「君が広く攻めるなら、私はもっと広く攻めましょう。」と微笑む君。4
序
いつもと違う日常。
宮城野原詩は、苛立っていた。
その「会合」は、幾日も開催されていない。とはいっても1週間程度なのだけれど。
「(今日ももう帰ろうかしら)」
苛立ち。不安。
戻ってきたかつての日常。
忘却の檻に閉じ込めていた。孤独。
開く扉。彼が重い扉から出てきた。
「お疲れさまです…なんだんか、久しぶりになっちゃいましたね。」
「…なにかしら。私忙しいのだけれど。」
まずは様子見。牽制球。嬉しさを隠して。
「あ、ご、ごめんなさい。じゃあ、また今度にした方がよさそうですね。」
釣れない。苛立ちゲージUP。
「ハァ…少しくらいならいいわ。なにかしら。」
仕方ない。「いつもの」やつが始まる。
5-3-2というやり方
「5-3-2?」
「ええ、そうなんです。5バックのやり方というか、4-4-2からMF1人をDFに回したやり方を教えてほしくて。本読んで少し予習もしてきたんですよ。といっても、寝落ちしてましたけど…」
「ああ、そうなの。」
「だめ…ですか…?」
「いえ。別に構わないのだけれど。よりによって、5-3-2なんてね…」
「なにかあります…?」
「別に………」
不用意。スイッチオン。着火。
「(ブツブツ)そもそも陣取りの要素が強いサッカーにおいて大半のエリアを最初から相手に明け渡すのは好き勝手してくださいと言ってるしか…というか男気に欠けるのよ…(ブツブツ)こっちはリスク背負ってボール持って攻めてるってんだからちゃんと応戦しなさないよ…これがうちらのやりかた?知らないわよ!サッカーなのに初めからボールを持つことを放棄するだなんて考えられないというか…フッまあいいわ。100歩譲って勝つためだとしても、それで勝てなかった時何が残るのかしら…勝敗がすべてになった時、それは本当にサッカーなのかしら…(ブツブツ)」
「えーっと、あのー…やっぱりやめましょうか…?」
主義主張。好き嫌い。十人十色。
「いえ、続けましょう朗君。」
「は、はい…」
「ご存知の通り、5-3-2は、4-4-2のMFの1人をDFにしてDF5人した形なのだけれど、とても守備が固いやり方になるわ。中央にセンターバック3人とセントラルハーフ3人の計6人で中央エリアを守ることになる。」
「す、凄すぎる…」
強固。城壁。
「さらに、サイドでの守備も、ウィングバックと呼ばれるサイドの選手が縦にスライドすることで、相手の前進に蓋をするわ。」
「あれでも、縦にスライドしたウィングバックの背後を突かれるのでは?」
「ええそうね。定石としてはね。」
「…違うんです?」
「たとえウィングバックの背後にボールが出たとしても、ゴール前にはまだ、4人のDFがいる。そう、カバーが間に合ってしまうのよ。」
「そうか!そうなるとウィングバックだって、後ろのカバーよろしく!って思いっきり前に出れるってことなんですね!」
「ええ。たとえば朗君がこうして後先考えず私に迫ってくるみたいに。」
妄想。才能。本望。
「ちょっとまったぁああぁぁ!!!勝手に歴史改変するの止めてって!」
「あら、巷じゃ異世界転生ものとか、並行世界線ものが大流行りだと思うのだけれど。最近の流行には敏感になるべきよ朗君。」
「それはそうですけど、僕の人生まで1秒ごとに世界線を超えさせないで!!!」
運命石の扉。あまり他作品のことを言わないでほしい。
「でも、散々サッカーのことを勉強したいとか言いながら、ありがちなハーレム独り勝ち展開でウハウハになったら許さないから。」
「勝手に膨らませた妄想で怒らないで!!!」
3人のセントラルハーフ
「とはいっても詩さん。ウィングバックだって各サイドに1人しかいないし、いくらカバーがくるとはいえ、90分間続けるのはいくらなんでも無理があるんじゃ…」
「たしかにそうね。だから、5バックの基本は、後方待機してあらかじめスペースを埋めることなのよ。とても気に入らないことなのだけれど。そうなると今度は、3人のセントラルハーフが力になる。」
「セントラルハーフ?でも彼らは、中央を守ってるじゃないですか。3バックと一緒に。」
「もちろんそれが最優先事項よ。けれど、サイドへの横スライドで相手の前進を止めることもまた、彼らに課せられた使命なのよ。」
「ええ!3人がピッチの横幅をカバーするってことですか。そんな無茶な。」
「朗君。たとえば左舷の弾幕が薄かったら、厚くするのは当然よね。」
「ひとを歴戦の艦長みたいに言わないでください。」
「私にはもっと、手厚くしてくれてもいいのよ…」
「えーっと…そうやってウィングバックとセントラルハーフが協力して、相手の前進を防いでボールを下げさせるのか。あとはボールが下がれば、それぞれの選手が高い位置に移動して、前線からのプレスに移行していく。もうこうなってしまえば、5バックとかアビー・ワンバックとか関係無いですもんね。」
