蹴球仙術

せんだいしろーによるサッカー戦術ブログ。ベガルタ仙台とともに。

「君が広く攻めるなら、私はもっと広く攻めましょう。」と微笑む君。重力の扉編

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重い錨

冬。

バレンタイン前日。

雪舞うホワイトバレンタイン。

宮城野原詩の姿は、図書館にあった。

チョコレートのレシピを探しにではなく、未来を掴みとる戦争のため。

19時を目指し、長針が走る。

 

「(……雪、降ってきちゃった…)」

足早に図書館を出る。

雪積もる道を歩く。

「(明日、少しは時間取れるのかしら。)」

受験戦争の代償。

「(帰ったら連絡を入れよ…)」

 

そして邂逅する。

ラブストーリーは突然に

過去は、ある日突然、背後からその身を切り裂いて来る。

これは、宮城野原詩が重力少女としての始まりと咎に向き合う与太話。

 

「あ……」

「………?」

見覚えがある。

いや、忘れるわけがない。

許すはずのない顔がそこに、

 

あった。

 

「あ、あの、もしかして宮城野原さんよね…?」

 

もしかしてもなく、私は、宮城野原 詩。

名前も、過去も、すべてを書き換えたい。

「えーっと…急にごめんなさい。私のこと、分かる?」

 

分かる。

 

分からないわけがない。

忘れるはずがない。

思い出せないはずがない。

許せるはずがない過去。

その主人公が目の前にいた。

 

「いえ、申し訳ないのだけれど、全く分からないわ。ごめんなさい。」

 

嘘。

嘘をついた。

触れたくない。

開けたくない。

消してしまいたい。

 

「そ、そうよね。覚えてないよね。」

 

嘘。

私は、すべてを覚えている。

あなたと私との過去を。

「私、五橋 皐月。東中の時に3年で同じクラスだった五橋よ。」

知ってるいる

分かっている。

「……ああ…そういえば同じだったかもしれないわね。ごめんなさい忘れてしまって。」

「い、いいのよ。私の方こそ、急に声かけちゃってごめんね…」

無言。

私からは、開けることのない扉。

もう開けないと、朗と出会って誓った孤独の扉。

「帰ってるところ?もしよかったら途中まで一緒に帰らない?」

いまさら。

何を考えているのか。

「いいわよ。」

 

歩く。

けれど、私からは、絶対に話しかけない。

「あ、あの、宮城野原さんも受験?た、大変だよね…」

「そうね。」

続かない。

いや、続けない。

 

五橋 皐月。

忘れもしない。

私の友人で「あった」人であり、私を利用して裏切った人。

私に、「重い」と呪いをかけた張本人。

孤独の部屋を作るきっかけになった原因。

私ではなく「知識」に憑りつかれた哀れな人間。

 

私は、そう思い込むようにしている。

 

「え、えっと…宮城野原さんは、大学どこいくの?昔から成績よかったし、東京の大学とか行くの?」

「いえ。」

「あ、ああ…そう…そうなんだ…地元に残るの…?」

「ええ。」

この瞬間が終わるまで。

私は、変わらない。

今も、これまでも。

そしてこれからも。

 

「…あ、あの!」

 

立ち止まる足。

数歩進んで止まり、振り向く重力。

 

「中学の時のこと、覚えてるよね…」

 

この人はいったい何を言っているのだろうか。

 

「言ったでしょ。忘れてしまったって。あなたと同級生だったのも、あなたと会ってから思い出すぐらいなのだから。ごめんなさいね。」

嘘。

「嘘。あの宮城野原さんが3年前のことを忘れるはずがない…」

そう。

忘れるはずがない。

絶対に、忘れない。

「……それが、どうしたというの?」

ゆっくりと。

こみ上げる怒りを抑えながら。

「あ、ああ、あの私…私…」

 

「ごめんなさい。」

深く頭を下がった。

 

頭を垂れる少女を見下す。

「本当に、ごめんなさい。私、宮城野原さんのこと、傷つけた…「あの」後、それに気づいたけれど、怖くて謝れずここまで来てしまった…ずっと後悔してて、私はずっと、忘れられなかった。」

私も忘れたことなどない。

「だから、さっき宮城野原さんを見かけた時、ぜ、絶対に声をかけようと…謝ろうって…それで…」

 

「あなたは、何を言っているのかしら。」

 

深く、重く、辛辣に、

 

問う。

 

「いまさらあなたが謝ろうが、あなたがやったことには変わらない。」

そう変わらない。

「あなたは、私を利用した。そして、捨てた。その事実は、何をどう謝ろうが何も変わらない。」

黒く。

黒く。

黒い怒りを吐き出す。

「そうよ。覚えているわよ、忘れないはずがない。これからも、絶対に忘れない。そして、あなたのこと、絶対に許さない。」

顔を上げた少女の目からは、涙が流れ続けている。

やってしまったことの重さ。

取り返しのつかない過去。

咎を受ける。

でも、私にとって、そんなことはどうでもいい。

目の前の女子高生が泣こうが関係ない。

些細なことだ。

「……そ、そうだよね…忘れないよね…」

止まらない涙。

「まるでそれをお涙頂戴の謝罪で何とかなるとでも思ったのかしら?だとしたら浅はかね。底が浅い。そして、とてもとてもとても薄い謝罪ね。」

辛辣は続く。

積年の恨み。

「昔やんちゃだった人が後々公正して立派な大人になったって美談があるわよね。あれ、私大嫌いなのよね。好き勝手やった、ワガママやった、都合よく生きてきた中で潰れた人がいっぱいいることを顧みない最低の行為。自分は勝手に公正して清算したと勘違いしている。最低だと思わない?今、現在進行形でそれをやられると思うと、絶対に許そうだなんて思わない。」

