蹴球仙術

せんだいしろーによるサッカー戦術ブログ。ベガルタ仙台とともに。

「君が広く攻めるなら、私はもっと広く攻めましょう。」と微笑む君。23

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3月7日の喫茶

榴ケ岡 神奈子ですか…」

「なによあんた。知ってるの?」

「ええ。業界じゃそこそこの有名人ですよ。」

「業界?」

スポーツライターにして、コラムニストであり、エッセイスト。スポーツ関係を中心に寄稿した記事は、幾千と知れず。今は、サッカーを活動の軸足を置いて、骨太サッカー専門誌『Foot Lab』の副編集長。政治、文化系を中心に選ばれる『時代の先を行くライター100選』に唯一スポーツ分野から選ばれた新進気鋭のライターですよ。」

「ま、まるであらかじめ紹介文を用意していたかのようね。」

定期購読。

なんて今の状況では口が裂けても言えない。

「いえいえーおじさんがそっち系の業界なので、嫌でも話を聞かされるんですよー。」

「ふーん、なんか怪しいけど。」

さすが、金色。

「それより、そんな人がどうしてわざわざお2人に会いに来たのでしょうか。」

「そうよ宮城野原詩。どうしてよ。」

「……2人というより、私ね。あいつの目的は。」

重い重い重力に引かれた口が開かれる。

「どういうことよ。どうしてあんたなんかに…」

 

「あいつ、私にライターに、いえ、何でもいいから物書きになれって。なり方が分からないならスタートからゴールまで教えてやるからって。」

 

衝撃。

「な、な、なによそれ!!!」

「凄いですよ宮城野原先輩。一流のライターに直々にスカウトされったってことじゃないですか。」

「…なにが凄いのか分からないのだけれど。」

「物書きなら誰だって憧れると思いますよ?」

「…なら私は、その『誰だって』には入ってないってことね。」

宮城野原先輩…」

「あいつが私をスカウトしようが、どこかで死んでようが、幸せな人生を送ろうが一向にかまわないし、この世界が滅んでも私と朗の幸せが保証される以上は、全くなんの興味も、これっぽっちも湧かないのだけれど、あいつが朗を傷つけた事実は変わらない。」

重い。

「ふふ。朗先輩がいたらきっと『ちょっと!!!さらっと世界を滅ぼすのやめて!!!』って言ってるでしょうね。それでその…朗先輩は、大丈夫なんですか?」

「家には居るみたいなのだけれど、出てきてくれはしないし、連絡しても返事が返ってこないわ。」

「そうですか…」

「朗…」

 

はああああ…。もうマジ無理なんですけど…

 

「「え?」」

重力が突っ伏しながらつぶやく。

「もうマジ無理限界。朗がいないと死んだのと同じじゃない。世界が灰色よ。宇宙<そら>が降ってきたわ。もうこんな世界に何の価値もない。さっさと、隕石でも、コロニーでも、アクシズでも、あっ!アクシズは隕石か…。なんでもいいから降ってきて滅びてほしいものね。そうでないなら、私が直々にこの手で滅ぼしてやろうかしら。その準備はできているし、いえもう実は滅ぼし始めてるわ。はあ無理。あー辛い。しんどい。生きるのがつらい…」

黒いオーラ。

というよりただの女子高生。

あと、ちゃっかり滅ぼし始めるな。

「あんたそれ、ただのノロケじゃないよ…」

 

一応、家の前には来た。

でも、インターホンを押す勇気はない。

今の時代、彼氏の家に凸るなんて。

 

誰かが出てくる。

金髪?

 

「ん?」

会釈をする。

どこかで見かけたことがあるような。

「あらー朗君のお友達かしら?」

「え、ああ、えっと、そんなところです。」

「ふーん。そういうことねー。朗君は、そういうのがいいんだー。」

「あのえーっと…」

「あーごめんごめん。朗君ならお家にはいないわよ。」

「そうなんですか…」

金髪は去ろうとする。

その去り際。

 

「あなたがちゃんと朗君についてあげなさいね。あなたが世界で一番、彼のことを愛しているのなら、愛し尽くしなさい。」

 

「………え!?」

 

「親なんて言うものはね…」

どうして分かるのか。

「親なんて言うものはね、友達の子どもも可愛く見えちゃうものなのよ。」

「そういうものなんですか…」

「そう、そういうものなの。」

 

そうして手を振って、金髪は去っていった。

向かうべき場所へ。 

 

きっと乙女と薬師が道を示すだろう

自然と足が向いた。

勾当台公園

 

詩は、いない。

なぜだか今は、安心してしまった。

昨日の今日で、どう接してあげれば良いのか、僕には分からなかった。

 

「お前本当にサッカーのことが好きなのかよ?」

 

その言葉だけが、僕の頭のなかに反響している。

バケツを被ったように。

反響する。

 

「やあやあ、朗君。」

振り向くと居たのは、見慣れた顔。

「え、エリーさん!?」

「あらー?まだそっちで呼んでくれるんだー。朗君は。可愛いぞー。」

頭を撫でる。

「ち、ちょっと!やめてくださいよ!もう大学生になるんですよ?」

手を離す。

少し不貞腐れたように。

「親なんてものはね。」

あの台詞。

「親なんてものはね、いつまでも子どもは子どもなのよ!」

今度はぐしゃぐしゃと。

そして抱き着く。

「このこの!なーに可愛い彼女なんか作っちゃって!うちの李七ちゃん、可愛くなかった?まあ、少し小姑っぽいけれど。」

「ち、ち、ち、違いますよ!!というか、ど、ど、どうして!」

「んー?李七ちゃんから聞いたわよー。朗君には、可愛い可愛い彼女さんがいるって。」

「あ、あいつ!!」

「だからね、私、李七ちゃんのこと沢山慰めてあげたんだよー。」

あながち間違いではない。

言い過ぎだけれど。

「そ、そそ、それはえーっと、なんと言いますか…」

「はいはい言い訳は署で聞きまーす。」

「い、嫌ですよ!あとさらっと言ってましたけれど、顔まで知ってるんですか!?」

それは知らない。

さっき知った。

「親なんてものはね、何でも知っているのよ。」

 

