数的優位でプレスをかわす
「『数的優位性』?数で勝ってるってこと?」
「ご明察です!さすが朗さん。僕が生まれてから初めて好きになった人だけあってさすがの洞察力です。」
「その何の惜しげもなく愛情を安売りされると何とも言えない気持ちになるけどな…」
「そうですか?すでに一部の読者は、一人称が僕しかないので、健全な男子高校生同士が極めて清楚な愛を叫びあっているようにしか読めていないと思うんです。」
「え、えっと…そ、それって…」
「これはつまり、通俗的に言うのであれば、ボーイズラブ<禁断の恋>ってやつですよ朗さん。」
とんでもない娘だな。
「そんな間違った認識は無いし!!!読者って何???分からないな!!!それにお前は女子高生だろ!!!」
頼む一般向けなんだ。
この物語は。
「おやこれは失礼。でも、嬉しいですよ朗さん。僕のこと、ちゃんと女として見てくれて。感涙にむせび泣くところでしたよ。危ない危ない。」
「あ、ああ、あ当たり前のことだろ!!!か、からかうのもいい加減にしろよな!!!」
「別に禁断の恋でもないというのに、慌てふためてしまって可愛いですね朗さん。ご安心ください。この東照宮つかさは、自分のことを女性だと認識して、朗さんのような男性のことが好きですから。」
「この流れで何をどう安心しろっていうんだ…」
君たち学校の軒先でなんていう会話してるんだ。
「ボールを持ってビルドアップする側は、相手のプレスに対して、『10vs8』の状況を作ることができるんです。さて、ここで問題です。どうやって+2を作るのか?分かりますか?」
「えーっと、そうだな。ディフェンスは、相手のフォワードに対して、+1人余らせて守るのがセオリーだったはず。だから、プレス側の自陣にディフェンスが1人残ってるはずだ。」
「正解です。では、もう一人は?」
「えー、でももう選手はいないんじゃ。」
「おやおや、朗さんともあろう人が、大事な大事なフィールドプレーヤーをお忘れのようで。少しがっかりしてしまいましたよ。」
「フィールドプレーヤー?」
「この現象を言語化するのなら『僕の大事なフィールドプレーヤーはどこにいったの?理論』ですね。」
そのまんますぎて草も生えない。
「もしかして、ゴールキーパーのことを言ってる?」
「大正解ですよ朗さん。ご褒美に僕から情熱的なチューをあげましょう。さ、目をつぶってください。」
とんでもない女子高生だ。
いや、男子か?
「いらないから!!!あと男子かどうか迷うなよそこ!!!」
最後方の時間とスペースを最前線へ
「ゴールキーパーとセンターバックが中心となって、ビルドアップの土台を作るんです。ディフェンスの枚数が3バックだろうが、4バックだろうが。まあ、大体は、2人のセンターバックとゴールキーパーの3人でやるのが基本といえば基本でしょう。」
「へー。そうなると、プレスする側は、ゴールキーパーにもプレッシャーを与えるか迷うってわけか。」
「その通り。 息継ぎをする時間とスペースを確保できます。しかも、ゴールキーパーにプレッシャーをかけられても、今度は他の誰かが空く。そういう二段構えなんです。」
「なるほど。じゃあ、プレスをかければかけるほど、芋づる式に自陣が空いて来るってわけか。」
「これもまたその通り。さすが察しが良いですね朗さん。自陣の一番後ろにあった時間とスペースを最前線に運ぶことができる。こう考えただけでも、むやみやたらにプレスをかけられないことが分かりますよね。」
少し陽が傾いてきた。
夕方も終わりそう。
部活動は続く。
僕の、
「なんだかんだいってお前もそれなりに詳しいよな。サッカーのこと。」
「いえ、朗さんほどではないですよ。選手の上腕二頭筋を見ただけで、いつの時代の、どこのチームの誰なのかを判別できるほど、僕はサッカーに詳しくは無いのですから。」
「そんな特殊技能は、僕も持ち合わせていないんだけどな。」
「ありがとうございます。こうしてサッカーの話ができて楽しかったですよ。」
「なんだよ。普段クラスとかでしゃべらないのか。」
