蹴球仙術

せんだいしろーによるサッカー戦術ブログ。ベガルタ仙台とともに。

「君が広く攻めるなら、私はもっと広く攻めましょう。」と微笑む君。24

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男の戦い

3月8日。

卒業式前日。

6日から、詩とも連絡をとっていない。

このまま、卒業してしまうのか。

詩は、なんて答えるんだろう。

そんなことを考えながら、僕はまた公園にいた。

 

きっと詩は、ここを避けているな。

真っ先にここへ来てもおかしくないのだから。

昨日のエリーさんの言葉を思い返す。僕が好きなこと、僕が好きな人を思い返す。

何が、誰が、思い浮かぶのかをもう一度自分に試す。

 

そこへ現れる。

一人の中年男性。

「あ、ちょっと君。」

「ん?」

背が高く。

この人もどこかで。

「君、神杉高校の生徒だよね。ん?ああ、一応こういう者だから。」

 

Foot Lab 編集長 薬師堂 柊人

 

名刺にはそう書かれていた。

「あなた、薬師堂さん?」

「ああ。あれ、ということは、俺のことを知ってる?」

知らないわけない。

だって、対談記事を読んだから。

榴ケ岡さんとの。

「それなら話が早い。というより、もしかしてだけれど、君が国府多賀城君?」

「はい、そうですけれど。」

どうして。

「ああ、よかった。俺は、君を探していたんだ。」

 

ベンチに座る。

高校生と中年。

「すまないね国府多賀城君。いきなり話しかけてしまって。」

「いいです。それに、朗でいいですよ。子ども相手ですから。」

「ああいや子どもだからとかは…まあでも、お言葉に甘えさせてもらうよ朗君。」

「なぜ、僕を探していたんですか?」

大体の察しはつく。

「君、うちの副編集長の榴ケ岡には会ったかい?」

やっぱり。

「ええ、会いましたけれど。」

「ああ、そうか。まったく、いっつも手癖が悪いんだからあいつ。」

「あの…」

「多分だけれど、君じゃなくて、君の連れを探していたはずだ。」

「はい。そのようでした。」

 

深々と頭を下げる。

中年。

「すまなかった。副編集長とはいえ、うちの社員が勝手なことをして迷惑をかけた。俺は君に、詫びを入れたかった。」

「そんな、ことは…」

頭を上げながら。

言う。

「まあこれは中年の、しがない中年の、青春を失った大人の戯言なのだけれど、相手が誰であれ、大人は大人の対応をしないといけない。でなければ、俺は、俺のやりたいことすらできないわけなのさ。」

「は、はあ。」

「で、あいつに何言われたんだい?まあ大方察しはつくが、当ててみてもいいかい。」

「はい……」

 

「『お前、本当にサッカー好きなのか?』じゃないかい。」

 

ピタリだった。

「どうして、分かったんです…?」

「はは。俺も、同じことを初対面の時に言われたからさ。面と向かってね。」

「薬師堂さんもですか!?」

「ああ。2、3年前ぐらいだったかな。噂には聞いてたが、大した奴だなって思ってさ。」

そういう人なのか。

でも、薬師堂さんみたいな気分にはなれなかった。

「いいんです薬師堂さん。そんな気を遣われなくても。」

「あれ、もしかして朗君、俺が君を慰めに来たと思っているのかい?」

「薬師堂さんも榴ケ岡さんに手を焼いているってのは、十分分かりましたから。」

 

「それは、違うよ朗君。」

 

「……!」

何が違うんだろう。

「俺は、君に同情はしない。俺はただ、ひとりの社会人として、大人として、会社員の一人として、編集長として君に詫びを入れに来た。それ以上でも、それ以下でもない。もちろん男として同情することもできるが…それは、君の周りのひとたちにしてもらうべきだ。」

「そ、そうですよね…。」

当然だ。

薬師堂さんに、僕を気遣う理由なんて、部下がやったこと、つまりは榴ケ岡さんが僕に会話したことに対してだ。

 

「でも、これは同情でも慰めでもないが、ひとつだけ。君の書いた記事、とても面白かったぞ。最高だった。」

 

「え?」

僕はその、あっけらかんとした、パッと空が開けたような言葉にただ驚くしかなかった。

「あちこちから君の感情が滲み出ていて、途中で修正しようとした痕もある。生々しくて、痛々しくて、危なっかしい。まるで、ハイラインのサッカーを見せられている気分だった。」

「や、やめて!!!心が!!!持たない!!!」

「はは。まあ、ハイラインは冗談だとして、書いている時はきっと、この世で最も面白いものを書いているんだという無敵感、優越感、圧倒的感があったんだろうなって感じてさ。でも、書き終えて分かったのは、『書いている』という事実だけだと気づく。自分への無力感と敗北感が襲ってくる。」

「…。」

「俺たちも、同じような感情を抱きながら書いている。俺たちが感じる葛藤を君の文章からも感じることができた。」

「そんなことまで分かるんですか…。」

僕には、不思議だった。

僕はそこまで、自分の感情を文章に込めたつもりはなかった。

むしろ、いたって客観的に、冷静に書こうと努めたつもりだ。もちろんそれが、足りなかったから、榴ケ岡さんにあれだけ言われたのだろう。でも、薬師堂さんが言うほどの感情があの文章から溢れていたなんて思いもよらなかった。

 

