蹴球仙術

せんだいしろーによるサッカー戦術ブログ。ベガルタ仙台とともに。

「君が広く攻めるなら、私はもっと広く攻めましょう。」と微笑む君。金色の歌声編

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夏の進路相談

アジアの極東。

とある夏。

8月31日。

18回目の夏。

高校最後の夏。

八乙女・ヴィクトリア・李七にとっては、憂鬱な夏。

目の前には2つの道。

路。

未知。

 

これは、彼女が彼女の進路と、彼女の欺瞞と向き合う与太話。

世界で一番の応援を受けながら過ごした、

 

夏。

 

「あづう…」

典型的な日本の夏。

目を醒ます11時。

「午前中溶けちゃったわ…」

ベッドから降りる。

机に広がる白紙の進路相談用紙を横目に。

クーラーをつけ、部屋を出る。

階段を降りてリビング。

「(適当にパンでも焼くか…)」

トースト。

パン。

8枚切り。

朝は、これで十分。

「もう昼だと言うのに、これを朝食にカウントするだなんて、なんて怠慢かしら八乙女さん。」

重力少女のツッコミが幻聴する。

でもここには、もう一人、怠慢がいる。

 

「あらーおはよう李七ちゃん。」

寝癖がついた髪のままの黒髪を縛りながら。

母。

この場合、ママ。

「おはようママ。なんだ、ママもまだ起きてなかったんだ。」

「ええ、ちょっとヤバい〆切があってねー…しかも今日までのやつ。」

「いやもう午前中消えてるんですけど…」

「まあある程度はできてるしヨユーヨユー。」

「ある程度って…どのくらいなのよ?」

「ん?まあ、ある程度よ。」

「そう…」

だからどれくらいなんだってさ。

「あたしのパンも焼いておいてー李七ちゃん。」

洗面台へと向かう。

まったく勝手ばっかり。

「はいはい分かりましたよ。これじゃどっちが親か分からないわね…」

 

エリー・ヴィクトリア。

八乙女 英梨は、結婚してからの名前。

娘の前では、ママ。

 

食卓につく。

他愛のない、よくある休日の朝。

親子。

髪を下した金色とヘアゴムで縛った黒色。

 

「最悪よ。」

 

「何が最悪なのよ。」

「さっき洗面台で鏡を見たんだけどね。」

「何?シワでも増えてたの?」

「違うわ。この前染めたばっかりだというのに、もう黒色が剥げてきたの。」

知らないわよ。

「ふーん。この前っていつよ。」

「それは、この前よ。」

そもそも何で黒染めしてるわけ?

「まあ、ブロンドを黒くしてるんだから、そりゃ時間が経てば取れてくるでしょ。」

「ほんと、李七ちゃんは大人だねー。」

「ママが少し子どもっぽいだけよ。今時の高校生なんてこれがフツーよ。」

「それはそれは。世のママさんの井戸端会議が長くなるわけだ。」

食べ終わり。

用意する紅茶。

12時を回る。

まだ朝食後の紅茶。

贅沢。

イングリッシュブレックファストもびっくりだ。

 

「それで、李七ちゃんはまだ大学が決まらないのかなー?」

吹き出る紅茶。

「ま、まだよ考え中!簡単になんか決まらないって。というか、どうして分かるのよ?」

「親なんてものはね…」

またいつもの台詞か。

「親なんてものはね、子どものことなら何でもお見通しなの。『透明マント』を着て、あちこちついて回ってるからね。」

「ぷ、プライバシーの侵害よ!まったく…」

 

「ふーんそっかー。まだ迷ってるんだ。朗君のこと。」

 

「ちちちちちっちちちちち、違うわよ!!!あああああああああああああ朗は関係ないでしょ!!!」

ほんと嫌い!

何言ってんのよ!

「北海道なんかに行ったら、朗君と離れ離れになっちゃうもんねー。彼、地元に残るんでしょ?」

「そ、そうよ。それに、あいつがどこ行こうと別にあいつの勝手じゃない。」

「お嫁さんになるのに、遠くなっちゃうのは嫌だもんねー。」

イングリッシュブレックファスト!

