不敵の意味
あの子、そうね、東照宮つかさという子は、それはとても人気がある子だったわ。バスケやら陸上やらサッカーやら運動も得意だった。特定のどこかには所属しないのだけれど、ひとたび出場すれば一番になるくらいには。それに容姿端麗ってこともあって、「カッコいい」と評判だったわ。僕っ娘なのは…まあ、相変わらずだったのだけれど。
でも、おかしいのよ。あの時、あの子あんな話し方<現象言語化論法>していなかったのよね。もっと、いわゆる普通の話し方だったわ。だから、私にとっては、彼女があんな話し方をするのがとても違和感で、というか、高校に入ってからもあんな話し方ではなかったはずよ。何かがあったはず。彼女にとって、雷にも撃たれるような転機が。
私としては、前も言ったのだけれど、今の彼女がとても不気味よ。どこか俯瞰しているような、諦観のような。中立的で、もとからの中性的な雰囲気が強化されている。
そうね、心が感じられないのよ。そんなもの、取るに足らないって、どこかで信じているような気がしてならない。だからこれは、私のワガママ。あなたに頼ることになるなんて。あの子、東照宮さんのこと、お願いしたいの朗。多分、私では、彼女に接近することもできないで終わる。ごめんなさい。でも、万が一にでも浮気したら殺すから。よろしくお願いします。
等身大自分次第
あんなお願いをされたら会うしかない。
会ってどうする?
話すしかない。
あいつの得意論法で?
話すしかない。
勝算はあるのか?
分からない。
でも、詩があそこまで言うなら。
死にたくもない。
決戦の勾当台公園。
いた。
「…おい!東照宮!」
振り向く。
不敵に。
微笑んだ。
「おや?」
「はあ、はあ…」
息切れ。
運動はしよう。
「どうしました朗さん?もしかして僕を見つけて発情してしまったのですか?いけない人ですね…」
「…ち、違う…これは…走ってきた…からで…」
「まあそう仰らずに。逆に言えば、よくここまで興奮せず僕と対面で会話できていましたね。」
「そ、その…自信過剰なまでの…愛情表現は止めるんだ…」
落ち着く。
ルックアップ。
「それで、なんでしょうか?朗さんから僕のところに来るということは、これはかなりの大事ですよ。サードインパクトでも始まるんですか?」
「違う!今日は、お前と僕が満足するまで、いや、お前が満足するまで話がしたい!」
またも不敵に。
「おやおや。これはこれは大事だ。いいですよ、何万光年でも付き合いますよ。地の果てにだって行きます。」
「それで、僕とどんな話がしたいのですか?」
意を決して。
不敵の海へと、飛び込む。
「お前、俺のことが好きか?」
攻めには、攻めか。
「ほう、今日はそういう話ですか。いいですよお答えします。大好きですよ朗さん。」
ここまでは想定通り。
畳みかける。
「じゃあ、サッカーも同じように、大好きだって言えるか?」
間。
「ええ、大好きですよ。」
「違うな。お前は無理をしてる。俺や詩、李七と張り合うために。」
急所を突いた。
「どうしてです?なぜ僕が、そんな不毛な争いをしかけると思ったんです?」
「その喋り方だよ。それ、俺たちがそんな感じで喋ってると思って、そんな話し方にしてるんだろ?」
「…」
不敵が、静まった。
「それに、お前の『僕』って呼び方、それも、誰かの受け売りなんだろ。それか、誰かに認めてもらいたいからなのか…。ごめん間違っていたら悪いけど、でもお前を知る奴から聞いた限り、直接こうして話して知った限り、きっとそうなんだろ?」
間。
不敵が口を開く。
「宮城野原さんですね…。やれやれ、結局僕は、あの人に勝てないのか。」
「え、それってどういう…」
「みんな、僕に『僕であること』を期待していたんです。僕は、それに応えたかった。いや、応えてきた。」
「僕であること…?」
「昔から僕は、身長が他の女子よりも高かった。いや、男子だって僕の方が高かったと言っても差支えはなかった。髪も短く、運動もそこそこにできた。そうすると、周りは僕をどう評価すると思います?」
「評価…?」
「『東照宮さんカッコいい』って言うんです。女子である、この僕に。」
「別に言うなとは言いませんよ。でも僕だって、ピンクや白のひらひらを着たいですし、『ケーキ屋さんになりたい』って言いたいんです。でも、」
「…でも…?」
「でも…そんなことをすれば、僕の存在は、きっと皆のなかから消えてしまう。僕は、みんなの期待に応えなければいけない。そう、『背伸び』をしてでも。」
「…それで、今みたいにしてるってことなのか。」
