「君が広く攻めるなら、私はもっと広く攻めましょう。」と微笑む君。3
序
学校。
放課後。屋上。いつもの場所。
開く扉の先に座るは、肩近くまで伸びる黒髪をたなびかせる美少女。
頭脳明晰。成績優秀。近寄り難し。心の壁。その話題以外は。
座る。隣。貫く無言。読み続ける本。
『グアルディオラ総論』
分厚く白い本と黒髪のコントラスト。ユーヴェ。
「……今日は何を読んでるんです?」
無言。無心。夢中。
「…………あら?」
「気づいてくれました?ずいぶんと夢中なようでしたけど。」
「そろそろ朗君が来るはずなのだけれど。まったく、女性を待たせるなんて気づかいのかけらもないものね。」
「いるから!華麗に無視するのやめてって!」
開戦。はじまりはじまり。
「あら!これはこれは失礼したわ。あまりにもステルスすぎて分からなかったわ。サイドバックの才能でもあるんじゃないかしら。」
「某ベガルタの25番にはなれませんよ!」
4-3-3について
「詩さん、今日なんですけど。」
「なにかしら。残念なのだけれど、夜なら空いていないわ。どうしても空けてほしいというのなら、そうねざっと200万でどうかしら。」
「200万も持ってないし。あと別に夜の予定を聞いたわけでもないんですけど…」
「そうだったの?ずいぶんと意味深な入りをしたから、ついにサッカーの話以外もディープな世界観でやるのかと思ってしまったわ。」
「サッカーだけで十分です…」
正す姿勢。
「それで、今日がどうかしたかしら?今度こそ真面目に聞かせていただくわ。」
「え?ああ、いや、今日話したいことなんですけど4-3-3で…」
「………」
「あれ僕変なこと言いました?」
溜息。
「…なんでもないわ。ほんとそういうところよね、朗君。」
「勝手に失望しないで!」
「4-3-3?4-3-3のなにが知りたいのかしら。」
「4-4-2はある程度動きがイメージできるんですけど、4-3-3ってどんな感じなのかなって。ほら、4-4-2はバランスがいいから見やすいと言うか。」
「4-3-3なら、2人のセントラルハーフとトップ下がいる方でまずはいいかしら。アンカーがいる逆三角形の方はまたあとで。」
「あれ、意外とあっさり話してくれるんだ。」
「別になにも。ちょーーーーーーーーーーーーーーっとだけムカついたから、少し真面目にお話してあげようかと思ってねえ…」
覇道。狂気。逆立つ髪。
「えええ!!!なんでなんで!!!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!」
3人のフォワード
「えーっと、まずは4-3-3の特徴を教えてください。」
「4-4-2との対比でいいかしら。まずは、FWの枚数。1トップと2ウィングの形をとっているわ。2トップとの大きな違いね。」
「そうですね。中央に2人のフォワードがいるとセンターバックからすると警戒を怠れないというか。ゴール前なので気も抜けないですよね。」
「そうね。しかも、1人がサイドに流れたりしても、1人がゴール前に残れるのが2トップのひとつのメリットになるわ。」
「でも4-3-3って、3トップとはいえ純粋に中央にいるフォワードは1人だけですよね。中央にいるのか、サイドに流れるのかって結構難しいような。ウィングはタッチラインに張っているわけだし。」
「まったくその通りね朗君。もう私がなにかお話しすることなんてないんじゃなくって。」
「いやいや、そんなことないですって。」
「そうやって、純真無垢な心優しいオタクを装って知らないふりをして清廉な女の子に近づくモテテクニックを惜しげもなく披露するなんて。教本にして売りさばいては印税で余生を過ごすつもりなのかしら。もし実現するのなら、私にも一声かけてほしいものね。」
「装ってないし!!そんなテクニックも持ってないし、どっちかというと犬走プレスで無駄に消耗するタイプだからやめて!!それにシレっとあやかろうとしないで!!」
「あら、私を実験台にしたのだから、分け前があって当然よね胴元さん。」
「どんどん人聞きが悪くなってるから!」
3トップのウィング
「そこで朗君。ウィングの出番よ。」