吹き出る紅茶。

「だだだだだだだだから!!!それとこれとは関係ないっての!!!」

「えー寂しいじゃないの。ママ、李七ちゃんが朗君と一緒じゃないと寂しくて死んじゃうとか言い出すんじゃないかって心配してるのよ。」

「い、言わないわよ!!それに…」

「それに?」

「それに、あいつは別に寂しくないから…」

「そうなの?李七ちゃんが離れたら朗君だって寂しいんじゃないの?」

「あ、あ、あ、あいつにはた、たた、た、た、大切な彼女がいるから別に大丈夫なのよ!!!」

なんで私が説明しているのよ。

「あら!朗君たらいつの間に。ママには何の報告もなかったなー。」

「あるわけないでしょうが…」

「で、それでも迷ってるんだ、李七ちゃんは。」

「……」

 

「自分のために宮城を離れるか。大好きな朗君が振り向いてくれることを期待して残るのか。」

「う、うるさいわね!ママに私の気持ちが分かるわけないでしょ!」

嘘。

全部お見通し。 

 

「……」

「………ごめん。」

「…いいのよ…」

ママに当たっても仕方ない。

「そうね、ママには、李七ちゃんの本当の気持ちは分からない。親なんていうのは…」

またいつもの。

「親なんてものはね、子どものことなら何でも知っている。知っているのだけれど、それは昔からのあなただけ。これからのあなたをママは知らない。」

「分かってるわよ…私、馬鹿だなって。」

「でも李七ちゃんは、自分で納得して、その馬鹿とやらをやっていたわけなんだよね?」

「……うん…」

「自分を騙すような、都合よく考えるような真似と言われても、李七ちゃんは李七ちゃんの気持ちに正直になったわけだ。」

「…うん…」

「それで?今の気持ちはどうなのかな?ママに話してごらん?」

まるで。

まるで、子どもの嘘を見抜こうとする母親ね。

魔法の言葉。

何でも話してしまう魔法の言葉。

 

「私、馬鹿だって思う…」

多分、一生叶わない。

願い。

夢。

もしかしたら、呪いに変わっているかもしれない。 

 

「……そっか。」

「…」

「ねえ、李七ちゃん。どうして、ママが北海道の大学を薦めたと思う?」

「え?音楽を勉強するためじゃなくて?」

「まあ、それもあるわ。そう3割ぐらいは。それだけじゃなくて、もっと他にあるのよ。」

「?」

もっと他の何があるの。

 

「李七ちゃん、あなたも知らない、あなたのことも知られていないところへ踏み出してみてもいいのかなーって。」

 

「……!」

「ママさ、パパとも話してたんだけれど、李七ちゃんのこと私たちの近くに置いておきすぎたなって思ってて。小さいころ、身体が強くなくて入院とかもしたじゃない。あと学校にも馴染めなかったり。だから、どうしてもあなたが可愛く、いえ、可哀そうに見えてしまってね。」

可愛い。

可哀そう。

「これは親として失格だなーって、しまったなーって思ってさ。李七ちゃんの可能性を狭めるようなことしちゃったなって思ったの。親なんてものは…」

また…

「親なんてものは、自分の子どもを世界一信じなきゃいけないのよ。ママたちが信じなくて、誰が信じるんだって思ってさー。パパと反省したんだよねー。」

「ママ…」

「だから、親のエゴもワガママももう終わり。もちろん、李七ちゃんには、地元の大学に行ってほしいと思うわ。親としてね。やっぱり離れて暮らすの、少し寂しいわ。」

 

私も寂しいよ。

寂しくないわけないよ。

ママたちにも寂しい想いをさせたくない。

 

「でもね、それはやっぱり私たちのワガママ。あなたの人生は、あなたのものなのだから、あなたが主役として物語らないといけない。私にストーリーテラーは務まらないわ。」

 

主役。

私が主役の物語。

物語の主役。

 

「好きだったサッカーも観れるし、ピアノだってずっと続けられたらいいなと思って、それであの大学を薦めたの。結構イケてない?」

イケてるって。

ナウい

「…うん…こんなことができるんだって、こんな先生がいるんだって、正直ワクワクした…」

「そう!その感情こそ大事にするべきよ!」

「……うん…」

「あなたは、あなたが望む方向に進んでいいのよ。昔の自分も、親からの期待も関係ない。あなたはあなたしかいないのだから。」

 

私の望み。

願い。

 

