蹴球仙術

せんだいしろーによるサッカー戦術ブログ。ベガルタ仙台とともに。

【復帰】せんだいしろーが宮城復帰へ。6季ぶり

 せんだいしろーは、現職をFAし、地元宮城に復帰することが決定した。複数の関係者が伝えており、正式リリースが出る見通し。せんだいしろーは、今季から某国に活動の場を移していたが、6季ぶりに地元へ復帰することになる。今季、ベガルタ仙台手倉森誠監督、楽天イーグルス田中将大投手など、宮城にゆかりのある人物の復帰が相次いでいる。(日刊BBC共同東京スポーツ放置デイリーフジ通信新聞)

【咲いて咲いて】Jリーグ 第23節 セレッソ大阪 vs ベガルタ仙台 (0-0)

はじめに

 さあ、いきましょうか。アウェイセレッソ戦のゲーム分析。この日も勝ち点を争う一戦。今日も、ゲーゲンプレスで振り返ります。では、レッツゴー。

 

目次

オリジナルフォーメーション

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ゲームレポート

リトリート局面でのマンツーマーキングをどう捉えるか

  仙台は、前節のガンバ戦に引き続き、大阪対決。近そうで間遠い、あの大阪だ。前節からセンターバックにQちゃんが入り、左ウィングには加藤千尋セントラルMFにフォギーニョがスタメン入り。セレッソのボール保持攻撃を想定して、中盤からリトリートの局面でブロッキングを形成する意図が見られる。

 一方のセレッソ。CBに瀬古が復帰。代わりに右サイドバック松田が不在に。メンバー固定が常のセレッソ。ここまで交代カード枠だった高木が左WGで先発に。代わりに左でフリーマンだった清武がトップ下に入る。セレッソの左サイドは、左SB丸橋がワイドに高い位置を常に取り続けるため、清武のフリーマンと組み合わさると、左サイドに広大なスペースを創ることになっていた。鳥栖戦では、その背後を突かれる形やブロックを組んだ際に、1stプレッシャーがかかってもかかっていなくても異様に高いファイナルライン、広い442選手間を使われ一時、一方的にリードされていた。今節は、瀬古の復帰もあり、それまでCBだった西尾を右サイドバックに起用。清武も中央で使うことでサイドの穴をカバーした形だ。

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図1

 さて試合開始からせわしない展開が続いたが、次第に仙台が望んだ通り、セレッソがボールを持つ展開になる。特にMF3人は、2-1の三角形から原川をアンカーに、奥埜と清武がインサイドMFのような逆三角形のポジションを取る。トップ下清武は、左SB丸橋が上がったスペースを使うように、CB横にまで移動。いわゆるインサイドMF落としだ。呼応して丸橋がワイドに高い位置に、左WGの高木がハーフレーンにレーンチェンジする。フリーマンの清武と攻撃的な丸橋のポジショニングをWGに高木を入れることでバランスを取った。

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図2

 ただそこに対して、仙台DFはいつもの「FWによる誘導限定からのマンツーマーキングDF」で対応。時には、FW西村がセントラルMF原川をカバーするほどの徹底ぶり。仙台は、ワイドレーンの低い位置にサイド、MF、FWが密集して球際でのDFを敢行した。本来というか、一般的には相手陣地深くやスローイン時にこうした密集DFで対応するものだが、仙台の場合は自陣に引き込んでDFする。そのおかげで、セレッソのポジション移動にも対応できているのだけれど、西村や赤﨑の位置が低くなり、代わりに攻撃力が減衰してしまった印象だ。さらには、CBのQちゃんもワイドに逃げる相手を追いかけるようにDFするし、セントラルMF富田が猟犬なのは言わずもがなだ。そうなるとボールを奪った仙台は、DFに最適化、ステータス全振りしているため攻撃ポジションを取れていない。よって、バックパスからCBのロングキックか真瀬かWGの単騎攻め上がりで陣地回復するかになる。前半は耐え、後半に勝負の意図は分かるが、セレッソとしてもカウンターの槍を喉元に突きつけられていないのなら、心理的にも余裕があったのではとも思う。

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図3

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図4

 

翼と錨に垣間見る、ボール保持攻撃の光

 そんな仙台の攻撃は、左WGにオッティ、セントラルMFに上原が入ってからが勝負だったし有効だった。その時間20分。短期決戦だ。しかしその内情はいたってシンプルだ。左サイドで順足のオッティが入ったこと、セントラルMF上原が相手FW-FWライン上に立つ「焦点プレー」でピン留め。味方センターバックの息継ぎの時間を与える。さらに、左サイドバックのタカチョーがハーフレーン、あるいはセントラルレーンに移動するファントムぶりを発揮。さらに、やや下がり目で、Qちゃん、吉野とバック3ビルドアップにも参加。そうなると、今度は中央でリベロになれる吉野のロングキックが炸裂する。

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図5

 セレッソDFも素直にマーク役にマーキングする傾向にあったためか、オッティがSBを引っ張り出してその背後を西村が使うことができた。セレッソのDFは仙台と異なり、ボックス前にいるような約束事なのか、SBの背後まで、サイドまで出てこない。カバーするのはセントラルMF。代わったセントラルMF藤田には少し酷だったか。馬力のある奥埜ならば…とも思う。空いたスペースを上原使ってミドル、こぼれ球を西村が外す、この試合最初で最大の決定機を作り出した。

  