言葉がよく出る。

自分でも分かる。

「自分勝手に利用して捨てて、時間が経ったら謝罪したいってどこまで自分勝手なのかしら。まさか、それで許しを請えば私が許すとでも思ったの?もう一度言うのだけれど、私はあなたがやったことを忘れないし、許さない。」

 

沈黙。

3年間の黒い怒りを吐き出しきった。

「そう…だよね…」

涙は止まらない。

黒い炎をすべて受け。

「勝手だよね…都合良いよね…ワガママだよね…自分でも良く分かってる。」

それでも何を言おうというの。

 

「それでも、私はあなたに謝りたい…!これは、私のワガママ。分かってる。あなた本位じゃない。でも、あの時あんなことを言ってしまったこと、その後何もしなかったこと、ずっと謝らず今日まで来てしまったこと、私だって一度だって忘れたことはなかった…!」

「……!」

何を言っているのかしら。

「卑怯なことをして、裏切るような真似をして、しかもそれから逃げて来て。ずっとずっと後悔していた。しかもこうして会えても、宮城野原さんから『許さない』と言われて。最低だよね。みっともないよね。自分でも最悪だと思う…」

何を言おうとしているの。

「それでも私は、もう逃げたくない。もう十分逃げた。自分がしてしまったことの責任を自分できちんと果たしたい。大事な友達だった人に。」

「………」

友…達…

「迷惑だと思う…今更すぎるよね…ごめん…でも私は…私は、これがあなたと会う最後の機会になってもいい。それでもあなたに謝りたい。」

 

分からない。

分からない。

私は、彼女をどうしたいのだろう。

断頭台まで連れてきたというのに、私は、

 

私は、彼女とどうなりたいのだろう。

 

また深く頭を下げる。

「ごめんなさい宮城野原さん。あなたを利用するようなことをして。そしてそれを今の今まで謝りもせずきてしまったこと。本当にごめんなさい。」

彼女は、私とどうなりたいと思っているのだろう。

「多分無理だと思う。厚かましいと思う。でも謝るだけじゃ私はダメだと思ってる。」

一体何だと言うの。

 

「もう一度、私と友達になってください。お願いします。」

 

友達。

友達。

「私は、改めて、あなたと友達になりたい。」

もう昔の私はいない。

今、昔の彼女もいない。

東中3年の宮城野原 詩も五橋 皐月もいない。

 

受験を控えた五橋さんが私と友達になろうとしている。

 

そうだ。

私は、過去のことを謝ってほしかっただけだったんだ。

私はずっと、この子<五橋 皐月>を許したかった。

間違ったことを間違ったこととして受け入れる友達を許したかった。

私は、彼女を許したかった。

 

どうしてあんなことをしたのか。

咎めるのなんていい。

今までずっと忘却にしまっていた過去を私は忘れることはないと思う。

絶対に許すこともない。

でも、大切だった友達を私は、心のどこかで許してあげたかった。

 

私も随分なワガママだ。

 

「私…まだ、あなたのことよく知らないのだけれど。」

「え…?」

「昔、思い出したくない中学の頃に、あなたによく似た子と友達だったのだけれど、絶交したのよね。」

「…!」

 

「今度は、絶交なんかしたくないなって。お互い許しあえる関係になりたいなって。」

「そ、それって…」

 

「受験が終わったら、どこか出かけましょう。それまでは受験、お互い頑張りましょう。」

宮城野原さん…」

「ほら、もう泣かないで。」

「ありがとう…ありがとう…本当にありがとうね…本当にごめんなさい。」

「もう謝らないで。もう終わったのよ、全部。」

涙を拭いてあげる。

 

過去は、変わらない。

けれど、過去と向かい、今を生き、これからを歩こうとする人もいる。

こうして、宮城野原 詩にとって忘れたい過去は、忘れることなく彼女のなかにとどまった。

そして代わりに、自分の過去と向き合える友達に出会えた。

許しあえる友達に。

 

2月13日の出来事。 

 

人物紹介

宮城野原 詩 (みやぎのはら うた)

 神杉高校3年生。

 サッカーオタクなのは隠している。観る将。

 黒髪、肩ぐらいまで伸びた髪は変わらず。バレンタインは手作りらしいな朗。

五橋 皐月 (いつつばし さつき)

 千代学園3年生。

 詩とは、中学時代の同級生であり元親友。詩を「重い」と言った張本人。

 自らの罪と詩からの咎から逃げないで向き合った普通の女子高生。

 

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