時計は、13時半ごろを目指そうと疾走していた。

 「少し…もう少しだけ考えてみる。」

「うん。納得いくまで考えてみなさいな。」

「ママは…パパも、私が何を選んでも大丈夫…?」

「うん?まあもちろんよ。死にたいとか言われない限りはね。」

「言わないわよこの文脈で。」

「親なんてものはね…」

ああ、また。

「親なんてものはね、子どもがどこいっても、何やってても、応援してしまうものなのよ。」

「そうなの?」

「そうなの。そういうものなの。」

「そう…」

そうなんだ。

「いい李七ちゃん。私たちは、世界で一番、あなたを応援している。声を嗄らして、手を高く掲げて、飛び跳ねて、あなたのチャントを歌って応援しているわ。だから…」

「…?」

 

「だから、いつでも帰ってきなさい。ここは、ママたちは、あなたの家で、家族で、ホームなのだから。」

 

こらえる涙。

ふり絞る。

言葉。

「……ありがとう。ママ。」

撫でる頭。

ママの手、こんなに大きかったっけか。

 

「そうそう!〆切がヤバいんだった!」

「そうよね。もう14時になるけど。」

「ヤバイヤバイ!このあともオファー来てるのもあるし。どうしたものかしらね。」

「さすが売れっ子作家。」

「それが聞いてよ李七ちゃん。次のオファーは、小説とかじゃないのよ。」

「へー。またインタビューとか?」

「これよこれ。サッカー専門誌の『Foot Lab』への寄稿記事なのよ。」

「ふーん。名前は、どっかで聞いたことあるわね。それこそ朗あたりが読んでたような。」

「なにやら骨太な専門誌らしくて、サッカーマニアたちの間で話題沸騰の雑誌らしいのよね。」

「へー、サカオタ量産雑誌というわけね。」

あの界隈(朗、詩)は必読本じゃないの。

「そこの副編集長から直々にアポを受けてねー。まあ、これがエキセントリックな人だったこと。」

「そうなの?出版関係とかって多いのかしらね、そういうの。」

「でも悪い人じゃないのよ。情熱もってポリシー持ってやってるのが凄く伝わってきたわ。その人もいろんな記事書いてきて、界隈じゃそこそこ有名らしいのよねー。」

「ある意味ママもエキセントリックというか…」

「これこれ名刺。」

「ふーん。Foot Lab 副編集長…って!女だったの!」

「そうよー。あー、李七ちゃんぐらいの年頃の女の子は、バリバリの男性副編集長を思い浮かべちゃうわよねー。」

な、何言ってるのよ。

「ち、ち、ち、違うから!!!ちょ、ちょっと驚いただけよ!!!」

「なかなか面白そうでねー。『あなたの心を揺さぶられたフットボールとは』ってのがテーマらしいのよ。」

「へー意外ね。もっと戦術オタクなことかと思ったけれど。」

「特別誌らしいのよね。来年の春とかあたりに出るらしいのよね。」

「随分と先なのね。」

「まあそのくらい時間があった方がいいわ…なにせ、こちとら40年間の英国サッカーを総復習して臨もうと思っているんだから…クククククククク…」

「頼むからオタク精神発揮しないで。身体を壊すから。」

 

「まあ、ママだって、それなりにはがんばっているんだから、李七ちゃんもたくさんがんばってほしいなって。」

「どうして努力の不均衡が起きているのかしら。」

「こんな親ウザいよね。でも、親って言うものはね…」

いつものがくる。

 

「子どもには、無限の可能性が秘めているって信じちゃう。期待しちゃうものなのよ。」

「そうなの?」

「そうなの。そういうものなの。」

「分かった。私、私の答えを出すわ。自分に正直になって。」

「うん。きっと、きっと李七ちゃんならできるわ。パパもママも応援してる。」

 

この後、李七がどの道を選んだかは、言うまでもない。

彼女にとってそれは、人生で初めてと言っていい冒険になる。

目一杯の応援を背に受けながら。

 

夢の劇場が、幕を開ける。

 

人物紹介

八乙女・ヴィクトリア・李七 (やおとめ・ヴィクトリア・りな)

 神杉高校3年生。

 サッカーオタク。見る将。

 将来の夢は、オールド・トラフォードで、ピアノのワンマンライブをやること。

八乙女・ヴィクトリア・英梨 (やおとめ・ヴィクトリア・えり)

 英国生まれで作家として活動する李七の母親。夫は、外交官である日本人。

 2人がどのようにして出会ったのかは、トップシークレット。朗曰く、真相を知った者は消されるとか消されないとか。

 

 

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