考察

 セレッソに対して、ボールを持つか捨てるかの選択肢があって、今の仙台は鳥栖のような戦い方は現実的ではないので、この試合の進め方はわりと素直な選択だと思う。一方で、そのDF方法が引き込んでのマンツーマーキングDFなので、どうしてもサイドで低い位置に多くの選手が集まりやすい。そうなるとカウンターは、サイドの速い選手が一気呵成に攻め上がるか、ロングキックを蹴るかになる。これまでは、逆サイドへの展開がひとつ武器であったが、展開力のあるMF松下、上原が不在となるとそれも難しくなるし、そもそも、ワイドに選手がいないとなると出し先もない。「守備のための守備」としては成功したと言えるが、「攻撃のための守備」かと問われたら、まだまだだと思うし、そういうプランじゃないとも言えるが、攻撃の希望があるから守備できるというのはわりとよく聞く言説だ。なので、現状は、そこから前線からのプレッシングに切り替えるまでチェイスする。仙台が相手のポジションめがけてプレッシャーをかけるようになったのは、そういう攻撃のネガを少しでも解消するためなのかもしれない。ただどうしても、フィジカル面でそれを夏場過ごすのはしんどいし、リトリートやミドルブロックの局面で相手の選択肢、パスコースを管理する「立ち位置」で、攻撃的なポジション、高い立ち位置を取りながらもDFできれば良いのだけれど。おそらく富田が中盤の王である以上、今のマンツーマーキング志向は継続されると思う。

 あとボール保持攻撃だが。この試合でもはっきりしたのは、中盤には松下なり上原なり中原なりがいないと、センターサークル付近でポジショニング、陣地転換のミドル-ロングキックも出ない。ハーフレーンに絞るウィングについては…これは方法論なので、ワイドに張るべき、内側に絞るべきなどはないが、その立ち位置についた後の展開が選手次第というか、選手の質やコンディション、相手との力関係次第になっているのがこの攻撃方法を難しくさせている一つだと思う。CBがホルダーなら3手先までは形がある、その先は選手が力を発揮する、といえばやや書き方的にはマイルドになるけれど、逆に言えばそこがネックで攻撃が停滞するとも言える。ウィングに入ったオッティがワイドを駆けるのを見るとなおそう思う。

 DF時には、どの選手が出ても同じようなやり方やポジションを取れるので、そこから攻撃的な選手を組み込んで攻撃力を上げていく作業になるか。基本的に、攻撃に関しては選手次第なので、良いか悪いか分からないが「組み合わせ」次第になる。それでも、ボール非保持時に力を発揮する選手を起用するあたりを見ると、チーム、監督としてもかなりプレッシャーがかかっているのではと察せるし、選手からも「覚悟」のようなコメントも聞かれるようになった。もう一度、自分たちは何なら相手より上回っていて、精神的な優位性を持てるかを確認してほしいし、ミドルブロックからのサイドへの追い込みは自信を持っていいはずだ。

 

おわりに

 追い込んでいるのは、相手ではなく自分だったりする。もう夏も中盤。勝ち点的にも試合的にも苦しい状況だと思う。勝ち点3が取れなかったのと同じく、日程的に優位があったガンバ、DF時に脆さが出るセレッソに対して、得点0というのは非常に痛いしダメージが大きかったと思う。これまで準備したり、増やしてきた手札をすべて使う総力戦でこれからも臨む必要がある。

 

「pray for Answer」ARMORED CORE for Answerより。

 

【大きな坂を振り返って】Jリーグ 第5節 ベガルタ仙台 vs ガンバ大阪 (0-1)

はじめに

 さあ、いきましょうか。ホームガンバ戦のゲーム分析。勝ち点を争う一戦。今日も、ゲーゲンプレスで振り返ります。では、レッツゴー。

 

目次

オリジナルフォーメーション

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ゲームレポート

開かない扉

  五輪中断空けの一戦。Covid-19とACLによってスキップされた第5節。仙台としては、残留を争うクラブのひとつとして、当然ながら勝ち点を積むべくホームユアスタにガンバを迎えた。ガンバは、イケメンショナルプレーのひとりである宮本監督の交代。背に腹は代えられない状況なのは、ガンバも同じである。

 仙台は、中断前同様4-4-2を基本フォーメーションとした。開始早々のロングボール合戦も落ち着いてきたところで、仙台はフォワード赤﨑-西村が相手セントラルMFを基準に、中盤からの押し上げ局面でボールサイドの限定誘導を図るDFを取る。対するガンバは3バックに2CMFの形。ここの対応がまずは求められた。

 ガンバの3バックは、左センターバックのキムヨングォンが2人のCBが離れたポジションを取り、ワイドレーンでボールを受ける。シャドーの矢島、宇佐美がハーフレーンを落ちる。CBからWBにボールが入るの合図に、彼らが落ちてくる。仙台としては、2FW+ウィング(関口)でファーストプレッシャーラインを形成。変則3バックには、変則フロントラインで対応。まあ実際には、このところのマンツーマーキング志向DFの延長線上には変わらない。落ちる宇佐美には、富田か上原のMFがマーキングする。WBには、フルバックの真瀬。逆サイドにサイドチェンジされれば、CBには無理につかず、氣田がWBを、タカチョーがシャドーをマーキングして簡単に突破されない陣形だった。

 ガンバとしても、ホルダー+1の2人称の関係だけでは仙台DFを崩せず、たとえばCMF山本はシャドー矢島が落ち、WB小野瀬が低い位置を取ることで仙台DFを引っ張り出したスペースを縦に上がって使ってライン突破している。また、基本的にはゴール前固定だったセンターFWパトリックも、宇佐美が空けたスペース落ちると簡単にボールを受け前進できた。こんな感じで、仙台DFもガンバのボール保持攻撃が2人称であるうちは強固なDFであったのだけれど、3人称となると途端にDFラインを超されてしまうのである。

 ただし、ガンバとしても頻繁に、しかも極端にポジションチェンジすれば、トランジション時の穴となる。勝ち点を伸ばすやり方としては、あまり動かさず、攻撃でリスクを取らないこと。これは仙台にも言える。しかも暑いと来てる。特にガンバは日程面でも厳しい。そんなこんなで、飲水後から真瀬のファントムゴールにパトリックがCKからの爆撃で得点したあたりから、相手陣でボール保持攻撃するか、自陣でリトリートするかの戦いを繰り広げた両者。時折、突けば何かが起こるかもしれないビルドアップにプレッシャーをかけたりするなど。お互いがミスをしないように、相手がミスするのを、ゴドーを待ちながら待ったわけだ。