「説明口調ありがとう朗君。あとさらっと、アメリカ代表ストライカーを入れないの。」
「いやつい…」
女子選手。偉大。
「もちろん、サイドチェンジされてしまうと厳しいものがあるのも事実。でも、5バックとGKがいる安心感もあるわ。あとは、守備力の高い選手がセントラルハーフに入ることが多いから、役割とキャラがマッチするとも言えるわ。」
「凄いな。やっぱりすごいよ!」
「なによ、5-3-2党にでもなるのかしら。そうなったら、私とは袂を分かつことになる。できれば、別の形で会いたかったわ朗君。こんな残酷な世界があるなんて。」
「いやそうじゃなくて。やっぱり詩さん凄いよ!いろいろ知ってるし、説明も抜群に上手いし!」
称賛。称賛。
「ま、まああれね、そんなにそこまではだと思うのだけれど…でも私としてはもう少し、こうして話をするだけではなくて、リケルメのプレー集を永遠見たりしたいものなのよ。あ、あと、スタジアム観戦なんてのも行ってみてもいいわよ…」
「よし、じゃあ僕戻りますね。」
「…え?本当に5-3-2のことだけ話にきたわけ?」
疑念。不穏。
「え?まあ、今日はそうですね。僕としては、疑問が晴れたというか。次に話すことも考えておきたいですし。今日はこの辺で…」
忘却の檻に閉じ込めた怪物が、鉄格子を破った。
「…なによそれ…一方的に説明だけさせておいて、満足したらそれでハイ終わりだなんて。失礼にもほどがあるんじゃない?私を知恵袋かなにかと勘違いしているのかしら…」
「いやいや!そういうわけじゃなくて…ていうか、『いつも』話してる感じでしたよね?」
不安というものは、走り出したら止まらない。
「そう、そうそうそうそうよ!その『いつもの』やつもそう!そうやっていっつもいっつも、聞きたいことだけ聞いてさようなら。フッ、辞書とかG〇〇gleみたいに使って…」
言葉が止まる。俯く。
「…詩…さん…?」
「もういい。もうサッカーの話なんてしない。どうでもいいわ。そんなもの。さようなら。」
反、そして続。
扉の前。入るか、止めるか。
「待ってください!どうしたんですか詩さん!僕が何か気に障ることしましたか?謝りますって!」
「別になんでもないわよ!ただ、どうせあなたも、今までさんざん利用してきたひと達と同じように、私に利用価値が無くなれば、私のことなんて忘れていくのでしょう?もう耐えられないのよそんなこと!」
「そんなことしませんよ!大体、こんなにサッカーが大好きなひと僕は知らないですし、もっとたくさん話したいことだらけですって!」
静寂。開口。
「……別に、」
「私がサッカーに興味を持ったのは、あなたがサッカーに興味をもっていただけよ。」
「……え?それってどういう…」
「夢中になって『サッカー』の話をするあなたがとても輝いてみえたの。その日までのすべてが、どうでもなるくらいには。私、こう見えて単純なの。」
「だから、学校から帰ってすぐに勉強したわ。夜が明けるまで試合を見た。毎日のように。本も、駅前の本屋の棚はすべて読んだ。すぐにでもあなたと話せるように。」
「不思議なことに全く苦にならなかったわ。何も知らない競技がいつしか私を引きずり込む沼になっていた。そして、これも不思議なことに、あなたの方から私のところへやってきた。」
「…それって…詩さんは、詩さんがサッカー好きな理由は、僕だったっていうの…?」
一呼吸 。
そうか。あなたもそうだったものね。
あなたが話したいのは、『宮城野原 詩<わたし自身>じゃなくて、詩さん<サッカーの話>なのよね』。
二呼吸。
ーーーあなたとわたしの、唯一のパス交換。繋がり。
「どう?失望したでしょ?あなたが愛するサッカーを私は利用した。あなたに近づくための道具にした。あなたが別の話をしていたら、それに詳しくなっていたかもしれないわね。嘘だと思うかもしれないのだけれど、これが事実よ。」
「いつもみたいに言うのなら、『真実は100通りあるけど、事実はひとつしかない』わ。」
ーーーそう、これが事実であって、現実。覚めない夢はとっくに覚めていた。
「さようなら。もう…もうきっと、話すこともないでしょう。サッカーと、サッカーを愛するひと達を裏切るような真似をした私とは口を利かないことが賢明ね。」
ーーーさようなら。サッカーに、夢なんて、無い。
「これで…終わりにしましょう…」
ーーーやってしまった。再び突き放すしかできなかった。傷つく前に。傷つける前に。
答えも聞かず駆けだす。たった独りで。
ただいま、孤独。ようこそ、暗闇。
おかえり、
涙。
人物紹介
宮城野原 詩 (みやぎのはら うた)
17歳。仙台市内の学校に通う高校生。朗とは同級生。
サッカーオタク?
国府多賀城 朗 (こくふたがじょう あきら)
17歳。仙台市内の学校に通う高校生。詩とは同級生。
やっぱりサッカーオタク。見る将。 サッカーの見方を勉強中。