ミシャ式、変則3バック
「あとは、ミシャ式ね。」
「ミシャ式?」
「ええ。正式名称は、『ミハイロ・ペトロヴィッチ式ビルドアップ』。3バックをベースに、セントラルハーフの選手がひとりセンターバック間に降りる。それに呼応して、センターバックの両脇がサイドバックのように広がって、4バックのように『可変』するビルドアップのことよ。」
「なんだかややこしいわね。ビルドアップに、そんなに手数をかけないといけないわけ?」
「『可変』することの目的は、相手のプレスを外すことにある。ですよね宮城野原先輩?」
「そうね。守備の大原則は、近い距離で狭く守ることにある。ミシャ式は、下がったり、広がることで、相手のプレスを分散させることができるわ。」
「可変、可変って、ロボット物か何かなわけ?」
「可変は、大事よ八乙女さん。あなたのように、向こう見ずな一直線ドリブラースタイルでも良いのかもしれないのだけれど、相手を観察して変化することはとても重要なことだと思うわ。」
「誰がゴリゴリドリブルで真正面からディフェンスに突っ込んでいくゴリブラーよ!そうじゃなくって、そのオタク感満載の呼び方なんとかならないのってことよ!」
「あらいいじゃない。カッコいいでしょ?」
「どこが!」
ロマンだな。
呼び方は。
分かるぞ、その気持ち。
パイルダーオン!
だな。
「しかも、守備の大原則が狭く守ることなら、自分たちで広がっちゃって、守る時はどうやって守る気なのよ?」
戦いの火ぶたは、時として、不意に訪れる。
「……ボールを奪われなければ攻撃されないわ。」
「そんなこと1億パーセントありえないっつの!」
開戦。
「(ブツブツ)…そもそも、奪われないようにする仕組みづくりこそ、守備的な考えに基づいた極めて論理的かつ実践的な考え方だと思うのだけれど…『まずは相手がボールを持って』なんてことを想定してなんて…まあ、まあ分かるわ…気持ちは!でも、それがサッカーをすることになるのかしら…ボールポゼッション率80%をあくまで目指すべきよ…というか、エリア支配、良いポジショニングにはボール交換は必須で、自然と保持スタイルに傾倒するに決まっているのよね…(ブツブツ)」
「(ブツブツ)…机上の空論みたいなことを言い出すのよねポゼッション主義者は!80%もありえないっつの…そもそも、カウンター系が守備的だという批判は間違っているというのに…いうならば戦術的だと言うべきで、あんたみたいな人種が本来大事にするべき戦い方だというのに…まあいいわ、たしかにボールを持たないことを前提にするのは悔しいのだけれど、でもそれが何?最後は、ボールを強くぶっ叩いて、ゴールネットに突き刺すことには変わらないでしょ?それがボールを奪った後の4秒カウンターってだけじゃない…(ブツブツ)」
宗教戦争かよ。
いや、イデオロギー紛争?
「いやー喧嘩はよしてください。僕は、ポゼッションでもカウンターでも、どちらでもイケる口ですよ。だって、最後は、そのどちらも使って…僕が勝つんですから…」
4つの目が不敵を睨む。
不敵は、不敵に微笑むだけ。
オールラウンダーが最強ということか。
今時、どちらも使えておけ。
「少し話が脱線したのだけれど、3バックといえば、変則的な形もあるわね。」
「また可変なの?」
「うーん、少し違うかしら。例えば、片側のセンターバックが離れて、サイドバックのようなポジションを取ったり、そこにGKを加えたりね。」
「近い距離と遠い距離にセンターバックがいることで、さっきのように『広がったままどうやって守るのか?』について、中庸のような形で対策しているわけですね。」
「そうね。あとは、やはり前提であるプレスを分散させることにもなる。たとえば、サイドハーフがプレスをかけるにしてもあまりにも距離がありすぎて、時間を与えてしまうシーンが見られるわ。」
「け、結構やっかいなのね。」
「ええ。4バックであっても、片方のサイドバックが上がらないので、擬似的な3バックになったりするのだけれど、それとも微妙に違くて。やっぱり、誰が誰を担当しているのかが最初にあって、それを外すってことが肝なのよね。だから、嵌る前に外してもあまり効果的ではないの。」
その時、スマホに通知がきた。
与太話の終わり。
終わりの始まり。
神の啓示
学校の校門には、少年少女と大人がいた。
大人の髪は紅く艶やかで、長かった。
黒髪との対峙が続いていた。
「はい?」
「なり方も、成功の仕方も分からないなら、私が0から100まで教えてやるよ。」
「それってどういう?」
「全然書けねえ絶望から、全てを成功に収める栄光まで、全部私が叩き込んでやる。だから、今すぐ記事を寄稿しろ。」
「何を言っているの?そんな急に。」
「ほら、来月出る特別号だ。お前が魂揺さぶられたフットボールについて書け。」
企画書を見せる。
有名な記者、作家、ライター、ブロガーの有象無象がそこにあった。
「ちょっと、こんなこといきなり言われても…」
「お行儀よく書こうとするな。お前は、お前が書ける全身全霊をこれに捧げろ。安心しろ。私が見てやる。」
「ちょっと…聞いてる?」
「だがこれは一応仕事だ。少しは真面目に書け。納期と質は最低限担保しろ。それがお前に課す最低条件だ。分からないことがあれば私に聞け。」
「いい加減にして!!!」
耐えられない。
なぜ、こんなにも言われるのか。
「なんだ?ビビってるのか?」
「そういうことじゃなくて…!」
どうして。どうしてなの。
朗…
「朗!これってどういう…」
伏し目がちで何も語らない。
「今すぐ答えが出ないっていうなら、また後で連絡寄こせ。ほら、名刺だ。」
名刺。
名刺を出してまで、私に書いてほしいとでも言うの?