 仙台のボール保持攻撃も見ておこうか。左サイドは、ウィングの氣田が高い位置を取り、右サイドはなぜそこに居るステルス真瀬が高い位置取りをする。特に右サイドは熱かった。西村、関口がカットアウトランで相手WB背後を執拗に狙い、CB吉野からロングキックが飛び出てくる。仙台の両WGは、ハーフレーンにレーンチェンジすることで相手WBを引っ張り出し、後方にできるスペースに西村を飛び込ませる『門を開ける人』役を任せられていた。よって、左フルバックのタカチョーも自制しながら後方のボール出しを徹底。仙台も変則的な3バックぽさがあった。実際は、2CB+2CMFのボックス型にタカチョーがプラス1されたと解釈して差支えは無い。

 ボールがサイドに出た後は?もちろんクロス!クロス!クロス!だ。ゴール前に待つのは、FWと逆サイドのWG。左からのクロスには、おいで真瀬も飛び込んでくる。ただ非常に難しいのは、クロスが来ると思って準備している相手に、文字通りクロスからゴールの奪うのは難易度が高いということだ。真瀬のファインゴールになる予定だったゴールも、疑似的なカウンターのような形であった。クロスに祈れ!というのなら、もちろん祈るしかないのだけれど、ガンバクラスのセンターバックがリーグ屈指だとしても、クロス教としての道を求道しないといけなくなりそうだ。 

  

考察

 勝ち点を1つも取れなかった試合として、記録も記憶も刻めば良い試合だと思う。多くの時間でボールを持てたが、ガンバはそれを良しとしていたし、フィジカル面でそれが選択肢として入っていたのだろうと思う。それに仙台としてはボールを手放したい。「さあどうぞ、どうやって攻めてみるんですか?」と言われると「アッ…アッ」となりかねない。というよりなっている。オフサイドによる得点取り消しに、CKからの失点は、流れとしては不運ともいえるが、ある意味そういう運みたいなものを頼りにしていると感じる両者。ガンバは分かる。打ち出の小槌があるわけだし、アウェイだし勝ち点1でも万歳なわけだ。小槌が無いなかクロスを打ち続けたが、あと100回、あと1000回っ繰り返せば成果につながるのだろうかと考えるか、まだ僕の中で結論はついていない。

 

おわりに

 守備に重点を置いて、それを表現できるメンバーからの逆算なのだから仕方ないという言説もあると思うし理解できる。監督がテグとなると、彼自身のハードルがあって、やりたいことがあってそれができるメンバーをまず選ぶとなると、今日のメンバーだってベストに近いと思う。結局は何を優先して何を犠牲にするかなのだけれど、それがプラスマイナスでプラスになる目論見ならそれでいい。パトリックのゴールはあくまで不運だった、クロスがゴールにならなかったのも不運だったと言ってもいい。どうやって勝つのか、勝点を取るのかも、運次第になる。それで良いなら、それで良い。その運が10回あって8回、命を運んでくるのであれば、それで、それで良い。人事を尽くして天命を待つ。人事を、尽くしてくれれば、誰よりも多く、たくさん、尽くしてくれれば、それで良い。

 

「腕がなけりゃ祈れねェとでも?祈りとは心の所作」こう言ったのは、ネテロだ。

 

黒松華憐に花束を。

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01

突然だった。

僕の前に現れたのは、黒髪で、凛としていて、目は切れ長で、しゃんとしている女の子だった。

僕は、その子を知っている。

同じ学校、いや、同じクラスの子だ。

その黒い瞳は、すべてを吸い込むかのような宵闇で、周りのことなど意に介さない、そんな雰囲気をまとう子。

高嶺の花。

周りが勝手に高嶺の花にしてしまっている。

彼女の口数は少ない。

まともに話している場面を見ない。

観測しないだけで、本当は喋っているのかもしれないのだけれど。

口数の少ない美人。

そうやってみんな、裏で人気者扱いしている。

たしかに、美人ではある。

僕にとっては、実態のつかめない不思議な存在にも見える。

そんな独特の雰囲気をまとったその子は、こうして僕の前に現れ、そしてこう言うのであった。

 

「今年も夏ユニは、黒ユニだったの。買うべきかしら」

 

これが、僕と黒松華蓮との出会いである。

いや、出会ってしまった、と言える。

 

02

黒松華蓮は、唐突だ。

唐突に、颯爽と俺の前に現れ、そしてさも当然のようにサッカー関連の話題を振ってくる。

黒松華蓮は、サッカー好きらしい。

でも、それを公言はしていない。というより、口数が少ないから披露する場が無い。

黒松華蓮は、スタジアムに行ったことが無いらしい。

そしてそれが、当面の人生における目標らしい。

俺は、昔あるクラブのサポーターだったが、ある理由で辞めている。

しばらくはサッカーと無縁の生活を送っていたのだけれど、黒松華蓮が、半ば強引に引き戻そうとする。

黒松華蓮は、唐突だ。

今日もまた唐突に、

「ボールが欲しい」

と言ってくる。

 

「買えばいいじゃないか」

スポーツショップに行ったことが無いんだ」

「行けばいいじゃないか」

「行っても大丈夫なのか?」

逆にダメなショップがあれば教えてほしい。

個人お断りの法人様のみ取引をしているような。

ナ○キ本社に行くわけじゃあるまいし。

「服を買いに行く感覚で行けばいいよ」

「部活も特にスポーツもしていない私でも行って良いものなのか?」

「なんもしていない黒松でも行って良い場所だ」

「そうか」

……

「分かった。ちょっと行ってみる」

「おう。行ったら教えてくれ」

 

後日。

黒松華蓮は、本当に、スポーツショップへ行ったらしい。

「長町」

「なんだよ」

「ボールを買えたんだ」

少し照れながら、誇らしげに、俺にボールを見せる姿は、なんというか餌を捕らえた猫のようだった。

「よかったじゃん。欲しかったボールだったのか?」

「いや、店先にあるやつを買った」

「店先?店の中ならボールなんていくらでもあっただろうに」

「……そうなんだろうけれど……」

「なんかあったのか?」

「部活バッグを背負った部活動集団が居て、とてもじゃないが私が付け入る隙など無かった…」

「はあ…」

そんなことは無いと思うが。

どんなバッファローの群れだよ。どうせ中学生とかだろ。

店の中がごった返してたから、店先で叩き売られてたボールを買ってきたわけだ。

それで良いんか。

「でも」

ん?

