文化祭。ある教室で。
「あのさ…」
文化祭。
高校最後の文化祭。
空き教室に、たった2人。
2人だけ。
この世界に、2人しかいないような感覚にとらわれる。
「あのさ…もういいよね…」
距離が縮まる2人。
「もういい加減、他人の前で堂々と本読むの止めてもらえないかしら宮城野原詩!」
残念。
いたのは、重力少女と金色少女。
これは、サッカー好きの女子が交わす与太話。
別れの挨拶。
「ん?どうかしたかしら七乙女さん。」
「八乙女だ!どうして数が減るのよ!」
「ごめんなさい十四乙女さん。」
「ば、倍の数になった!?」
皆さんご存知の二人。
重力少女こと本作メインヒロイン宮城野原 詩と、もう一人のメインヒロイン八乙女 李七の夢の競演である。
「だって、今良いところなのだから、邪魔をしなでくれないかしら。」
「あんたが文化祭なんて抜け出そうって言ったんじゃないの。それを堂々と本なんか読んで…一体何を読んで…」
『監督の異常な愛情』
「これは、5人の変態監督を追った超ドキュメンタリー物であって、監督の考えを知る良い資料でもあるのよ。やめられなくて当然よ。」
「あんた、そんな監督の伝記物みたいなのにも興味があるだなんて初耳よ!」
「まあ、いわゆる分析物や戦術本は大体読みつくしてしまったし、こういう監督の頭の中を知れるのは貴重といえば貴重なのよ。いわゆる門外不出ってやつね。」
「あーまあたしかに。でもあんたって、ひとりの監督とか選手を追うタイプじゃないわよね。チームを追っているってわけでも無さそうだけれど。」
「そうね。毎年、それぞれのチームの試合を観ている方が楽しいわ。発見もあるし。」
どちらにせよ、サカオタである。
「あなたは、むしろ選手個推しとか、監督萌豚とかそんな種類の人間なのでしょう?」
「選手や監督をアイドルにするつもりはないっての。ただ、その瞬間のエモとは切っても切り離せないでしょうが。」
「人間ドラマってやつね。それほど好きではないのだけれど。」
「あんたとは、サッカーの方向性が違うのよ。」
「でも、夏休みにあなたのお家に行った時は感心してしまったわ。ユニフォームもたくさんあったし、ご家族の理解もあるようで。」
「ま、まあ、どちらかというと親の方が重症というか…」
「そういえば、エバートン時代のルーニーのユニフォームがあったわよね?あなた、ユナイテッドに彼が来てからファンになったというのに、さすがだと思ったわ。」
「甘いわね宮城野原 詩!前所属のユニを持っていることで、『あ、あいつ、昔からこいつの才能を見出してたのか!』って羨望のまなざしで見られるのよ!!!」
「はしたない邪な思想を恥ずかしげもなく言わないでくれないかしら八乙女さん。」
「ま、今は受験勉強中だけれど、春にはJリーグも開幕するし、スタジアム観戦にでも行きましょう。なんなら、土日とかも時間が合う日には…」
「ごめん、宮城野原 詩。それはできない。」
はっきりとそう、彼女は答えた。
自分の進む道のために。
「そ、そう…そうよね、あなたには、応援しているチームがあるわけだし、そんな他所の試合なんて見れないよね…じゃ、じゃあ、ユナイテッドの試合を観ましょう!私は、どんなに遅い時間でもいいわ!」
「そうじゃないの。私、宮城から出るの。」
「え……」
「言ってなかったよね。ごめん。私、大学は北海道の大学って決めたの。それに、1、2年はこっちに帰らずにいようと思ってる。」
「そう…なの……。」
「自分が知らない、自分を知らない街に行こうと思って。今までの自分じゃダメだって。正直、甘えていたところもあったし、今の自分に正直になろうと思って。だから、少しきつくても進んでみようかなって。」
衝撃。
衝撃だった。
宮城野原 詩にとってそれは、重い重い事実だった。
「だからさ、あんた達は、存分に大学生活を楽しみなさい。まあ受かったらだけど、余裕でしょ?私みたいな、うるさい邪魔者がいなくなって、気兼ねなく遊べるじゃない…」
「絶対絶対、そんなこと思わない!!!」
それも重い言葉だった。
そして流れて来るのは、涙だった。
「そんなこと死んでも思わない!あなたが邪魔だなんて、思ったこともないし、これからも絶対に思わない!」
親友への、偽りのない想いだった。
同じ「もの」を好きな者同士。
「……そう。もう少し、ライバルっぽく振舞ってくれるのかと思ったんだけど?」
「ごめんね。私、あなたに辛いこと言ったよね。『今の自分がどう思ってる?』だなんて。安全なところから、何様なんだよね…私はずっと後悔していた。あなたを苦しめる、縛るような言葉だったって。」
それは、ある春の出来事。
金色少女が初めて経験した挫折。
確認した想い。
「あなたに、辛い思いさせたよね…ごめんね…」
「何を言ってるんだか。どれもこれも、私が想ったことで、私が決めたこと。あんたは、何も、悪くないんだから。」
その抱きしめは、優しい。
まるで母のよう。
「だから今回も、私は私に正直になった。そして、自分で決めた。いい加減にしろって、自分に怒られたところよ。」
「でも…でも……。」
「向こうにいようと思うのも、私が決めた。18年も宮城から出たことがない。家とママの実家、学校という守られた場所でしか、朗のところにしかいなかった。だから、いい加減、私も独り立ちしないとってね。」
涙を拭く。
「ほらもう泣かないの。せっかくの美人が台無しよ。あんた、毒舌吐いたりオタク出さなきゃかなり可愛いんだから。」
「それは…知ってるわよ…」
肩透かし。
「そういう自信過剰なところは、いつでもどこでも変わらないのね。」
しっかりと目を見ながら話す。
これからのこと。
これまでのこと。
「だから、あんた達は、あんた達に正直になりなさい。嫌だと思えばどう嫌なのか。好きだと思うならどう好きなのか。背中じゃ、想いは語れない。」
「正直に…」
「サッカーと同じ。同じ好きでもいつも違う。夢の劇場は、毎日違う夢を見せるもんなのよ。」
「そういうもの…?」
「そう。そういうものなの。」
それは、妙に納得してしまう魔法の言葉だった。
そしていたずらっぽく微笑みながら、この金色は言う。
「それと、朗にはこのこと絶対内緒ね。」
「え?どうして?」
「卒業式の日に暴露してやるわ。私からのささやかな反撃(カウンター)よ。」
「ふふふ。分かった。絶対に喋らない。約束する。」
「あと…」
「?」
「あと、北海道には、来てちょうだいよね?…詩。」
「……うん。絶対に行くから…李七。」
さようならを言わないさようなら。
「何かを失うことで、少年少女たちは、大人へとなっていく。」だなんて、簡単に言うけれど、その一つ一つが祭事。
膨らんだ夢への感謝と、これから咲く花への祈りと。
秋空に輝く教室で起きた与太話だった。
人物紹介
宮城野原 詩 (みやぎのはら うた)
仙台市内の学校(神杉高校)に通う高校生。
サッカーオタクなのは隠している。観る将。
黒髪、肩ぐらいまで伸びた髪は変わらず。
八乙女・ヴィクトリア・李七 (やおとめ・ヴィクトリア・りな)
仙台市内の学校(神杉高校)に通う高校生。
サッカーオタク。見る将。
今は金髪ポニーテール。 赤いリボンは変わらず。