」

 

「『お前』じゃないよ、あーくん。」

「ごめん……びーちゃん。」

 

「あーくん、好きだよ。あーくん。」

「俺も好きだよ、びーちゃん。だから、遠くに行っちゃうの寂しいよ。」

歌詞ではなく言葉が。

音楽室に響き渡る。

誰もいない。

この世界には、僕たち以外、誰もいない。

「……どうして、こうなっちゃったんだろうね。」

「ど、どうしてだろう……」

「どうしてだろうね。」

「やっぱり、ごめん……」

「だからもういいの。もー、あーくんは昔から謝ってばっかりだもん。」

「そう……だっけか……」

「私が具合悪くなった時も謝ってた。ずっと遊んでごめんって。」

「ああそんなことも言ったか……」

「そんな毎日が『日常』になっちゃったんだよね。当たり前って、思っちゃったんだよね。」

「別にそれでいいんじゃないか……」

「良かったら、こんなことしてない。」

「たしかに……」

 

「まあいいや。今はまだしばらくこうしてたいな。あーくん。」

「いいよ。びーちゃん。」

「頭も撫でてよ、あーくん。」

「はいはい。」

 

金色に輝く綺麗な頭を撫でる。

これまでの思い出を思い出すように。

噛みしめるように。

 

自分にかけた魔法を、呪いを解くかのように。

花嫁に憧れた少女は、王子様のもとで、0時の鐘の音を聞く。

 

夢の劇場は、これで閉幕する。

 

次の舞台の開演に向けて。

 

人物紹介

八乙女・ヴィクトリア・李七 (やおとめ・ヴィクトリア・りな)

 仙台市内の学校(神杉高校)に通う高校生。

 昔の呼び名は、びーちゃん。 

国府多賀城 朗 (こくふたがじょう あきら)

  仙台市内の学校(神杉高校)に通う高校生。

 昔の呼び名は、あーくん。

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