取り繕う。
不意の質問に。
「まあ…あれですよ、こんな話はしないというか。できる人、そうそういないじゃないですか。」
居ないだろうな。
「そうか。それは少し残念だな…ん?」
ぐっと顔を近づけ見つめる。
喋らなければ、こいつは学校で一番の美少女と言ってもいい。
「だからこうして、朗さんとお話できるのが、至上の喜びなんですよ。僕にとってはね。」
「ちょ、ちか…」
「文字通り、僕の生きる世界には、あなたしかいないのだから。」
ゆっくりと。
深く突き刺すように囁く。
「い、いや、だから、別にサッカーのことを話す分には別に構わないっていうか…」
たじろぐ。
勝ち筋など存在しない。
「どうです?本当に『少し』でよかったですか?」
「そ、それってどういう…」
「世界の『続き』、見てみたいと思いませんか?」
その時、黒いオーラが辺りを包み、重力が通常の3倍になる。
「ちょっと、東照宮さん。」
登場。
まだ陽は落ちていない。
でも、暗くなってきたのは彼女の登場が影響しているのか。
「私が待たせていた朗の相手をしていてくれていたことについては、とても感謝しているのだけれど、ゼロ距離になったり、これ以上の関係を迫ると言うのなら、あらゆる対抗手段をもって、戦闘準備を整えたうえでもう一度あなたに問いかけることになる。『そこで何をやっているの?』とね。」
重く問いかける。
「そしてあなたを始末したあと、朗をこの世から塵ごと抹消するわ。完膚なきまでってやつで。」
重く宣言する。
「ち、ちょっと!なんで僕まで!」
相手も、攻め方を分かっているのだから、守り方も知っている。
不敵に、不敵に答える。
「いやだな宮城野原さん。お二人の関係を壊そうだなんて一ミリも考えていませんし、宮城野原さんがおっしゃるように、『ただの』時間潰しですよ。」
「果たしてそうかしら。」
「そうですって。ただ、僕は、朗さんの幸せをこの世界で一番願っているだけですよ。あなたとは戦いたくない。」
事実上の宣戦布告。
「そう。じゃあお礼は言っておくわ。ありがとう。待たせてしまってごめんなさいね朗。」
「い、いや……」
高身長は立ち上がり、逃げ口上をひとつ。
「この現象を言語化するのなら『彼女を怒らせてはいけない理論』ですね。」
「全く上手くもないし面白くもないのだけれど。その台詞、止めたらどうかしら。全然似合ってないわ。」
「いえ止めませんよ。僕の理解のためでもあるんですから。それに…」
負けない。
こいつは敗けない。
こうして不敵に、不敵な字面のまま。
「それに名付けられなければ、僕たちは、この世界の理のほとんどを認知することもなく、ただ静かに死んでいく存在なのですから。」
「ドーナッツの穴は、今や世界中に浮遊しているのですよ。」
厳密には、ドーナッツの穴は、存在しない。
でも、あの空白部分を「ドーナッツの穴」と名付けられた以上、ドーナッツの穴はたしかに、存在することになる。
認知主義的思考。
「たとえそれが、喜怒哀楽のような、刹那的な感情だったとしても。そう、愛だの恋だのの類も同様に…」
高身長な不敵な微笑みは、闇夜に消えようとする。
静寂が押し黙る2人も包み込んでいく。
「それじゃあこの辺で。また、明日会いましょう。朗さん、宮城野原さん。」
そして陽が、落ちる。
人物紹介
宮城野原 詩 (みやぎのはら うた)
仙台市内の学校(神杉高校)に通う高校生。
サッカーオタクなのは隠している。観る将。
つかさを知っているが中性的で、中立的で、不気味だと思っている。
東照宮 つかさ (とうしょうぐう つかさ)
仙台市内の学校(神杉高校)に通う高校生。2年生
サッカーオタク?観る将?
高身長にショートヘアで一人称が僕。男女問わずの人気がある。 不敵な女。
国府多賀城 朗 (こくふたがじょう あきら)
仙台市内の学校(神杉高校)に通う高校生。
サッカーオタク。観る将。 サッカーの見方を勉強中。
いつのまにかつかさと顔見知りに。口調や態度から少し苦手にしている。