インサイドハーフ?インテリオール?フロントボランチ?
「あと、トップ下とはいえないですけど、もう少しバランスを意識したような中盤がいますよね。インサイドハーフでしたっけ。」
「どうしてアウトサイドハーフもいないのか、私はそこが気になって仕方ないのよね。」
「ま、まあ、たしかに…」
「まーたオタクなこと考えて。別にいいじゃない。そう呼ばれるものだと思えば。だから重いって言われんのよアンタは。」
金色一閃。
「うわっ!李七いつから居たんだよ!」
「さっきよ。適当に時間潰そうと思って入ったらあんた達がいて。ずいぶんと楽しそうにおしゃべりしてるじゃないの朗。」
「べ、べつにいいだろ!それに居るなら先に声をかけろよ!」
着席。こういう突破力というべきか、鈍感力は習うべきところがある。
無意識ならともかく、意識的なら、なおさら。
「ちょっといいかしら八乙女さん。私のことはどう思ってもらっても結構なのだけれど、朗の言うとおり、もう少し気づかいがあってもいいじゃないのかしら。」
それでも動じない。
「はいはい、それは失礼しました。」
これには黙るしかない。
「で、一体何の話?またなんて呼ぶかの話でもしてたってわけ?」
「あ、ああ。4-3-3でアンカーが支える2枚の中盤の話をしてたんだよ。どういう役割があるのかなと思って。」
「ああそうなの。4-4-2のセントラルハーフと変わらないんじゃないの。4-4-2のフォワードを削って、中盤の選手を1人増やしたんじゃないの4-3-3って。」
「たしかに…ピッチを動き回ってるように見えるな…」
中盤を繋ぎとめるリンクマン
「あながち間違いではないわね八乙女さん。まあ、あなたが考えているのは、まるであなたが校内をあちこち馬鹿犬のようにはしゃぎまわるっているのと同じように、ピッチを駆け回るセントラルハーフのことだと思うのだけれど、ゴール前に飛び出したり、バックラインからボールを引き出したりいろいろな役割があるわ。」
「なによ宮城野原詩!!!オタクのあんたとは違って、あちこち皆が呼んでくるんだからしょうがないじゃないの!!!フットワークが軽いって言ってほしいわね!!!」
「フットワークが軽いというか、頭の方が軽いんじゃなくって。」
「ムキーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!」
「ちょっと!ここで大声出して喧嘩するのやめて!!」
小休止。
「とにかく、あちこちに顔を出して味方を助ける動きをするってことでいいんですよね詩さん。」
「………さん(ボソッ)」
「い、いいんですよね…!!」
「そうね。サイドの選手とトライアングルを作ったり、アンカーを助けたり、まるでトップ下のようにふるまったり。ここに入る選手の特徴次第でチームはいろんな顔を見せるわ。チームの命運とゲームの行く末を司り、過去と未来とを繋ぐポジション。まさに、『リンクマン』。」
「リンクマン…繋げるひとか…すげーカッコいいです!!」
「あんた本当にそういう名前好きね。」
「ちなみに、吉武博文という指導者は、このポジションをフロントボランチ、パッセンジャーなんて呼んでいるわ。どうかしら朗。」
「ぎょえええええええええええええええええ!!!!!!!!!!萌ええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!」
うるさい。一番声がでかい。
反、それでも反。
「さて。私はこれで帰らせてもらうわ。うるさい跳ねっ返り女がいると疲れて仕方ないわ。」
「うるさいわね暗黒根暗オタク!」
「……それに、私だって気を遣ってしまうわ…」
「う、詩さん…」
見つめる視線。その呼び方は、2人の世界には存在しない呼び方。
無言でも分かる。それくらいには彼女のことを知っていた。
「じゃあね。八乙女さん、朗『君』。」
閉まる入口の扉。
「(あとで謝っておこう。多分、怒らせてしまった…)」
「ねえ、朗。」
「な、なんだよ。」
「ひとつ聞いていい?」
「だからなんだって。」
「あんた達、付き合ってるの…?」
向き合うべき時。
逃げるは恥だが役に立つが、逃げるだけでは解決できない問題もある。
「な、なんだよ急に。それがなんだっていうんだよ…」
「なんかさ、日本に帰ってきてから、あんた達すごく変わったなって思ってて。なんていうか、すごくいい感じというか。認め合ってるなって感じてて。」
それは、静かに。でも、確実に急所を突く。
いつもの跳ねっ返りはない。静かに、そして確信を掴むための。問い。
「別にいいのよ、私は。いずれ私は朗のお嫁さんになるから。その間にどこで誰と付き合っててもいいし、何をしてたっていいわ。だって、だって最後は、私のところに迎えに来るもんね。昔みたいに。私の前に来て、手を差し伸べてくれるもんね。そうだよね。朗…」
「李七…」
「それが、『たまたま』あの宮城野原詩だったってだけで、別に、その全然気にしてないから。2人で会ったって別にいいよ。別にさ。」
「じゃあお前、今日はどうなんだよ…本当に『たまたま』この店に入ったかよ…」
向き合うしかない。
近すぎるからこそ、見えない、ことなんてない。
見えていても、分かってるからあえて触れないこともある。でも今は、その小さな変化も見逃すわけにはいかない。
「それは…本当にたまたまよ…!」
「詩さんに喧嘩を仕掛けるような真似もたまたまって言うのかよ…」
「それは、あいつが本当にムカつくから自然と出ちゃうのよ、仕方ないでしょ…!」
「付き合ってるよ。僕は、詩と付き合ってる。」
反、反、反。
「…うるっさいわね!そんなことくらい分かってるわよ!」
「別に気にしてないって言ってるでしょ!そんなこと!ほんとどうでもいい!」
「……どうでもいいいって言うやつが言うセリフじゃないだろ。それに聞いたのはお前の方だ。」
「うるさいうるさいうるさい!なんであいつなのよ!よりによってなんで…!どうして…私じゃないのよ…」
立ち上がる金色。
暮れかける夕陽に照らされる。
もうじき、夜がくる。
「……もういい。帰る。」
走る金色。扉は開き、そしてまた閉じられる。
輝いていた太陽がいま、沈んだ。
人物紹介
宮城野原 詩 (みやぎのはら うた)
仙台市内の学校(神杉高校)に通う高校生。
サッカーオタクなのは隠している。見る将。付き合いを大事にしたいタイプ?
八乙女・ヴィクトリア・李七 (やおとめ・ヴィクトリア・りな)
仙台市内の学校(神杉高校)に通う高校生。
サッカーオタク。見る将。
国府多賀城 朗 (こくふたがじょう あきら)
仙台市内の学校(神杉高校)に通う高校生。
サッカーオタク。見る将。 サッカーの見方を勉強中。恐れることを恐れるな。