蹴球仙術

せんだいしろーによるサッカー戦術ブログ。ベガルタ仙台とともに。

「流れよ僕の涙」と、少女は微笑んだ。

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とある不敵少女の超夏休み

夏。

今年も、夏が来てしまった。

「来てしまった」なのだ。僕にとってはね。

外に逃げる場所などないような、情け容赦のない暑さ。

こうして屋内の、図書室なんかにいたほうが賢明です。

ーーーまったく、どうしてこんなにも暑いのでしょう…

 

「つかさあああああああああ!!!!!!!!!」

おや?

「アンタなんで待っててくれないのよ!!!探したじゃないの!!!」

やれやれ紹介しましょう。

彼女は、僕の友人で、3年の佳景山 御前です。

いわゆる、宿敵少女といったところでしょうか。

この暑い夏にぴったりな熱血具合に、僕は少し辟易としていたところなんです。

「なんで何も言わず黙ってんのよ!!!なんか言いなさいよ!!!」

まったく。

ここは図書室ですよ。あまり大きな声を出すと、周りに迷惑というもので…

「だから無視するなあああああああああ!!!」

「おや!これは失礼。心の声だけで喋っていましたよ」

「そんな都合の良い喋り方するな!!!」

 

東照宮 つかさが経験する3年の夏。

高校最後の夏。

先輩になって初めての夏。

これは、彼女が初めて語る与太話。

 

戦術ボードに出会いを求めるのは間違っているのか

「そういえばアンタ、最近運動とかやってるの?」

運動。

昨日、家の階段を上り下りした記憶が。

リビングと部屋の移動のためですけれど。

「ええ、それはもう、バリバリとやっていますよ。息抜きがてら、ですが」

「いいことだと思うわ。私なんか、妹と弟に付き合わされて半ば強制的に外を走り回っているわ。」

受験生が、外を、走り回る?

「御前さんのお家はご兄弟が多いですからね。気苦労も絶えないのでしょう?」

「まあもう慣れたわよ。でもたしかに、今年ぐらいは少し気を遣ってもらってもばち当たらないと思うのだけれどね」

家族に気を遣うなど考えもしなかった。一人っ子の僕にとっては。

「だからこうして、夏休み中の学校の空き教室を使ってはどうかと思いまして」

「さすがのつかさよね。冴えまくり」

「意外といいものですよ。窓際の席にいるとさすがに、室内で日焼けしてしまいますが」

「たしかに。今年の夏は、さすがに暑すぎるわ……」

「だから御前さんには、ぜひ窓際最後列の人気席に座っていただきたいなと思っているんですよ」

「『だから』の前後が意味分かんないでしょうがつかさ!」

 

空き教室といっても、自習室として開放されているだけで、数教室しかない。

僕たちは、そのひとつの教室、といいますか僕たちのクラスの教室が解放されているので、普段通り足を運んだのです。

いつもの通り扉を開けて座る。

そんな何気ない行為を、習慣をしようとしたら、「それ」はあったのです。

その教室には、おおよそ似つかわしくない。

 

黒板ではなく、白板が。

 

「ちょっと…なによこれ……」

「ホワイトボードですね」

「いやそんなことは分かってるわよ。なんでこんな物があるのかってことよ」

では、なぜ初めに「なによ」と言ったのでしょうか。

この場合、「なんで」が正しい。

「それは分かりかねますが、ひとつ言えるのは、これを置いた張本人はきっとサッカーが好きなんでしょう」

「どうして分かるのよ?」

どうして。この場合、正しい。

 

「それは、これがサッカーの戦術ボードだからです」

 

青春サッカー野郎はサッカー選手の夢を見るのか

「戦術ボードって、よく監督とかコーチが持ってるあれ?」

「そうです。あれです」

「なんでこんな物がここに。誰かが、置き忘れていったのかな」

「だとすれば、『どうしてここに持ち運んだのか』という疑問が出てくるのですが、それについてはいかがです御前さん?」

「そ、それは……」

 

「僕の仮説は、ここに置き忘れたのではなく、『ここに置いている』のだと思うのですよね」

 