「ま、榴ケ岡からしたら、気に食わないし面白くも無い駄文ってことなんだろうな。」

「はい…。」

「朗君。俺たちは、選手や監督じゃないけれど、サッカーに生かされて、サッカーに生きているんだ。そこで起きたことは尊重しないといけないし、俺たちの一存で歪めたりするべきじゃないんだ。ただ同時に、人々を感情のるつぼへと導く案内人でもあるんだ。」

「案内人?」

「そう。それには、俺たちが何をみて、何を感じたのかを示さないといけない。ただの試合結果や速報なら、数字情報が機械的に出てくる。これでは俺たちがやる価値がない。これはある種の人間模様であり、人間賛歌でもある。サッカーというダイナミックなうねりに巻き込まれた俺たち目撃者が、何を感じて、何を思い、人々を巻き込もうとコンテンツを作るのか。」

「人間…賛歌…。」

「そうだ。君も選手じゃない。コールリーダーでもない。俺みたいなライターでもない。でも君は君だ。君が感じたことも、観たこともすべて正しいんだ。だからこれは中年の、しがない中年の、余計な一言が多い大人のウザイ注文なのだけれど、目をつぶるなよ。歩みも止めるなよ。生きることを止めるな。生きて、君自身が語るんだ。」

 

僕にとってそれは、誰でもない僕にとても響き渡った。

僕でしかない僕にとって、これまで感じてきたことも見てきたことも、これから体験することもすべて、僕の物になるのだ。

 

「俺…俺ずっと考えていたんです。このままでいいのかって…。」

「何がだい?」

「昔みたいな純粋な気持ちで、今も、楽しさとか発見とか面白さをちゃんと感じ取っているのか、語れてるかって思ってて…。正直、展開が似たような試合だと興味が薄れるのを感じます。『分かっているからこそ、その瞬間を楽しめなくなってきている』というか。こんなんじゃダメだって、好きなサッカーへの向き合い方としてダメだなって思っていて。そうしたら、榴ケ岡さんに出会って、あんなに言われて…。『お前は、何にも分かっていないんだ』って言われた気がして。悔しくて、恥ずかしくて…。こんなにサッカーが好きで向き合っている人がいて、俺は結局何も分かってなかったじゃないかって…。」

僕は、一呼吸も止まることなく、すべてを吐き続けた。

この半年ぐらいため込んでいたエネルギーのすべてを吐き出した。

自白。

懺悔とでも言うべきか。

 

 

薬師堂さんは言う。

「それでいいんだよ、朗君。」

「え?」

「それでいいんだ。試合がつまらない?面白くない?結構!それだって、興味や関心のひとつだし、君が感じた大事な感情のひとつだ。大切にするべきだし、尊重するべきだ。そういうひとつひとつの欠片を集めて大切にしまっておくといい。君にとって、何がつまらなくて、何が面白いのか。それが君自身の個性になる。俺も、榴ケ岡でも語れない、君にしか語れない話が出来上がるはずだ。」

僕にしか語れない話。

それは、喜劇だろうか。悲劇だろうか。

物語なのか、短編小説なのか。

 

与太話なのだろうか。

 

「本当にこれでいいんでしょうか…。」

「最初の気持ちを大切にしておくのはいいことだ。でもだからといって、ずっと同じであるわけじゃない。時に変わり、時に戻る。そうやって、君の個性や人格が強化され形成され、君の血肉となるんだ。」

「それはサッカーを通してもでしょうか…?」

 

「もちろんさ。君は、サッカーを通して、サッカーを語ることを通して、これまでも成長してきたしこれからもきっと大丈夫さ。こうして、『』は生まれてきたんだ。」

 

「僕が生まれた…。」

僕は、どんな風に生きていくんだろうか。

それは、僕が決める時間も未来もある。 

間違いだらけでいい。失敗だらけでいい。

これまでがそうであったように、これからも。

「ま、これは中年の、しがない中年の、若さなんて失った大人の戯言なのだけれど、続けるんだ。朽ち果てるまで。愚直に。誰に何と言われようと。」

「……はい!」 

大好きだと思うサッカーと感情を抱いて。

進み続けるしかないんだ。

 

「じゃあ、俺は帰るから。卒業おめでとう朗君。20歳になったら、呑もうぜ。」

立ち上がる中年。

僕は、言わないといけない。

この、今の感情のままに。

それを過不足なく。

「あの!薬師堂さん!」

「ん?」

「今日は、ありがとうございました!これからも、サッカー…観ます!語ります!」

中年は少し振り向き。

少し微笑み。

 

「サッカーって、面白いよな。これからもがんばれよ。」

 

僕に分かるのは、僕は何も分からないということだ。

ただ、サッカーが面白く、大好きだという感情があるのは間違いない。

そして、僕には、サッカーを語ることができる。

僕は、これからもサッカーをずっと好きでいたい。ずっと語っていたい。

何度間違えても、何回失敗しても、ずっと続けたい。

 

ただの与太話かもしれない。でも話さなければ、与太にすらならない。

だから僕には、ひとつ、卒業前にやらないといけないことがある。

 

僕だけができなかった、君との、

 

与太話を。

 

人物紹介

薬師堂 柊人 (やくしどう しゅうと)

 Foot Lab編集長。中年。 

国府多賀城 朗 (こくふたがじょう あきら)

 仙台市内の学校(神杉高校)に通う高校生。

 サッカーオタク。観る将。 サッカーの見方を勉強中。