せんだいしろーによるサッカー分析ブログ

戦術を通してサッカーを考える。分析は我らがベガルタ仙台中心。知恵の墓場。

2018年、ワールドカップ、ロシア

■はじめに

 日本一遅い、2018年ロシアW杯振り返り、しかもダイジェスト版「日本代表編」だ。とりあえず、まとめて、再開しているJリーグに移りたい。あとこれからのブログ方針とか、標準装備として持っておきたい戦術知識、用語、概念、理論も書きたいけど、それは追々で。(あとブログに早く慣れたい!)

■W杯全体を通して

 W杯全体を振り返れば、戦術面において、特別驚くことは無かったように思われる。相変わらず、メキシコには、諸葛亮孔明がいたし、イングランドはやっぱりボールを強くぶっ叩いていた。

 例えば、今流行りの3バック、5トップ系をメインに据えるような、ポジショナルな、5レーン・6レーンを意識したチームは見当たらなかった(3バックの採用はあったので今後に期待したい。ただし、日本の3-2-5、テメーはダメだ)。一方、注目を浴びたのは、各国のカウンターで、バスケやフットサルのようなポジティブトランジションをかなり意識していたと思う。

■日本代表 有効性と限界

 では我らが日本代表は、どうだったのか。日本代表に関しては、2つの点でまとめておきたい。1つは、長い旅路が終わったこと、2つ目は、現場の力の再確認だ。

(1)12年目の旅立ち
 10年W杯以来、ケイスケ・ホンダ、KAGAWA、心が整ってる人、スーパーサイヤ人を中心に、8年かけて「自分たちのサッカー」を継続・成長させてきたと言える。彼らからすると、14年W杯に挫折して、アゲンストの風も吹いていた4年間だったけれど、何はともあれ完結させられたといった感じだろう。
 個人的には、8年というより、オシムが「日本サッカーの日本化」を唱えてからの12年間の集大成のようにも思える。ジーコショックによる日本サッカーを覆った絶望(勝手に絶望しただけなのだけれど)を払拭するため、市原から立ち上がったボスニア人がかけた魔法を信じた結果が18年W杯で出たのだと思われる。
 それ以来、「日本サッカーがあるんだ!」「日本サッカーってなんだ?」「日本のサッカーじゃ通用しない」「欧州の真似はできない」とかとかとか、「日本サッカー」というフレーズに対して、あっちこっちから弾丸が跳びまくっていた。
 結局、日本サッカーというより、「日本人プレーヤーの日本化に成功した」というべきだろう。敏捷性、スペースメイク・スペースユーズに、オシムが倒れた後も言っているリスクを冒したスプリントは、日本らしさのひとつの終着点なのだと思う(時々、というか、かなりの確率でリターン度返しのリスクスプリントもあるけれど…)。
 ただ、問題はやはり、それがあるプレーヤー次第の部分があるし、別に日本サッカー協会が総力を結集して作り上げた選手たちが体現したことでもなんでもなく、選手が欧州クラブに適合するため、あるいは名もなき指導者たちの正しい指導による成果だと思われる。
 解決に向けては、成果の具体化が必要だと思う。せいかのぐたいかって何ですか?ベスト8なのか、ベスト4なのか、W杯を5試合経験したいのか、7試合経験したいのかとかとか、結果は同じでも、規定している成果によって評価が変わる。毎回、何が達成できたらOKで、できないとダメなのかよく分からないし、正しく次に進めない。個人的には、ベルギー戦のような試合をもっと経験したい。最低でも、W杯5試合は戦いたいし、多くの日本人にその舞台を経験してもらいたいと思っている。もっといえば、Jリーグチャンピオンをねじ込みたいぐらいして、サッカー最先端でサッカーする日本人人口を増やしたい。体系的な育成というものがしばらく期待できそうにないので、もういっそ今の属人路線を強化するのが最適解なのかなと。まあそれだけじゃ、ホントはダメなんだろうけれど。

 でもやっぱり、W杯だろうが全ては勝つためにやっている。負けるのは死ぬほど悔しい。

(2)JAPAN as No.1

 もう一つ、やはり日本の強さは、現場の力ということが再認識されたということだ。
 シンゴジラで、矢口蘭堂が「日本の強さは、この現場にあります」とヤシオリ作戦で演説していたが、まさにその通りになった。ハリル解任なんて内閣総辞職ビームだし、コロンビア戦からずっと宇宙大戦争マーチが流れっぱなしだ。
 危機的な状況、制約された状況下で、日本人は「進化」して、現場が何とかしてそれを乗り越えようとする。今大会も同じのだと思う。3連敗なんて言われたなか、監督、選手がその場で微調整してGSを突破できた。でも主力がごっそり抜ける。いつまた暗黒時代になるかもしれない。俺たちの戦いはまだ終わらない!エンドであるのは間違いない。
 危機的状況を毎回作るわけにはいかないので、ポジショナルプレー概念、5レーン理論、といったきちんと概念化、体系化、理論化された考え方をメタ的に理解し、導入することが必要だと思う。現場が何とか頑張って勝つのではなく、彼らががんばらなくても勝てる仕組みを作る必要があって、その先で彼ら個人の才能を解き放ち、より良い成果が上げられれば最高にハッピーだ。要するに、せっかくの個人のがんばりをもっと別なとこに使いましょうということだ。頑張らなきゃいけないうえに、個の力も発揮しなければいけないだなんて、どこのブラックよ。

 ただトップからグラスルーツまで、それを浸透させるのには、ひとも時間も金も全然足りないのが実態だ。

■おわりに

 ということで、ざっくり振り返ったが、やることがいっぱいある。ありすぎてどこから手を付ければいいのやら。まあまずは目の前の、自分のホームクラブを見に行こうか。あれこれ考えて不安になるより、スタジアムに行って、テレビの前に陣取ってサッカーを見て、こうして文章として自分にインプットして発信していこうと思う。
 「ポジティブシンキングに客観性が付くことで初めて冷静になれる」こう言ったのはオシムだ。