「どういうこと?こんなところに置く理由なんて……」

「ええ、理由までは、まだよく分からないです。ですが、ここに置き忘れる方が不自然なので、ここにあえて置いているのだと推測しているわけです」

「忘れることだってあるんじゃないの?そんな人間、完璧じゃないわけだし」

「そうでしょうか。たとえばペンや消しゴムの類なら別として、こんなサッカー戦術ボードを、ましてこんなに書き込みがされているボードを忘れるでしょうか。教室から出てすぐにでも気づくはずです。来るときにはたしかに手に持っていたボードが無いことに」

「た、たしかに」

「では五百歩譲ってこれが置き忘れだとすれば、持ち主がこれから取りに来るはずです。理由は、さっきと同様。ようするに、こんな物を忘れるお馬鹿さんはいないということです」

「じゃあ、アンタの言う通りここにあえて置いているのだとすれば、忘れ物だとしたら持ち主が取りに帰ってくるのだとしたら、職員室に届けた方がいいんじゃない?」

「仰る通りですが、後者の線が消えない以上、ここに置いておく方がベターでしょう。下手に動かして、持ち主が取りに来たときに混乱させるので」

「それもそうね……で、これは、何を書いているの?」

サッカーはするけれど、観ない、のか。

というより、スポーツを、運動を、勝負をするというだけで。

「これは、局面図のようですね。実際の試合を想定してなのか、あくまで盤上なのかは分からないですが、試合のなかの選手の配置や動きを想定して書いていると思います」

 

ボード裏を見る。

見た瞬間に分かる。

この持ち主は、出題者であり、挑戦者であることに。

「……つかさ?」

 

「……持ち主は、取りに戻っては来ません。なぜならこれは、忘れ物ではないのですから」

 

「どういうことよ。なんでそんなことが分かったのよ」

この場合の「なんで」、それは正しい。

でも僕には、『なんでこんなことをするのか』が分からない。

分からない。

部分部分を分からないようにしている。

無造作に、このボードだけを置いて、いや切り抜いて、「お前はこの問題に集中しろ」と言われている気分だ。

いや、実際にそう言われている。

 

「裏に問題が書かれています。そして……」

ボード裏を見せる。

御前さんの顔が驚きに変わる。

 

「『東照宮 つかさ へ』。つまり、このサッカー戦術ボードは、僕宛てに置かれた物です」

 

人物紹介

 

東照宮 つかさ (とうしょうぐう つかさ)

 神杉高校3年生。

 サッカーオタク。観る将。

 高身長。肩ぐらいまで伸びた髪をバレッタで束ねるスタイルに。

 一人称は僕、一人の時と朗と話す時は私になる不敵少女。 

佳景山 御前 (かけやま みさき)

 神杉高校3年生。東照宮つかさの同級生。

 自称永遠の宿敵<エターナルライバル>。

 東照宮への対抗心、闘争心で勝負し超越したいと考える普通の宿敵少女。

「君が広く攻めるなら、私はもっと広く攻めましょう。」と微笑む君。金色の夢編

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8人の乙女とたった1人の王子様

今日は、3月9日。

神杉高校の卒業式である。

国府多賀城 朗にとっては、例の一件がひと段落して、真の意味での悔いのない卒業となる。

ただ。

ただ、ひとつだけ。

あの、金色少女に、ひとつ問い詰める必要があった。

これは、北の大地へと旅立つ花嫁との高校最後の与太話である。

 

さようなら。

私の、

 

王子様。

 

卒業証書を持った少女は、ひとりの少年を探していた。

高校ではそれなりの人気があった彼女は、これもそれなりの数の友人との会話をある程度は終え、本命の友人(いやここでは友人と呼ぶべきだろう)を探しているのである。

かなり曖昧に言ったのは、正確な数が分からないというのが本音であり、鬱屈した小中学校時代を過ごした八乙女 李七にとって、非常に、飛躍的に増えた彼女の支持者である友人の数なのである。

時を同じくして、捜索対象となっている彼もまた、彼女を探していた。

でもこれは簡単である。

なぜか。

金髪の少女なんて、学校にはたった1人しかいないのである。

『たった1人』を探すことなんて、そう難しいことではないのを国府多賀城 朗だって知っている。

 