「エリーさん、どうしてここに。」

「お母さんから聞いたよ。ふさぎ込んでるようだって。卒業式前に、何センチメンタルになってるのさ。」

「い、いやそれは…」

 

榴ケ岡さんに何か言われたんでしょ。」

 

どうしてそれを。

僕の。

僕だけのそれを。

「まあこういう仕事してるからさー、彼女からの仕事も受けたし、それなりには連絡とってたりするのよねー。その時さ、あなたのこと、聞かれたのよ。」

「え…。」

「さすがにさ、どうやって知ったのかは分からないのだけれど、本人曰く『世に出回っている情報から合法的に』って言ってたけれどどうなのか。ま、その時は、適当に濁しておいたんだけどねー。」

「そうなんですか…」

「でもその様子だと……会っちゃったか。」

「はい…。」

もうエリーさんの前で嘘はつけない。

僕のもう一人の母親みたいなものだ。

「まーあの人はねー、大人のなかでもエキセントリックなひとだから。悪い人ではないのよ。」

「それが分かるから、こうして落ち込むんじゃないですか。」

本心だった。

多分、榴ケ岡さんは、見てきたものも、感じてきたものも段違いで、表現してきたものだってそう。

だから、僕にはあの言葉がただの罵声ではなく、いちサッカーファンからの問いにすら思えた。

 

「朗君さー、どうして今の彼女さんのことが好きなのかなー。」

「ななななな何を言って!!??」

唐突に。

からかうのにもほどがある。

「その人を好きになって、その時の感情のまま、今でもいれるのかなって思ってねー。」

「それは…」

楽しい。

詩と話している時が一番。

サッカーのことでも、そうでなくても。

これから?

これからもそうだ。

そのつもりだ。

 

「『サッカーを好意的に観ている自分』が好きなんじゃねえの?」

 

本当に好きなのだろうか。

「分からないよね。」

「え……?」

「ごめんね。大人って意地悪だからさ、分からない問を出したりするものなのよ。」

「……。」

「これからのことなんて分からないよね。今ですら、最初の気持ち、変わらずいるかなんてどうやって証明しろって感じだよねー。」

そうだった。

僕にはその自信がない。

大事に思えば思うほど、下手なことは言えない気分になる。

「でもそれでいいんだよ。『分からないことは分からない』で。どこまで分かっているのかをきちんと分かっていればそれで。」

どこまで分かっているのかを分かる。

「そういうものなんですか…。」

「そう。そういうものなの。」

これから分かってくるものなのか。

「だからね朗君。あなたが好きだ!と思ったことは本当に大事にするの。それを忘れさえしなければ、どこで、どんな形であっても、好きでいられるから。」

「……はい。」

「私だって、李七ちゃんが北海道に行って寂しいけれど、でもだからって大好きなことには変わらない。今の状況に合わせた好きを貫くつもりよ。」

「あいつ!!北海道に行くんですか!!??」

初耳だった。

「あらそうよ。あ、まじーことしたかな。あの子、こういうこと隠してそうよねー…」

「まあいいです。今度問い詰めますから。」

「ほんと、朗君は優しいよねー。李七ちゃん、いっぱい助けてもらっちゃって。感謝しているのよ。」

それは、僕にとって、優しい行為なのだろうか。

至極当然のように、僕は李七と過ごしていた。

 

好きはいつの日か、日常になっていくものなのだろうか。

 

「じゃ、この辺で。ごめんね、物思いにふけっているところ邪魔して。」

「いえ、別に構わないですけれど。」

 

「サッカー、嫌いにならないでね、朗君。」

 

僕は、その言葉の意味がよく、分からなかった。

いや、正確には、字面だけを捉えるなら、よく分かる言葉ではあったのだけれど。

僕がサッカーを嫌いになる日が来るのだろうか。

詩を嫌いになってしまう日が来るのだろうか。

 

そんなことを想像しながら、僕は帰路についた。

想像だけで寒気がして、鳥肌すらたったのだった。

 

人物紹介

宮城野原 詩 (みやぎのはら うた)

 仙台市内の学校(神杉高校)に通う高校生。

 サッカーオタクなのは隠している。観る将。重力少女。

 黒髪、肩ぐらいまで伸びた髪は変わらず。

八乙女・ヴィクトリア・李七 (やおとめ・ヴィクトリア・りな)

 仙台市内の学校(神杉高校)に通う高校生。

 サッカーオタク。見る将。マンチェスター・ユナイテッドファン。金色少女。

 金髪ツインテール。 赤いリボンは変わらず。

東照宮 つかさ (とうしょうぐう つかさ)

 仙台市内の学校(神杉高校)に通う高校生。2年生

 サッカーオタク。観る将。不敵少女。

 高身長。一人称が僕。髪は肩ぐらいまで伸び始める。

国府多賀城 朗 (こくふたがじょう あきら)

 仙台市内の学校(神杉高校)に通う高校生。

 サッカーオタク。観る将。 サッカーの見方を勉強中。

八乙女・ヴィクトリア・英梨 (やおとめ・ヴィクトリア・えり)

 英国生まれで作家として活動する李七の母親。

 普段は黒髪に染めているが、「気合入れてかかる」時だけ金髪にするらしい。