 

「でも、ボールを買えたんだ。私は嬉しいぞ」

 

そう言って、ふふふと笑った。

嬉しい…か。

そういえばボール買って喜ぶのって、子どもの時にあったなあ。

人生初のボール。

なるほどね。

「よかったな。大事にしろよ」

「わかった」

「今度は一緒に行ってやるよ。それなら部活動集団が居ても大丈夫だろ」

「……ん」

なんで急に声ちっちゃくなるんだよ。

まったく。

黒松華蓮は、唐突だ。

 

03

黒松華蓮が摩訶不思議な舞を踊っている。

いや、正確には、着座した状態で手をキョンシーのように前にだし、しばらくすると天高く両手をかかげる。

ただそれだけ。

一体、俺は何を見せられてるっていうんだ。

新手の二の腕ダイエットか?それとも血流をよくするやつか?

でも、黒松華蓮のことだ。きっとサッカーに関連するものに違いない。

多分。おそらくそう。

しかししばらくやっているぞ。いつまでやるつもりなんだ。

ん?

よく見たら手を前に出している時は、くすぐるような手つきをしている。

「……」

「………」

「………なあ…黒松…」

「……ん?」

「お前もしかして……」

「……?」

ゴールキーパーゴールキックの時に、サポがやるやつやってるだろ?」

「……そうよ」

「いや無言でやるなし」

ただの狂人にしか見えんだろうが。

「無言でやってはいけないの?」

「いやべつにダメってことは無いけど……その、なんというか挙動不審だぞ」

「……」

「……」

「………………オイ」

声ちっっっさ。

「……声出してもいいんだぞ?」

「そうなのだけれど、これをやりながら出せる声の大きさは、これが精いっぱいなんだ。でも、スタジアムに行くまでに、少しずつ大きくしていくつもりだ」

なるほど。

 

「だから……応援していてくれ」

 

その後、俺も同じように、前方に両腕をキョンシーのように出し、しばらくして両手を天にかかげるやつを黒松華蓮と一緒にやった。

結構、悪くない感じだったと思う。

 

04

「長町」

「ん?どした?」

「モツ煮を食べたい」

「食ったらいいじゃんか」

「正確には、使い捨てのお椀に入ったモツ煮を外で割り箸を使って食べたいんだ」

なるほど。

「なあ黒松」

「なんだ」

「なんかでスタグル情報でも見ただろ」

「よく分かったな」

「だってそれ、絶対スタジアムにある系のモツ煮じゃないか」

「うむ。昨日、たまたまネットでみかけてな。食べたくなってしまった」

「じゃあ、スタジアム行くか?」

「……いや……それはまだ早いな……」

スタジアム観戦に早いも遅いもあるのだろうか。

しかも、黒松華蓮ほどのサッカー好きが。

まあいい。黒松華蓮とサッカーとの距離感ってのは、結構微妙で。

こちらから一方的に近づいてく分には良いけれど、スタジアムみたいに大量の情報や感情に巻き込まれることを恐れている節が、黒松華蓮にはあるみたいだ。

丁寧に、感情や知識を蓄積するタイプの黒松華蓮にとって、ある種の情報洪水を招く存在のようにとらえているようだ。

ま、そんなこと無いんだけどな。

「じゃあ今度作るか」

「……え?」

「使い捨てお椀と割り箸、材料買ってくればできるだろ。それを勾当台公園かどこかで食おう。それなら行けるだろ?」

「ま、まあ……でも、長町はモツ煮を作れるのか?」

「モツ煮は作ったことないけれど、芋煮は何回も作ってる。あれのモツ版だろ。レシピ見て作るし問題ないよ」

「そ、そうなんだな……それで…どこで作るんだ?家庭科室か?」

「いや俺ん家でいいだろ。嫌だよ学校で作るとか」

「な、なるほどな……そうだよな……長町が作って公園に持ってきた方が良いもんな」

「え?もしかして黒松、俺に作らせて自分は食べるだけのつもりだな?」

「い、いやいや!そんなつもりは……」

「黒松も一緒に作るんだよ。じゃなきゃ自分で作れないだろ?毎回俺が作るのも面倒だし。まあ頼まれたらやるけどさ……」

「え、え、私も作るのか…!?長町の家で……!?」

「だからそう言ったろ?」

「あ、あ、まあまあ……なるほどな……」

「じゃ、とりあえず今度の土曜な。親は日中出かけるみたいだし。台所使えると思うわ」

「ど、土曜!?親いない!?え!?」

「なんだよ、嫌か?」

「……いや…べつに嫌というわけではないのだが……」

「じゃあ決まりな。一緒にスーパー行って買い出しもいくぞ」

「あ、あ、ああ……スーパー…買い物……一緒……」

 

困った。

モツ煮どころでは無くなってしまった。

と、とりあえず、食中毒とかなったら大変だ。

ちゃんと手を洗って、よく寝よう。

そうだ、そうしよう。

 

05

「じゃあお留守番お願いね」

「へーい」

「ほんとに良いの?お爺ちゃん、あんたの顔も見たがってるわよ」

「いいよ別に」

「冷たいわねえ。まあ、今度の夏休みに行こうかしらね」

「はいはい」

「また帰る時連絡するから」

「はいはい分かってるって」

「行ってきまーす」

ドアが閉まる音が聞こえる。

田舎に行って喜ぶのなんて小学生までだろっての。

まあ良いや。もう少ししたら準備して、俺も出かけるか。

ん。黒松華蓮からだ。

 

…………

……………

……もうひと眠りしよっと。

 

『ごめん。

今日なんだけど、体調が良くなくて無しでも良いか?

