01
「なあ長町」
「なんだ」
始まったな。いつものが。
「好きなサッカークラブを教えてくれ」
これはまた無理難題だ。
「好きな?」
「そう」
好きなクラブねぇ。
「無いよ。特に無い。適当にリーグ戦とかカップ戦の結果を見るくらいで、どこかに入れ込むとか無い」
「本当?」
「そう。本当だ」
これは半分が本当で、半分が嘘だ。
昔はあったというのが、正解だ。
「じゃあ好きだったチームとかは無かったのか。これまでもずっと」
察しが良い。勘が鋭い。
俺はこれに真面目に答えるべきか、適当にあしらうべきか、嘘をつくかの三差路に立っている。
黒松華蓮に嘘をつくのは気が引ける。
かといって大真面目に答えるほど、俺は優しいという自覚は無い。
「あったよ。昔、スタジアムに行って応援するほどのチームがあった。今はそれほどでもない」
俺にとってはかなり真面目に答えた方かもしれない。
「長町は、そのチームが好きじゃないの?」
好き……か…
好きか嫌いかと問われたら、果たしてどちらだろうか。
時折ニュースで結果を知るくらいで、彼らが今どうなっているのかなんて知らないし、知ろうとも思わない。
興味がない。
興味がないんだと思う。多分。
どうでもいい。
「興味ないよ」
「そうなのか?」
「そうだよ。興味もない、特に価値を感じない、好きとか嫌いとかの感情すら湧かないチーム。興味の対象とするのが意味の無いチームだ」
「そうか……」
きっと、黒松華蓮にはそれが分からない。
なぜなら、彼女にとって、僕は「サッカーを観てる奴」に部類されるからだ。
こうして会話しているのも、それがきっかけだからだ。
「無関係という関係性なんだな。なるほど、よく分かったぞ」
「無関係という関係性……」
関係を断ち切ることは、できないのか。
僕と、あのクラブと。
僕の中のなにかが冷温停止しているのなら、無関係関係であるのなら、いつの日か再臨界して関係者になる日が来るのだろうか。
今の僕には、まったく想像できない。
「まあよく分からんが、黒松にとってプロ野球チームに関心が無いのと同じだよ。そんなひねくれた関係性なんかなくてさ」
「私は、じいちゃん、お父さん揃って、根っからの巨人ファンだぞ」
「面倒くせえ例えを使っちまったァァァァァァ!!!!!!」
02
なんで親子三世代巨人ファンの奴に、偶然にも例えに野球を出しちまうんだよ。
「そうか。長町なら知ってると思ったのだが」
「何を」
「『好きなクラブとかチームをどうやって応援するか』だ」
……どうやって応援するか。
分からない。
黒松華蓮には申し訳ないが、俺にはそれが分からない。
「私も、どこか好きなチームとかを見つけて、応援してみたいと思ってな」
「スタジアムにも行けない奴が?」
「うっ……………」
とっさに、俺は彼女を刺した。
純粋な興味を俺は、先回りして、道端で待ち伏せしていたかのように、しかも彼女の心臓を一突きするようなセリフで、刺した。
俺は、自分を責めた。
最低だと思う。
「…………」
「…………」
でも同時に、好きになる必要なんて無い、応援なんてやらなくていいとも思っている自分がいる。
離れた時の寂しさや、過ぎ去ったことへの切なさを感じたり、どうにもならないことへの怒りを覚えるくらいなら、はじめから無関心であればよかったと思う。
好きだったはずのものをくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に捨てては拾ってを繰り返すような人生を味合うことに、何の意味があるのだろう。
理解できるが、納得はしていなかった。
そんなふるまいをする自分に。
そして、そんな想いをしている自分を裏切るような、他人やチームに触れて自傷するくらいならいっそ他人事であれば良いのだと思う。
僕には、彼女に、そんな想いをしてほしくないという気持ちすら生まれつつあった。
「……でも…でも」
たったひとつ、いや、まだまだあるのだろうけれど、俺が黒松華蓮を誤解していたことは、彼女は俺のナイフなんかでは死なない、ということだ。
03
「好きなチームがあれば、応援したいひと達がいたら、私は居てもたっていられなくなるかもしれない」
……
「たしかに今はスタジアムに行くのに大きな勇気がいるが、その一歩を後押ししてくれるかもしれない」
……
「だから、まずは私が応援したい、好きになりたい。誰かを推したい。自分だけ好きでいてもらいたいなんて都合が良すぎる。私は、支え合いたい」
言葉が出なかった。
俺にとって、黒松華蓮は、とても眩しかった。
「そう……じゃあ好きなチーム探せばいいよ。いくらでもあるだろ」
「うん………そうだな。探してみる」
「見つけたら、また教えてくれ」
「ああそうする。決まったら、長町に一番最初に報告するからな」
いつも唐突な黒松華蓮が、そう、宣言した。
「はいはい、分かったよ」