「ええ、お察しの通りです。髪も『ボーイッシュ』に。呼び方も『僕』に。みんなが僕に期待しているもの全てに応えてきた。でも、夏休みに朗さん、あなた達と出会った。」
「あ、あの時のあれは…」
「いいんですよ。宵闇の世界しか知らなかった僕にとっては、とても輝かしく、羨ましかった。そして、宵闇もまた、あなたの期待に応えたいと思った。」
「それで、いつもの癖が。」
「まあそれもあるのですけれど、もう一つ、今回の件で重要な人物がいたんです。」
「そうか…」
「ええ、宮城野原さんです。僕の過去を知り、朗さんの現在を知る人。」
「…そうか、お前は、詩のトレースを…」
「意地悪な言い方をしますね朗さん。僕はただ、好きな人に振り向いて欲しかっただけですよ。」
風が吹く。
寂しいほどに、冷たい秋の風が。
「どうでしたか?僕の半生は。とても、ありふれていて平凡な人生でしょう?結局僕には中身がない。誰かが好きだと言えば、僕も好きだと言う、そんな存在です。」
「でも…」
「?」
「でも、お前がサッカーを好きなことは変わらない。何がどうあれ、お前とサッカーを語ったことには変わらない。」
「それは、朗さんが…」
「違う!何で気づかないんだよ!」
「え…?」
「どうだっていいんだよ。どんな形でもいんだよ。俺と話を合わせなくたっていいんだよ。お前は、お前自身に期待し過ぎなんだ。背伸びし過ぎなんだ。」
「それはどういうことなんでしょう…」
「いいんだよ、お前のサッカーに対する愛情だとか、情熱が俺みたいなクソオタクより小さくたって。誰だって最初の火は、小さいんだから。そのままのお前で喋れよ!お前の灯した火を語れよ!」
「あ、ああ…」
不敵が、不敵でなくなる。
流れるのは、涙だけ。
両目から。
風に乾くことなく、流れ、流れ、流れ、流れ、流れ、流れ落ちる。
「どんなに小さくたっていい。背が高くなくたっていい。でも、等身大のお前自身の背筋だけは、きちんと伸ばしていけよ!!!」
流れ、流れ、流れ。
「お前は間違ってる!お前は、俺の期待に応えてると錯覚してる。逆だよ。お前は、俺の期待に何にも応えてない!俺は『等身大の東照宮つかさ』と話がしたい!!!」
僕は僕でいい。
いや、私のそのままで。
背伸びも、背中を丸めることも、もういらない。
この人の前では、サッカーの前では、多分、『私』でいられる。
涙を拭き。
背筋を伸ばし。
「ひどいですよ、朗先輩。後輩女子を泣かせるなんて。明日どんな顔で学校に行けばいいんですか。責任、取ってくださいね…」
「ああ、いや!!!ごめん、そんなつもりは!!!」
「いいですか?世の犯罪者は、大体そうやって言い訳するんですよ…!」
「ごめんごめんごめん!!!」
「ふふふ、私、こんなに人前で泣いたことないから、びっくりしちゃった。」
「そ、そうだったのか…って!今、『私』って!?」
「なんですか?私が私のこと『私』って言っちゃいけない法律か条例かローカルルールでもあるんですか?」
「いやいやいやいやいや!!!!!」
「ほんと、ズルいなあ、朗先輩は。なんでこんなに『カッコいい』んですか。しかも彼女持ちの癖に、私をこんなに、こんなに…」
「いや、マジでごめんなさい!!!先輩後輩関係なく、人類として謝りたい!!!誠に申し訳ございません!!!」
「まあ、いいですよ。そんな朗先輩、大好きですから。」
「…そ、そ、そういや、『先輩』って…」
「あーもううるさいなあ!いいじゃないですか、朗先輩のこと先輩って呼んだって!私だってねえ、先輩のこと先輩って呼びたい女子なんですよ!」
胸倉をつかむのは女子のやることではないと思うが。
「い、いや、分かったから、分かったって…!」
「あーもう、ズルいな宮城野原先輩は。ズルいなあ…」
「お前、心の声ダダ洩れだぞ…」
「朗先輩が言ったんですからね!背伸びするなって。僕…あ、いや、私だって色々と我慢してきたんですからね!」
「だから、その都度、オープンマインドにしてた方が精神衛生上にも、先輩衛生上にも良くてだな…」
「うるさいうるさい!先輩のバカ!こんな可愛い後輩を目の前にして、カッコいいことしか言わないなんて!バカバカバカバカバカバカバカバカ!」
「…ご、ごめん…」
ひとしきり叩くと、彼女は、
微笑んだ。
終わりの序の終
こうして不敵な秋が終わり、冬を迎えようとしている。
「朗先輩!」
「げえっ…!」
振り向く。
そこには、高身長美少女がひとり。
髪は、両肩を目指して少しだけ伸びている。
「どうしました?通学中に朝食べた物でも吐こうとしていたんですか?さすがに、僕にそんな趣味ないですよ。」
「僕を特殊性癖者にしようとするな!!!