急な連絡になって申し訳ない…』

 

『へい』

 

06

最悪だ。

私は、長町の誘いを断ってしまった。

しかも当日ドタキャンで。

もちろん、体調が悪いといえば悪い。

緊張と不安がすごくて、どうしても行ける気がしなかったのだ。

でも本当はすごくうれしかったし、行きたかった。

それなのに一方的に断ってしまった。

最悪だ。

長町からの返信も、『へい』の一言だけだ。

「コイツなんなんだ」って思われたに違いない。

そうだ、体調が悪いって嘘ついたと思われたに決まってる。

最悪だ。やっぱり行けばよかった……

あの後ずっと考えてしまって、全然寝れていない。

今日どういう顔して長町に会えば良いか……

 

「今日、長町は欠席と」

え?

休み……?

どうしよう、少しでも話して、謝ろうと思ったのだが……

最悪だ。

 

連絡……入れた方が良いよな……

でもあの『へい』の後だし…

 

ピロン。

ん……

……………黒松華蓮からだ。

『土曜は本当にごめん。

今日会ってちゃんと謝りたかったんだけど…

具合どう?

 

………

 

お見舞い、行くから。』

 

返信……!

『だいぶ良い。

逆にうつしてたかもしれないし良かったのかもしれん(笑)

明日学校行くから、見舞いはいらん。

ありがとな』

 

………

………

………………長町も(笑)とか使うんだな…

 

07

 「本当にごめん」

いつものように唐突に、そして深々と頭をさげる黒松華蓮が、そこに居た。

「別に気にしてないって。それに昨日も言ったけど、風邪うつすとこだったし」

「そう…ね…」

「それとも何か後ろめたいことでもあるのか?」

黒松華蓮は分かりやすい。

ぎくりと図星をつかれたような反応で、しばらく無言のままこちらを見ていた。

別に本当にその図星の正体なんて気にならないんだけどな。

「ごめん…あまりにも急で、少し驚いたというか……あまり慣れてないもので」

たしかに。

実のところ、モツ煮は僕の思い出のスタグルだったりする。

昔スタジアムに行ってたころは、よく食べていた。

勝利も、敗北も、歓喜も、悲劇も、すべてを一緒に経験してきたソウルフードだった。

そんなことを思い出して、俺も少しテンションが上がってしまったのかもしれん。

「こっちこそ悪かった。俺、モツ煮好きだから、変なテンションになってたわ」

「長町、モツ煮が好きなのか?」

「好きだよ」

「そうか……」

また後悔を噛み砕いたような顔をしている。

しょうがない。

「黒松、今週どこか空いてるか?それか来週でもいい。モツ煮食べに行こう」

「え?」

「無理なら無理って言ってくれ。全然気にしないでいいし。でも」

「でも?」

「俺の口はもう、モツ煮の口になっちまった。黒松が行かなくても、俺一人でも行くけどな」

彼女の表情が少し晴れた。

「行く…!いつでも長町が良い日で大丈夫だぞ」

「おっけ。じゃあ、今日行こうぜ!」

 

試合日にスタグルとして出店している某モツ煮屋。

実店舗に来るのは初めてだったけれど、店の雰囲気も最高だった。

テイクアウトで2つ。

2人で勾当台公園で食う。

なんというか、世の中の高校生で学校帰りに公園でモツ煮食ってるのは俺らぐらいなものだと思う。

まあそれでも、良かったと思う。

久しぶりに食べた。

懐かしい味。

懐かしい思い出。

聞こえてくる歓声。

暗い思い出。

こびりつく悲鳴。怒号。

俺の中で、何かがリフレインする感覚になる。

それでも今は、美味しそうに頬張る彼女に、こちらも嬉しくなってしまうのだった。

「食べれてよかった」

そうかい。

俺も食べられて良かったよ。

 

登場人物

黒松華蓮 ・・・勾当台高校2年生。人生の目標は、スタジアム観戦。

長町花江 ・・・勾当台高校2年生。人生の目標は、特になし。

 

youtu.be

 

 

 

 

 

一薬の神

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ナイトルーティン

ある出版社の屋上テラスに俺は向かっていた。

今のご時世、愛煙家には厳しい時代でね。

時刻は、19時半ごろ。夜の部開幕を前に、一服して気合を入れようってのが、俺のルーティーンなんだ。

なんだっけか。

『ナイトルーティン』ってやつだっけか?

自分の日常を切り売りして動画にするだなんて、よく思いつくもんだよな。

俺たちも一本作ってみるか。

 

『ブラック出版社のナイトルーティン』なんてな。

 

流行らん……

 

屋上に出ると、都内を一望できるフェンス前で火をつけ始める。大体、このぐらいで『奴』が現れるんだ。

そう、ご存知の通り、紅い髪の神だ。

これは、俺の、薬師堂柊人の、どこにでもいる中年の、しがない中年の、情熱なんて無い大陸の、

 

与太話。

 

激情、情動、同情

まああれだな、栄えあるスポーツ雑誌の、誉れ高いサッカー雑誌の読者諸君には申し訳ないほど不健康な絵面だけれど、その雑誌の編集長と副編集長がそろってタバコをふかすというのは、なかなかに心が痛い。

正確には、肺が痛い。

なんて、ガラにもなく、世間体なんてものを気にしながら、この行為を止めないのはまったく、大人ってのはだから信用ならないんだって言われても仕方がないな。

 