でも見つけたのは、金色の方が先だった。

彼女にとっての、『たった1人』。

 

「あーいたいた。」

朴念仁として名高い彼は、まだ彼女の接近を感知できていない。

ようするに、大馬鹿者なのである。

「朗ー!」

振り向く。

ようやく見つけた彼女との対話が始まる。

「ああいたいた李七。」

「ごめんごめん、友達とか後輩への挨拶に手間取っちゃって。」

「さすが校内一の人気者だな。」

「まあ何でも良いんだけれど。どっちかというと、東照宮の方が人気だけど。」

「たしかに。あいつは、人気あるもんな。」

「何よ。あんたもあいつの方がいいってわけ?」

たったひとりの、たったひとつになりたかった。

「いやいや!そういうことを言ってるわけじゃなくてさ!」

「ふーん。あの高身長美少女と話してる時、あんた随分嬉しそうに見えるけど。」

「そ、それはサッカーの話とかしてる時だからね!!!」

「はいはい。どうせ私は、プレミア専ですよ。」

 

喧騒を離れた音楽室。

彼女が過ごしたもう一つの青春。

「俺達、卒業だな。」

「なーんかあっという間だったわよね。」

「李七は、イギリスに行って休学している時もあったし、特にそれを感じるんだろ。」

「それもあるけれど、やり残したことばっかりだったなってさ。」

「そうなのか?結構、充実した3年間だったと思うぞ。」

悔いはあるだろう。

誰にでも。どこにでも。

でも、その悔いを少しでも減らしたい。

 

「あのさ…朗…」

「ん?なんだよ。」

「私さ…実は…」

 

その時鮮明に思い出した。

もう一人の金髪から聞いたことを。

「あーーー!!!そういえば、お前、北海道の大学に行くって聞いたぞ!!!全っっっつ然聞いてなかったんだけど!!!」

「え!!!なんで知ってるのよ!!!」

「エリーさんから聞いたぞ!」

舌打ちする。

小姑の顔になる金色。

「あ・い・つ……!」

頭の中には、「あらーごめんなさいねー李七ちゃん。」と子どもっぽく笑う母親が容易に想像できた。

 

「あんたを驚かせようと思ってたのよ!」

「なんで驚かそうとするんだよ!だから全然教えてくれなかったのかよ!」

「いいじゃないの!私からの一撃よ!気持ちよく受け取りなさい!」

「何一撃食らわそうとしてんだよ!わけわかんないことするな!」

「うるさい!!!うるさい!!!だって、あーくんと離れ離れになるから、一緒にこの苦しみを味わってもらうつもりだったのよ!!!」

「北海道だろ?そんな距離ぐらいで、苦しみも何もないだろ!!!」

「う……。それは…べ、別にそこまで苦しめとは言ってないもん……!」

「いいや言ったな!!絶対言った!!」

 

「じゃあさ……」

 

それは、昔から続く、お願いの言葉。

「じゃあさ、昔みたいにあーくんに抱き着いてもいいよね?」

「はい???『じゃあさ』の前後が繋がってないじゃないか!!」

「う、うるさいわね!!いいかどうかを聞いているのよ!!」

 

昔から、その言葉を断ったことはない。

すべてを叶えてきたつもりだった。

幸いここは音楽室。

いや、あえて音楽室を選んだとしたら、用意周到すぎだ!

 

「わ、分かったよ……ほら。」

「……ん。」

 

抱き着く。

眼下には金髪が広がる。

「……あー君も。」

「……はいはい。」

背中に手をかける。

暖かさとともに、懐かしさも蘇る。

いつの日か、この音楽室での思い出も、懐かしくなるのだろうか。

「あのさ、昔を思い出すよね。昔も、あーくんに無理言ってお願いしてたよね。」

「だって、びーちゃんがどうしてもって言うから……」

「恥ずかしかったんでしょ?こんな子からお願いされたら。」

「…ああ、ああそうだよ!恥ずかしかったよ……!」

ただの昔話。

単なる昔の話。

それでも彼女にとっては大切な思い出で、これからを歩くに必要な過去。

「今は?どう?恥ずかしい?」

誰もいない。

でも、『第三者視点の自分が覗いている』みたいなものを想像して、恥ずかしくなる。

「……は、恥ずかしいよそりゃ!」

「あいつとは、いっつもイチャイチャしてるのに?」

吹き出る。

お前は、どこで何を見ているんだ!