歩く。学校へ。
「結局、僕のままなんだな。」
「ええ。長年の癖というものは、そうそう簡単には解けないものです。それに、ああは言ったものの、結構気に入っているところもあるんです。」
「そうか。まあ、お前が気に入ってるって言うなら、僕からは何も言えないな。」
「でもお気遣い、感謝してますよ。」
「まあいいよ。また、サッカー談義しようぜ。この前のチャンピオンズリーグで話したいことがあって…」
「まったく、衰え知らすのサッカー熱ですね朗先輩は。」
「あ、べ、別に、話を合わせてくれなくたっていいんですからね!」
「急にツンデレキャラへキャラ変しても無駄ですよ。」
「たしかに、そうだな。」
「ええ、僕は僕が面白いと思ったことをそのままにしか言えませんから。」
少し駆けだす。
高身長。
もう、背伸びする必要はない。
「お、おい、走るのか?」
「いえ、先に行く用事を思いだしたので。」
駆ける。振り返る。
「それと朗先輩。僕、最初から背伸びしていないことがあったんですよ?お気づきですか?」
「え、なんだよ。サッカー関係じゃないんだろ。」
「僕が朗先輩のことを大好きだという気持ちは、いつだって等身大だったんですよ。本当はもっと背伸びしたいくらいに。」
自信を持って言える。
「それじゃあ、また放課後にでも!」
朗らかに。
後輩は、駆けていく。
「あいつ…道端で話さなくても…」
警告!重力3倍!ブレイク!ブレイク!
「朗…少しいいかしら…」
「ヒエッ」
振り向くと黒い笑顔がそこにいた。
「随分と楽しそうに登校しているわね、『後輩ちゃん』と。」
「いやいあやいあいあああああいいいいあやあ、これは、あ、、あだな!!」
「よろしくとは言ったのだけれど、少し違うんじゃないかしら…朗…」
「これがセカンドインパクトの続き、サードインパクトのはじまりか。世界が終わるのか…」
「……言い残す言葉はそれでいいかしら?」
「ぎょええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!!」
冬は、もうすぐそこ。
Fin
人物紹介
宮城野原 詩 (みやぎのはら うた)
仙台市内の学校(神杉高校)に通う高校生。
サッカーオタクなのは隠している。観る将。
黒髪、肩ぐらいまで伸びた髪は変わらず。つかさとは中学が同じ。
東照宮 つかさ (とうしょうぐう つかさ)
仙台市内の学校(神杉高校)に通う高校生。2年生
サッカーオタク?観る将?
高身長にショートヘアで一人称が僕。背伸びしていた少女。
国府多賀城 朗 (こくふたがじょう あきら)
仙台市内の学校(神杉高校)に通う高校生。
サッカーオタク。観る将。 サッカーの見方を勉強中。
あとがき
どうも、僕です。無事3rdシーズンが終わりましたね。今度は、後輩キャラが出て来て彼の、いや、彼女の独擅場でしたね。東照宮 つかさという少女は、おおよそ後輩とは思えないような自信と自負と不敵さをもった子です。詩曰く中性的で中立的で不気味と言ったのはよく言っていて、盤上を制圧するには十分すぎる個性でした。でも、そういう一見強さにも見えるものが、人間にとってあまり強くない部分だったりもします。ましてや、高校2年の少女ですから。
誰しもが、見栄を張ったり、背伸びしたりするものですけれど、それをしてしまう心情も状況も分かります。でもいつかは、その伸びた分の筋肉痛が来る。それはやはり本人にとっても不幸ですから、どこかで等身大の自分を受け入れないといけないのかなと思います。できないことだらけかもしれないですが、そうやって見ることで本当に自分ができること、思っていることが少しでも見えてくるのかなと思います。
絶賛その小ささに頭を抱えて絶望するような豆腐メンタルでこの物語を書いていますが、小さくても何でもゼロではなくイチであることが大事なのかなと最近考えています。朗が言った「お前の灯した火を語れよ!」は、中々どうして、自分にとってもくるものがあります。
さて、いわゆるナンバリングタイトルとしては、次のシーズンがファイナルシーズンになる予定です。その前に、色々とすっ飛ばしたところを書いていければいいかなと。まだもう少し…少しになるかは分からないですが、きみせめとサッカー与太話とお付き合いいただければと思います。では、また。
次回予告
受験、卒業式と渦巻く早春。
ある一人の狂人、いや、これは神との出会い。
業界を震撼させる新進気鋭の物書きの神様からの挑戦。
好きを好きで押し通した時、その「好き」は、本当に原型をとどめているのか。
すべてが変わる世界で、変わらない想いは。変わらないと信じることはできるのか。
これは、国府多賀城 朗にとっての「最後の問題」。
彼が彼たる理由を探す旅の終着駅。
次回、「君が広く攻めるなら、私はもっと広く攻めましょう。」と微笑む君。ファイナルシーズン。
「 紅神と最後の問題 」
「お前が好きなのって、別にサッカーでもなんでもないんじゃねえのか?」