実のところ、本当のところ、腹を割って話すが、ある企画の検討会議で盛大に没を食らい、企画そのものがぽしゃった後なんだ。

役員が揃ってNG。俺たちみたいなしがないサラリーマンなんて、ろくに抵抗できるわけもなく。

で、編集長と副編集長ががん首揃えて、屋上で反省会ってわけ。

いや、それは俺しか思ってないだろう。

こいつは、世の中への抵抗しか考えていない。

「……まあまずはお疲れ。こういうこともあるさ」

「納得いかねえよ」

「俺だってそうさ。でも、理解はできる。今回はさすがに、会社の名前を背負わす企画になりかねない。まあある意味そこが狙いではあったけれど、理解はできるさ。納得できないが」

「理解も納得もできねえよ」

不満そう、いや、不満なんだろう。

煙を空に吐く。

「ま、お前なら、そう言うと思ったけどな」

俺はもう一本のタバコを取り出しながら言う。

「次のチャンスを待とう。今はその時じゃないってことなんだ」

「まどろっこしいんだよ。いっつもいっつもジジイどもはよ。こんなんだから、あっさりライバルに先越されんじゃねえか」

「ある意味俺たちとは人種が違う。俺たち現場は、即断即応が原則だ。その稼いだ時間で、上はより正しい判断を下せるんだ」

「時間があるからって、正しい判断ができるとは限らねえじゃねえかよ。今回みたいによ」

たしかに。

結局、俺はそういう諸々の欺瞞だったり、嘘を、ある種の「しょうがない」で片付けている節がある。

サラリーマンだからしかたがないと。

不貞腐れた副編集長に言う。

「すまなかった。俺がもっと、上とのネゴをしておけば、土壇場でひっくり返ったりはしなかった。すまない」

「私は、あんたに謝ってほしいと思ってねえよ。その上とやらが、私に詫びを入れやがれってんだ」

「はは、さすがにそれは道理が通らないんじゃないか」

 

「道理は通らなくても、筋は通せってんだよ」

 

筋を通す。

今の俺に、通せている筋があるんだろうか。

「なあ、次の企画だけどよ、良い案がある」

「ん?どんな企画だ」

「こいつだよ。こいつを使って新企画を立ち上げる」

 

そう言って榴ケ岡が俺に見せたのは、自分のスマホ

画面に映る一通のメール。

ーーー発信元には、『宮城野原 詩』とあった。

 

お前は俺で、俺はお前で。

「それって……!」

「そうだよ。ようやくだ」

宮城野原 詩。

4年前、当時高校生だった彼女をライターデビューさせようと榴ケ岡が執心した相手。

たまたま見つけたブログを高く評価した榴ケ岡は、ありとあらゆる手段で彼女にコンタクトを取ろうとした。最終的には、交際している朗君のTwitterから、彼女を特定した。

そんな彼女は、大学へと進学し、『自らを試している』最中のはず。

大学卒業前に、目途がついたというのか。

「4年だ。4年もかかりやがった。まったくよ、どいつもこいつも時間ばっかかけやがって」

「でも大学に在学しながらだろ?よくやっていると思うが」

「……あんな場所、なんの価値も生み出さない、無意味な場所だよ」

榴ケ岡は、都内の有名私立大を『中退』している。

まったくもったいない話なのだけれど、彼女曰く、2年の途中で『無駄だ』と気づいたようで、さっさと物書きの世界に入ったのだ。

当時20歳。

無名の作家が、次々と記事を寄稿したり、連載を持っていたのは俺も覚えているし衝撃だった。

それから十数年。

いまや神に最も近い物書きだなんて言われているが、紛れもなく、彼女の努力の証なんだ。

「それで、彼女からはなんて」

俺は少しの嫌な予感を感じながら聞いた。

「『お久しぶりです。良い記事構想があるので持ち込みたいです。お時間いただけないですか?』だってよ」

「……そうか」

彼女の試すとやらは、持ち込むに変わったようだ。

「明日、こいつと話す。それが今度の企画の目玉だ」

「待て。新企画検討会議はまだだし、100歩譲って、彼女の持ち込みを受け入れたとしても、それが目玉に、主軸になるのは無理がある」

「無理でもなんでも、やんなきゃ意味ねえだろうが」

「そうだが……やっぱり、いきなりはダメだ」

「ダメじゃない、できるだろうが」

「おい榴ケ岡。お前焦ってないか?今回の件をカバーしようとしているなら、もう気にするな。俺の方で、何とかできる算段はついてるんだから」

嘘だ。

そんな算段なんてない。

今日か、日付が変わって明日の俺に期待するしかない。

「そんなんじゃねえよ。私は、今が一番のタイミングだって言ってんだ」

「お前、それいつも言うじゃないか」

「いつも一番のタイミングだから言ってんだよ」

 

「お前、彼女に情が入ってないか?」

「……あ?」

俺には確信があった。

こんなに性急に動く榴ケ岡の心情を。

たしかにカバーするだなんて殊勝なことは思ってないのかもしれない。けれど、こいつの良いところであり、悪い部分だ。

「お前のその、他人の才能を自分ごとのように捉えるのは止めろ。他人はどこまでいっても他人だ」

「私は、才能をがめたいわけじゃねえよ」

「そうは思ってない。お前が独占したいとか思っているわけじゃないのも理解しているつもりだ。そうじゃなくて、才能が潰れた時、お前、自分の手足がもがれたような感情になってないか?」

榴ケ岡は黙っていた。

俺は続ける。

「いいか、他人は他人であって、お前はお前だ。俺たちは、いつかどこかで線を引かなければいけない。分けなければいけない。区別しなければいけない。一途にやるのは結構だが、でもいつかは決別しないといけない、腹を決めないといけない。たとえ引き裂かれるような思いをしてもだ」

「そんな思いはしない。私の眼は完璧だ。どんな才能も枯れない」

「それはお前が開花させるまで、助力して、いつまでも『待っている』からだろ?違うかい?」

反論がない。

屁理屈みたいな、子どもの抵抗みたいな反論がお決まりの榴ケ岡は、逆に言えば無駄なことは言わない、しない。

「いいか榴ケ岡。若い才能に、ライターに、クリエイターに必要なのは、同情でも、援助でもなく、『補助』だ。俺たちはあくまで、自転車の補助輪にすぎない。自転車に乗ることを諦めた奴やいつまでも乗れないやつの背中を押しても意味は無い」

それでも黙る。

「だから俺たちには、そういう才能を補助する義務があり、その結果には責任が伴う。失敗と認めず、最後まで成功に導こうとするやり方はいつか破綻するぞ」

 

みなさんは、神の怒りをご存知だろうか?