「24時間連絡可能だ。いつでも連絡よこせ。ただし…」
「……?」
「3月8日までだ。それまでに何かしらの答えを私に連絡しろ。」
去ろうとする紅い神。
「待ってください!!」
紅い背中に、小さなサカオタが叫ぶ。
「榴ケ岡さん…俺の記事…俺の記事のどこが、どこがダメだったんですか…?詩が良くて、俺がダメだった訳を教えてください…!」
振り向く。
神は、静かに見つめる。
そして、静かに問う。
「お前本当に、サッカー好きなのか?」
やめろ。
「お前がサッカー好きなのってさ、別にサッカーだからとか関係なくて、サッカーを観ること自体に意味を見出してんじゃねえの?」
やめろ。
「それってさ、サッカーが好きなんじゃなくて、『サッカーを好意的に観ている自分』が好きなんじゃねえの?」
やめろ。
「お前の文章は、誇張表現が多い。典型的なオタク野郎が勝手に盛り上がってるだけだ。本当にそう思ってんのか?本当に試合観たのか?そういう疑問が先に来るんだよお前の記事は。いらねえのに、下手に盛り上げようとして、ダダ滑りしてるだけじゃねえか。」
やめろ。
「そんなサッカー好きならよ、良い悪いは別として、居てもたってもいられずスタンド行っておけよ。ブログとか書いてる場合じゃねえだろ。じゃなきゃきちんとアナライズした文章にするんだな。お前の狭量な世界観を垂れ流してどうする?」
やめろ。
「ここに来る前にも言ったけどな、つまんねえ文章書いてんじゃねえよ。お前はもっと自分に向き合うんだな。人間、向き不向きがあると思うぜ。」
「もうやめて!!!」
叫んだのは、重力の方だった。
「もういい加減にしてよ!何のつもりでこんなんことを言うのよ!」
沈黙。
少年にはもう、何も残っていなかった。
「いいか宮城野原、さっきのこと忘れず連絡しろ。待っている。」
今度こそ去る。
紅い神は、全てを焼き払っていった。
「あ、朗…大丈夫…?」
手を取ろうとする。
「帰りましょ…何ならどこか寄り道でもして…」
振り払う。
手。
「………独りで帰れる。」
そう言うと少年は、孤独という寄り道を歩いていった。
人物紹介
宮城野原 詩 (みやぎのはら うた)
仙台市内の学校(神杉高校)に通う高校生。
サッカーオタクなのは隠している。観る将。
黒髪、肩ぐらいまで伸びた髪は変わらず。
八乙女・ヴィクトリア・李七 (やおとめ・ヴィクトリア・りな)
仙台市内の学校(神杉高校)に通う高校生。
サッカーオタク。見る将。
今は金髪ポニーテール。 赤いリボンは変わらず。
東照宮 つかさ (とうしょうぐう つかさ)
仙台市内の学校(神杉高校)に通う高校生。2年生
サッカーオタク。観る将。不敵な女。
高身長にショートヘアで一人称が僕。男女問わずの人気がある。
国府多賀城 朗 (こくふたがじょう あきら)
仙台市内の学校(神杉高校)に通う高校生。
サッカーオタク。観る将。 サッカーの見方を勉強中。
榴ケ岡 神奈子 (つつじがおか かなこ)
Foot Lab副編集長。
紅い髪の女。物書きの神に近い存在と呼ばれる。