「あ、あ、いやそれは関係ないだろ!!!」

「しないの?」

しない訳がない。

というより、今みたいに、僕には拒否権がない。

早く常任理事になりたいけれど、その機会はこうした状況を見る限り、僕においては一生有りえないかもしれない。

 

「べ、別に…たまには……」

精一杯の見栄を張る

「………そ。じゃあ今くらいいいよね。」

「ま、まあ……」

 

「私、あーくんのこと好きだよ。大好き。ずっとこうしてたい。」

 

その言葉に、心臓が鳴る。

これは何なんだろう。

後悔。

いや、違うな。そんな後ろめたいものじゃない。

純粋に嬉しい気持ちと少しの申し訳なさもある。

複雑。

いや、違う。そう複雑だと思いたいんだな。

 

「あ、ああ……」

「大丈夫。今日で、もう振り切るから。大丈夫だから。」

その言葉が、とても、とても寂しく思えた。

僕は、大馬鹿者だ。

「ごめん……」

「いいから。だからもう少しだけ。」

「……分かった。お前が満足するまで…」

 

「『お前』じゃないよ、あーくん。」

「ごめん……びーちゃん。」

 

「あーくん、好きだよ。あーくん。」

「俺も好きだよ、びーちゃん。だから、遠くに行っちゃうの寂しいよ。」

歌詞ではなく言葉が。

音楽室に響き渡る。

誰もいない。

この世界には、僕たち以外、誰もいない。

「……どうして、こうなっちゃったんだろうね。」

「ど、どうしてだろう……」

「どうしてだろうね。」

「やっぱり、ごめん……」

「だからもういいの。もー、あーくんは昔から謝ってばっかりだもん。」

「そう……だっけか……」

「私が具合悪くなった時も謝ってた。ずっと遊んでごめんって。」

「ああそんなことも言ったか……」

「そんな毎日が『日常』になっちゃったんだよね。当たり前って、思っちゃったんだよね。」

「別にそれでいいんじゃないか……」

「良かったら、こんなことしてない。」

「たしかに……」

 

「まあいいや。今はまだしばらくこうしてたいな。あーくん。」

「いいよ。びーちゃん。」

「頭も撫でてよ、あーくん。」

「はいはい。」

 

金色に輝く綺麗な頭を撫でる。

これまでの思い出を思い出すように。

噛みしめるように。

 

自分にかけた魔法を、呪いを解くかのように。

花嫁に憧れた少女は、王子様のもとで、0時の鐘の音を聞く。

 

夢の劇場は、これで閉幕する。

 

次の舞台の開演に向けて。

 

人物紹介

八乙女・ヴィクトリア・李七 (やおとめ・ヴィクトリア・りな)

 仙台市内の学校(神杉高校)に通う高校生。

 昔の呼び名は、びーちゃん。 

国府多賀城 朗 (こくふたがじょう あきら)

  仙台市内の学校(神杉高校)に通う高校生。

 昔の呼び名は、あーくん。

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「君が広く攻めるなら、私はもっと広く攻めましょう。」と微笑む君。華劇の詩編

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華は咲き、詩になる。

3月7日の帰路。

神の出現と少年の敗北。

宮城野原 詩にとっては、新たな未来の可能性が生まれた。

今は、待つしかない。

彼を。

朗を。

 

朗の家で会った金髪の女性と別れ、私は自分の家へと帰っていた。

何をするでもない。

考えるのは、明日、私は何かしらの答えを出さないといけない。

私のためにも、朗のためにも。

 

これは、ひとりの少女、いや重い想いを持つ重力少女が、味方であり敵であり、子どもであり親であるひとりの女性と交わす与太話。

境目などなく、時に境目のあちらとこちらとを行き来し、私たちを構築するただの、

 

与太話。

 