字面の通りである。

空が割け、地が割れ、人が叫ぶ。

 

「じゃあああああああああああああああああああああああああああああかしいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

眼を大きく開き、紅い髪はまるで生きているかのように、膨らんだ。

 

「テメーに何が分かるってんだ!!!才能は才能でしかねえ!!!枯らして殺すわけにはいかねえだろうがよ!!!」

「だから言っているんだ。俺は、お前の才能を『殺したく』ない」

「………は?」

 

「お前、今回の件、会議の時はああ言って丸め込んだが、実態は執筆者に裏切られたんだろ?」

 

「裏切られてねえよ……まだ少し早かっただけだ」

「いや、お前が用意した納期とクオリティには程遠かった。あれじゃ、30年はかかる」

「だったら30年待ってやるよ」

「違う榴ケ岡。聞いてくれ。お前はそう言って、一体何人の奴の『答え』を待ってるんだ?5年も10年も待って、一体何が出てきた?いいか、これはお前の時間と才能とチャンスを食いつぶしているんだ。気づいてくれ、お前はその失われた物を使って、もっともっと上へ跳ねることができたんだ」

紛れもない事実だった。

彼女がいつもの調子で埋もれた才能探しをしていて、それを逐一報告してくるが、たいがいは彼女の大きすぎる期待に潰れていく。

いや、こう言うと彼女の信頼にかかわる。

言ってしまえば、才能でもなんでもなくて、ただの『一般人』だったというオチだ。

 

それでも彼女は待ち続ける。

鳴らない電話をずっとーーー

 

待つ。

 

そんなお前の背中は、いつもの覇気なんてなく、すごく、これは勝手な印象だけれど、すごく寂しそうに見えた。

 

そんな彼女の背中を俺はずっと見てきたし、もうこれ以上、そんな思いをしてほしくなかった。

 

「頼む、榴ケ岡。俺は、お前に潰れてほしくない。お前の才能は、お前のために使ってほしいんだ」

「そんなんで潰れるほどの才能じゃねえよ私は」

「お前自身はそうかもしれないが、才能は違う。生ものだし、賞味期限だってある。いつまで続くか分からない石油みたいなもんだ。そんな限りある資源をお前自身に使ってほしいだけだ」

彼女は黙っていた。

今度は反論が無いからではなく、何かを考えるように。噛みしめるように。

押し黙った。

「だから今度も、会って話すことはいい。けれど、入れ込みすぎるな。何かあれば俺に連絡してくれ」

今度は反論があった。

いや、質問か。

 

「なあ、なんであんたは、そんなに私の心配をするんだよ」

 

なんでだろうな。

ひとつ言えるのは、しがない中年でも言えることは、

 

「俺は、一途なお前と違って、惚れっぽいんだよ」

 

「は?意味が分かんねえ」

「まあ、分からないだろうな」

「よく分かんねえなあ……まあ、でも、お前ぐらいだぜ、そんなこと言うのは。

 

 

「……ありがとよ」

 

最後に、あいつが何を言ったのかは、あまり聞き取れなかったが、まあおおよその察しはついていた。

おおかた、「この馬鹿野郎」ぐらいのことを言っていたのだろう。

 

まあこれは、しがない男性編集者の、ひとりごと。

 

俺は、お前を誰にも殺させたくない。

これは社会人として、会社員として、編集長として、上司として、薬師堂 柊人として、

 

俺は、君を、

 

 

 

人物紹介

薬師堂 柊人 (やくしどう しゅうと)

  Foot Lab編集長

榴ケ岡 神奈子 (つつじがおか かなこ)

 Foot Lab副編集長。

 

マクドナルドのバーガーは、故郷の味。

どうも、僕です。

今回は、コラム的な何かをつらつらと。

突然ですが、僕の祖国は、日本です。そう、ジャポン。日出るハポンです。

ただ、いろんな運命の糸が絡み合って、僕は今祖国を離れとある東南アジア某国に居ます。

このクソったれな時期に僕を祖国から飛ばした会社と社会を恨んでいこうと決めて航空機へと搭乗したのが少し懐かしくなるくらいには、時間が経っています。

でも、愛するクラブを応援したり、地震で心配したりなど、故郷を、祖国を思い出さない日はありません。

食に関してもそう。こちらにきて、まあ日本の味というのは結構あるもので、実はそんなに困っていなかったりします。

そんな僕が、いわゆる故郷の味ですよね、慣れた味を感じるのはなにかというと、実はマクドナルドのバーガーなんですよね。

え?お母さん食堂的なアレではないかって?それを言うとまた色々と面倒なのに絡まれそうというか、そもそもお母さん食堂なんだから、世界中のお母さんの味を置いてくれよと思うというかツッコめよくらいには思ったり思わなかったりしています。

まあそんな祖国のドメスティックな事情は置いておいて、いわゆるマック(関西ではマクドUSJはユニバ)の味は世界共通なわけですよ。そら当たり前ですよね。

マックみたいに同じ質のものをどんな場所でも提供するなんてのは、セブンイレブンやらトヨタやらもやっているわけで何も珍しいことではないわけですよ。僕は「制服化」と呼んでいるやつです。均一、均等なんてね。