「おお!タッチラインギリギリに構える孤高の戦士!白線を踏んでスパイク裏を豆大福のように白くしろと言われるチームを前進させる翼!ですね!」
その言葉。湯水の如く。
「ま、まあ、これもほとんど正解ね…」
「センターフォワードが1人の分、2人のウィングがいますよね。」
「そう。その2人のウィングが相手のサイドバックと対峙することになる。そうなるとどうかしら、何が起こると思う?」
「ん?そうだなー、きっとサイドバックは裏を抜かれたくないし、まずはウィングにボールが入ったら守ろうと考えるんじゃないですか。」
第一、二話を参照。宣伝。
「ええそうよ。そうやってあなたが攻めたてるから、私はこうしてなすがままに蹂躙されて…明日からどんな顔して外を歩けばいいのかしら…」
「サッカーの話だよね!そうなんだよね!」
飛躍。飛躍の年にしたいのか。
「サイドバックが守ろうとすると、DFライン全体はどうかしら。あまり前にポジションを取れなくなってしまわないかしら。」
「そうですね…ああ、そうか!2トップならその役割をセンターフォワードがやるけど、3トップはウィングがやっているのか。そうやってDFラインが高くならないように牽制しているというか。」
「2トップが本来相手センターバックとの駆け引きで、裏に抜けたり、ボールを収めたりしていることをウィングもやろうとするのよ。」
「なるほど…」
「しかもそれが両サイドで。センターフォワードもいる。DFライン全体を攻撃するから、3トップはとても攻撃的なやり方なのよ。」
「す、すごい。戦線を拡大して、戦場をエリア全体に広げるわけですね。そうするとDF側もどうやって対応するかいうと、4-4-2ならまずは4バックが対応することになるから、今度は中盤から前線の支配力が足りなくなる、ということですね!」
「えーっと、オタク特有の早口と単語の高速エネルギー弾グミ撃ちのおかげで、あまりよくは分からないのだけれど、多分あっていると思うわ…」
ナンバー10・トップ下
「そして、上なのか下なのかよく分からないポジションについてなのだけれど。」
「トップ下のことですね…テストの点数みたいな言い方しないでください。」
「あら、テストの点数に下はなくって?」
「はいはい、暇を持て余した神々の遊びは僕の人生には一ミリも関係ないですよっと。」
「神ぐらい誰でもなれるわ。」
大胆不敵。八百万の神。
「詩さん、その言葉はたしかにこの世の理を突いているように思えるのだけれど、おおよそテストの話からは大きく逸れているということに関していえば、とても傲慢で、そして純粋です。」
神々しいやりとり。知らんけど。
「それで、3人のアタッカーを支えるのがトップ下になるわ。ライン間で受けたり、2人のセントラルハーフと強力して、中盤のエリアを制圧する。」
「3トップにも対応しなきゃいけないのに、トップ下までいたら、DFラインは相当厳しいじゃないですか。」
「そうよ。特にセンターバックとサイドバックの間にポジションを取られると、相当苦しくなるわね。」
「いやー、ほんとそうですね。誰が見るんだ。」
「まあ、私は、朗君をもっと苦しめたいと思っているのだけれど。そうね、三日三晩硫酸に漬けて首を絞めあげるなんてどうかしら。それとも、屋上から大声で思いを果たす告白を全校生徒の前でやるとか。」
犯行声明。学校企画。
「えーっとそういうのはさておいて、3人のフォワードと1人のトップ下がお互い協力することで、相手DFを恐怖に陥れるんですね。」
「そうよ。そのどちらかが欠けてもいけない。『サッカーは、ひとりではできない』のよ。私たちが普段生活しているように。」
「キタ!『宮城野原詩』節!」
人物紹介
宮城野原 詩 (みやぎのはら うた)
17歳。仙台市内の学校に通う高校生。朗とは同級生。
サッカーオタクなのは隠している。見る将。サッカーの話になる(朗との話になると?)と冗談多め、饒舌(毒舌)多め。成績がいい。普段の学校生活では無口。
国府多賀城 朗 (こくふたがじょう あきら)
17歳。仙台市内の学校に通う高校生。詩とは同級生。
やっぱりサッカーオタク。見る将。 サッカーの見方を勉強中。からかわれ上手?ツッコミ能力だけは日々向上。一応普通?の男子高校生。わりと友達はいる方(サカオタ含む)。