「あら。お帰りなさい。」

家の扉を開けると、よく見た、いえ、今は少し離れているから正確にはあまり見ない顔がそこにはあった。

「……ただいま。」

兄や姉に対する言説には、様々な説がある。それも昔から。

時に絶対的な存在として立ちふさがり、またある時には人類種の敵として、私たちを打倒してくる。

でも次の瞬間には、全ての弾丸から守ってくれる大きな壁になり、降りかかる千の矢を打ち砕く剣となる。

 

少なくとも私の姉は、そんな姉だった。

姉が歩いてできた道を私は、歩いてきた時もあるし、全く無視した時もある。

そのたびに姉は、そう私の姉は、連れ戻そうとする。

大勢の軍隊を引き連れてくる時もあれば、たったひとりで、親にも内緒で来ることもある。

そんな姉を私は、理解できなかった。

親の顔も、姉の顔も、兄弟の顔も、女性の顔も、人間の顔も、悪魔の顔も持つ姉を。

でも、理解はできないが、決して嫌いではなかった。

口で言うほどは。

 

「はな姉。帰ってたんだ。」

今はひとりの社会人となったその女性との出会いに、私は少し驚いていた。

だって卒業式はまだ先だ。

「ええ。ちょうどさっきね。午後休取って会社からそのまま。あんたの卒業祝いがあるでしょ?その日仕事が入っちゃっていけないのよ。今日は、その埋め合わせ。」

「ああ、そうだったの。ごめんなさい、わざわざ来てもらって。」

私は姉のことを尊敬していたし、尊重もしていた。

憧れでは決してないが、立派な、凄いひとだなと思っていた。

「いいのよ。普段は、暇だから。新生活の買いだしとか手伝えると思うわ。」

「そう。ありがとう。」

 

「卒業おめでとう。詩。大学生、がんばりなね。」

 

姉は、とても捌けている。

そんな姉の一面に救われたし、時に驚くこともある。

「……?浮かない顔ね、どうかした?卒業がそんなに寂しいの?」

「いえ…そういうわけではないのだけれど…」

「…?」

私は、私がこの短期間で経験した、卒業する直前に体験した、抜け出すことを許されないほど惹きこまれた濃厚な進路体験について語れるのは、私が知りうる限り、こと人生の先輩でありながら少し先を歩く先輩ということに関して言えば、姉が適役とも言うべき相手だと気づいた。

 

「私は、反対よ。だってあんたどうする気?そんな現実的じゃない進路なんて。」

 

私は、私の体験を語ると同時に、神の啓示に従って、示された道を歩いてみようと言ったのだ。

『物書きになる。』

私に何が書けるか分からないのだけれど、分からないが、あの人には分かるのだ。そしてなにより、これを断れば、私は朗に対して何か不義理を果たしているような感覚があった。

朗に気を遣って、傷ついた朗に同情して、この話を断ったと思われたくない、というのが本心のところだ。

恐らく、姉はその辺りを察知して、敏感に感じ取って、本心のところを探り当てて、私が決して『積極的に』、いや、消極的にこの道を選んだということに気づいたのだ。

 

「仮に大学在学中にその、『物書き』とやらを続けて、記事を寄稿して、まあその副編集長って人の指導があったとしてそれでどうするつもりよ?」

「もし上手くいけば、いえ、あの人のことなら上手くいく。成功する。多少の挫折や失敗はあれど、遅くとも大学卒業時点では一端の物書きになれるところまで引き上げる思うわ。」

宮城野原 詩の理解については、ひとつの誤解がある。

ただ、この誤解はある意味仕方ないのないことで、この短時間の接触で「よくここまで榴ケ岡 神奈子を理解したな」と言うべきだろう。

しかし、その分、決定的な理解にまで至らなかった。

 

なぜなら榴ケ岡 神奈子なら、彼女の手にかかれば、彼女の眼に見いだされ神の啓示を受けた人間に、『大学卒業までの4年』もの時間はかからないということだ。

 

この場合、恐らくは、深層部分についてはそれを理解していたかもしれない。

でもそれをひとつ口走ろうものなら、こんな拒否反応だけでは済まない。

『大学を中退して物書き?馬鹿なこと言ってるんじゃないわよ!』

まあ概ね、こんなところだろう。

しかしそれでも、この姉の現実攻撃は続く。

今はもう、大軍を引き連れた軍団長の、彼女をお腹を痛めてこの世に産み落とした親のように、普通の世界<こちら側の生活>に引き戻そうとしている。

 