「均一なんて」とよく祖国では見聞きしたし、言ったりもしましたが、いまなら確信をもって言えます。異国の地の救済策、故郷の味は、あの「変わらないマクドナルドのバーガーでありポテトの味なんだ」って。

なんにも分からないなかで、味の想像ができて、だいたいどんな物で値段感はいくらぐらいで、失敗しても潰しが効く。それが制服化された食べ物の強みだと言えます。

 

さて、これはサッカーブログです。このままいくと「異国食レポ!結局マックが最高!」なんて尻の毛まで抜かれて鼻血も出ないクソブログになってしまうので、サッカーに関連してあれこれを。

サッカーでの制服化といえば、シティグループだったり、レッドブルグループだったりですか。あとはバルサ。でもバルサはどちらかというと布教活動っぽいような気がする。気がするだけ。

まあその辺の狭義的な定義の差異は専門家集団に任せるとして、結論すると「日本みたいな片田舎にも約束されたサッカーを展開するシティグループやらがある安心感」は、来日する選手や監督にある程度の安心感を与えるでしょう。

よく、欧州出身監督が試合後に語り合ったりすると聞きますが、まあ日本食ばかりでうまいのかマズいのかよく分かんないなかで、慣れた味に出会った時のうれしさってのはまあまああるんではないでしょうか。それがたとえマックであろうと。

 

いままでの僕の制服化のイメージは、故郷を駆逐し、すべてを均質からされた無機質なものに変えるイメージでした。町の商店は、緑色の制服を着て、自動車販売店には「T」の文字が並び、空地にはデカいイオンが軒を連ねる。でもそれが、「そこへ行けば確実にそれがある」という安心感を醸成しているとは、きっと祖国ハポンにいては、体系的に理解はできていても肌感覚にはならなかったのではと思うわけです。

それでも僕は恐れているわけなんですね。地元のクラブが、あるグループの一員となって、クラブ名も、ロゴも、ユニも、すべてを変えられてしまうのではと。それが誰かにとっての安心と、誰かにとっての不安は、事象のコインの表裏に過ぎません。地元仙台に帰れば、間違いなく仙台という街は存在するし、ベガルタ仙台というクラブが存在するという安心だってあって良いわけですよね。

まあここでは僕がマイノリティですから。村の外から来た人間にとって、何を寄る辺とするのかは、きっと外から来た人間でしか分からないと。でもいつかは必ず、その土地へと馴染んでいくのが、人間の常ですから、マックを食べるのもほどほどにしていかないといけないです。あんまり食べ過ぎると太るしな。

だからまあ、だからってわけではないけれど、僕は祖国故郷でマック食べてる寡黙な外国人が居たら、あまり毛嫌いせずに受け入れてあげたいなって思うんです。嫌じゃなければ。別に少し間違ってたっていいし、少しずつ慣れていく手伝いができれば。別に僕は祖国を憂う達観系でもないし、過剰なパトリオリズムもないので、適当に「マックうめえよな」ってポテト食いながら話せればそれでいいと思ってます。実際、マックうめえし。僕は、てりやきマックが好きです。サムライポークバーガー。

【考察】1stプレッシャーラインについて考えたことなどを

「中盤からの押し上げ局面における、フォワードによる1stプレッシャーラインについてなのだけれど」

「急に来たな」

「相手のMFを警戒しながら、センターバックへプレッシャーをかける方法について考えたことがあるの」

「いわゆる『背中で消す』ってやつだな」

「そう」

「アンカーでも2人のセントラルMFでも?」

「そうね。フォーカスを当てるのは、ボールサイドのMFを背中で消しながら、ボールホルダーであるセンターバックへプレッシャーをかけるやり方についてね」

「長いな」

「こうでも言わないと、前提がどうとか、条件がどうとかなるから」

「まあね」

「これには2種類あると考えているわ」

「2種類も?」

「ひとつは、ボールホルダー側のFWがボールホルダーへプレッシャーをかけたら、もう片方がMFをカバーする『つるべの動き』タイプ」

「よく見るな」

「もうひとつは、ボールサイド側のFWがMFへのパスコースをカバーするタイプよ」

「それはボールホルダーがフリーになるのでは?」

「別に良いわ。だって、その先にディフェンスの網を張っているから」

「なるほど。それで片方のFWは何をするの?」

「『ひとつ飛ばしパス』のパスコースをカバーする」

「『ひとつ飛ばしパス』?」

「文字そのままよ。ホルダーの隣の選手を飛ばした先にいる選手へパスすることよ」

「この場合だと、逆サイドのサイドバックが低い位置にいて、3バックっぽくなっていることがあるよね。たとえば、そのサイドバックへのパスってこと?」

「そうよ。ひとつ飛ばされると物理的にプレッシングをかけにくくなる」

「距離が延びるからか」

「ええ。人間よりボールの方が速いってのは、よく言われることよね」

「それを防がないと、せっかくのプレッシングが無駄走りに変わるってことか。『つるべの動き』タイプは、ボールが動いている間に追いかけるのか」

「そうなるわね。でも一人で追いかけるわけじゃなくて、2人で役割分担しているから、ひとつ飛ばされても成り立つ」

「そうしてボールホルダーの選択肢を制限しながら、ボールの進行ルートを限定するってことか。誘導も兼ねている」

「だからどちらのタイプも、ホルダーに時間はあっても選択肢が少ない状況を作り出そうとしている。『つるべの動き』タイプは、そもそもホルダーの時間も削りにいっているのだけれど」

「時間があっても選択肢がなければ意味がない。プレーできなければ、時間があってもしょうがないってことだな」

「どちらが良いということではもちろん無くて、相手ボールホルダーのビルドアップ能力だったり、あとはプレッシャーをかける開始地点が自陣か敵陣かでも分けるものだと思う」

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図1

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図2