横+縦=斜めのスライド?
「でも、選手の判断は、どうやってやるんです?意思の疎通とかどうするんですか?」
「それは、横と縦のラインのスライドになるわ。さっきも言ったように、鎖でつながれたように、守っていた場所を維持する。ただ、単純に横と縦だけでは、簡単にラインの裏のスペースや空いたスペースを使われてしまう。だから、鍵になるのが、『斜め』の移動よ。」
「斜め?」
「横と縦のスライドを同時にやろうとしたら、自然となるから、別に構えることではないと思うわ。」
すでに煙を上げる者。一名。
「あら、それほど難しいことも話していたつもりはないのだけれど八乙女さん。それとも、脳筋と脳筋がぶつかりあうサッカーしか観てこなかったあなたにとっては、とても刺激が強すぎたかしら?」
首を横に振り(中盤の選手じゃないよ)、意識を取り戻す。
「べ、べ、別に大丈夫よこれくらい!か、完全に理解しているわ!理解が遅いあんた達を待っていたくらいよ。もう、待ちくたびれたわ!」
「あらそれはごめんなさいね八乙女さん。では、ここからは八乙女さんにお話ししてもらおうかしら。」
一閃。
「わ、わ、私が話すほどじゃないと思うわ…!宮城野原詩!あんたが続けなさいよ!」
「う、詩さん、お願いします…」
「また『さん』付けね…」
「お、お願いしますって!!」
「攻撃側の第一優先は、縦に、ラインの裏にパスを出すこと。理想は、ディフェンスラインの裏にパスを出すこと。つまりは、ゴール前への直線的なパスね。でも、守備側だってバカじゃないから、そうはさせない。それがさっき言ったゾーン守備に代表される守備側の考え方よ。だから、攻撃側は、横にパスを出すことで、守備側を動かして守備に穴をあけようとする。」
「そうか!ボールが横に移動するのにあわせて、守備側も横にスライドするのか!」
「まあそうなるわね。たとえば、センターバックからサイドバックにボールが移った時、ウィングがサイドバックにプレッシャーをかけるために、構えている地点から縦への移動。これに呼応して、プレッシャーをかけた選手の背後をカバーするために、他のMFが横にスライドする。でもさっきも言ったように、ただ横に移動しても、縦にパスを入れられてしまう。」
「だから、縦にスライドもする。それを合わせてやるから斜めになるんでしょ、宮城野原詩。」
カットイン。さすが。
「そ、そうよ八乙女さん。」
「横と縦の移動。でも、わざわざ区切って移動しないから、斜めに移動するんでしょ選手は。試合観てるとよくそういう動きをするから、なんとなくあんたが言ってることが分かるわ。それを味方が全体でやるのがゾーン守備?ってやつになるんでしょ?」
「そうね八乙女さん。大原則として、中央の危険なエリアを守り続けることがある。それを維持し続けようとする、鎖に繋がれるとなると、こうやって斜め移動して自陣を守ることになるわ。まあ現象として捉えておけばいいと思うわ。」
「すごいよ李七!試合を観ててそこまで分かるもんかよ!つまりは、トル○コが斜めにマス移動するみたいに、効率よく移動しながら、守っている場所をできるだけ維持するってことか!」
「ちょっと、その固有名詞は出していいの?ま、まあこのくらい分かってて当然よ!あ、でも…」
「でも?」
「こうやって、言葉にしてひとに話すのってとても大変なことだと実感したわ。私にはきっとできないことよ。悔しいけど…」
「別にできなくたっていいわ。こうして皆で話し合うだけで、いろんな気づきが生まれる。その都度、自分の知っていることなんて更新していけばいい。『これがすべてだ』なんてものは存在しないのだから。」
「出ました出ました!今日の宮城野原詩節!いやー今日もキレ味が違うッ!」
「私のこと少し馬鹿にしていないかしら朗。少しというかと、て、も…」
ぶっ刺さったな朗。出血多量じゃなければいいけど。
「す、すいませんでした!!宮城野原詩さん!!」
新であり続、続であり新
「へーあんたたち、こんなオタク丸出しの会話を公衆の面前で繰り広げてたってわけね。健全な高校生が何やってんだか…」
「えーっと、それについては全く異論がないというか、反論する余地がないというか…」
「でも、まあ、面白いじゃない。時々、混ぜてもらおうかしら。」
「おお!当店は誰でもウェルカムだ!あ、詩さん、いいですよね?」
どこの店なんだ。
「別に構わないわ。朗がいいと言うなら。しかもそれが、大切な幼馴染の八乙女さんならなおさら。私の意思が介在する余地なんて無いんじゃなくって。」
「えーっと、そういうリアクションに困るコメントやめて…」
「じゃ、ありがたく参加させてもらうことにするわ!あ、そうだ、もう帰らないと…じゃあまた明日ね!」
「おう、またなー…」
金色の背中を見送りながら。制服を小さく引っ張る黒い手。
「ねえ…」
「な、なんですか。」
「…もういいでしょ…」
「えー、あ、はい…その、詩…」
金色以上に輝く笑顔で。応える。
「なに朗?呼んだ?」
攻められっぱなし。
「…うん、そのちょっと…呼んだだけ…」
人物紹介
宮城野原 詩 (みやぎのはら うた)
仙台市内の学校(神杉高校)に通う高校生。
サッカーオタクなのは隠している。見る将。李七とはあらゆる面でライバル。
八乙女・ヴィクトリア・李七 (やおとめ・ヴィクトリア・りな)
仙台市内の学校(神杉高校)に通う高校生。
サッカーオタク。見る将。父親が日本人で外交官、母親がイギリス人で作家でハーフ。
名前の「七」は、エリック・カントナの背番号から。
国府多賀城 朗 (こくふたがじょう あきら)
仙台市内の学校(神杉高校)に通う高校生。
サッカーオタク。見る将。 サッカーの見方を勉強中。
李七とは幼馴染。子どものころに李七をお嫁さんにすると約束したらしい。