「たとえそうだとしても、そんなことが4年間も続けられるの?あんたがサッカー好きなのは良いけれど、それって商業デビューってことでしょう?そんな甘い世界じゃないし、なったとして続けられるの?」

何度もループして考えたことだ。

それがはな姉の声になって、反響したのに変わっただけだった。

「自分がやれるか試したいのよ。ダメなら諦める。逃げかもしれないけど、きちんと見切りはつける。」

「その見切りが付くまで続けられるのかを聞いているのよ。あんた、彼氏に気を遣ってこんなことを考えてるんでしょう?」

「……」

「出発地点の動機が不純だと、その後苦しむのは自分だよ?」

「分かってるわ!でも、自分の進路は自分で決める!」

「もう決まったじゃない!それじゃあダメなの?何がダメなの?急にその、副編集長に会って、彼氏がボコボコにされてそれで急に何をするっていうのよ!」

もっともだった。

分かっていることだった。

あの人に会わなければ、私はこんなことを言ってはいない。

その時点で、私の動機は、そう不純なのだ。

 

「詩ね。私、父さんと母さんのために、こっちに帰ってきたのよ。」

 

私は、姉の意思を知らない。

いや正確には、何を考えて、何を決めたのかを知らない。

東京の大学行って、就職は地元にしてって、私からしたら好き勝手やっているようにも思える。

「私ね、ずっと母さんや父さんの期待に応えたいと思ってきた。今も思ってる。いい大学行って、近いところに就職して。いえ、その前からもずっと。」

「はな姉…」

「あんたにとって、良い姉であれという期待にも。私は、私ができることをすべてを尽くしたいと思ってきた。それはでも、強制されたものじゃなくて、期待とその期待を超えたところにも行きたかった。もちろん、私がやりたいことで。必ず。」

それでも、私の姉には、何かの後悔があった。

顔の表情はその捌けた口調とは裏腹に、少し、冴えない。

「それでも、私はここまでだった。期待に応えたり、あんたを守ったり、今みたいに親の真似事をしてみたり。私がやりたいことはいつしか、『私がやれること』に変わっていたんだ。」

そんなに寂しそうな顔をしないでほしい。

私は、その気持ちを恥じた。

これが姉を、姉さんを、はな姉を苦しめていたのかもしれない。

私が期待する『姉』に。

「だから…いえ、だからどうだとは言わない。だってこれは、私の人生だから。あんたにはあんたの人生があって、私とは違う。違うけれど、少し先の人生を歩いた人間の、姉としての少し言いたいこともあるのよ。」

はな姉は、心配しているのだ。

誰の期待でもない。

私を、たった一人の妹が卒業式前に苦しんでいる。

それを見過ごせない。ほっとけない。他人行儀なんてできない。

 

だって、家族だから。

 

「今の『やれること』で『やりたいこと』を選ばない。今の『やりたいこと』でこれから『やれる』ことを増やしていきなさい。」

 

「はな姉…私…」

「『大切なひとを想い気遣う』ことと『期待を勝手に解釈する』ことは違う。まあ結局、期待なんてものは無くて、不安な自分がそれにすがっているだけかもしれないけれどね。」

私にはそのどちらも、『やさしさ』に思えた。

でもきっと違うのだろう。

それもまた、私が体験して、経験にしたい。

 

私にはまだ知らないことがある。

それを知る方法すらも知らない。

こうして、少し先を歩くひと達から、少しずつ教えてもらう。

私はそれでいいと思った。

きっと、そうきっと、朗のことも少しずつ分かるのだと思う。

今がすべての終わり、世界の終わりなんかでもなくて。

何もかもが始まるんだ。

「ありがとう。はな姉。私、分かったわ。」

「言いくるめちゃった?」

こういう姉だ。

自分の言ったことの妹への影響を気にする。

やさしさ。

「ううん。最初からがんばると大変だなと思った。もう少し、ゆっくり歩いてみようと思う。」

「そう。まあがんばってみなさいな。」

「うん。」

「でもいいなー、彼氏のためにそんなにがんばれちゃうんだもんなーーー。」

「はな姉、この前合コンとか行ってなかったっけ?」

「人類はみな不平等なのよ。」

「はな姉はもっとがんばった方がいいと思うのだけれど。」

「あーーーうるさいわ!」

「ふふふ。」

 

先に歩く者に敬意を。

後に続く者に加護を。

消えていった者に祝福を。

生まれてくる者に未来を。

 

たったひとりの姉に、

 

感謝を。

 

人物紹介

宮城野原 詩 (みやぎのはら うた)

 仙台市内の学校(神杉高校)に通う高校生。

 サッカーオタクなのは隠している。観る将。

 黒髪、肩ぐらいまで伸びた髪は変わらず。

宮城野原 華 (みやぎのはら はな)

 詩の姉。都内の大学を卒業後、仙台市内で働いている。

 黒髪ロング。 詩と違って、さっぱりと捌けている。

www.youtube.com

「君が広く攻めるなら、私はもっと広く攻めましょう。」と微笑む君。25

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詩を歌い、神はまた現れるだろう

神杉高校の前に、宮城野原 詩はいた。

約束の日。

回答の日。

現れる紅い神を待つ。

答えはーーー。

 

「待たせた。」

神が出現する。

「すみません。お忙しいところ。」

「別にいいっての。いつでも連絡していいって言ったろ。」

「完全に余談ですけれど、〆切とか諸々の本業は大丈夫なんでしょうか?」

「大丈夫なわけないだろ。お前を見つけて、こうして対面するためにどんだけ時間使ってると思ってんだ。すでに何件かキャンセルしたんだぞ。」

「それは…いや、私が謝るべきところではないですよね。」

「ん?まあそうだな。クライアントが泣いてたわ。はははははははは!」

「笑い事ではないと思うのですけれど。」

「んで。お前はどうなんだよ。私を泣かせるのか?それとも…」

しっかりと目を見るのがこの人の特徴なのだろう。

 

「怒らせるのか?」


神睨み。

でも、私の答えは決まっている。

いえ、決めてきた。

 

榴ケ岡さん。今回のお話、よく考えさせてもらいましたけれど、丁重にお断りさせていただきます。」

 

朗らかに、そして詩う。

静かにその答えを聞く、紅い神。

そして、問う。

 

「……理由は?」

 

これも静かに、ていねいに答える。

「私、自分が物書きになれるのか、自分で試してみたいんです。」

 

「ほう…」

これが私の答えだった。

「こうして、榴ケ岡さんに声をかけていただいて、正直驚いていますが嬉しいという気持ちもあります。著名な方から、自分でも知らない才能を認められたようで。発見でした、素直に。でも…」

「でも…?」

 

「でも、だからこそ、自分自身でその才能とやらがどんなものなのかを見つけたいんです。自分を試して、ダメなのか、やっぱり才能なのかを見極めたいんです。榴ケ岡さんの言うような、一足飛びでもいいですけれど、一足のなかにある挫折も成功も自分自身で踏みしめたいんです。」

 

これが私の答え。

朗。

私が出した答え。

「要するに遠回りするってことだろ?ちゃんとたどり着けんのかよ?」

「分からないです。でもそれも含めて、自分で歩いてみます。途中で力尽きたら、それは、私の才能も情熱も足りなかったってだけです。」

私にはまだやり残したことがある。

朗と。

 

朗との与太話が。

 

神が最終審判を下す。

「分かったよ。分かった。好きにしろ。」

「……はい!」

「ただし!」

「……!?」

「ただし、ちゃんと昇ってこいよ。てっぺんでいつまでも待ってっから。」

「……はい。」

「いい記事が書けたら真っ先に私に連絡しろ。いつでも取りにいってやる。そして隙あらばうちで掲載してやるよ。ははははははは!」

「だからそういうのはやめてくださいって!」

 

「まったくよお…。そういう叩き上げスタイルは、お前じゃなくて、お前の連れ<国府多賀城 朗>のスタイルだろうが。」

 

「え…?」

 

朗の?

スタイル?

「ああいう感情爆発野郎はな、叩き上げの方が伸びるんだよ。叩くたびに、まるで反発するかのように想いが爆発して、どんどんいい物を作るんだ。んで、気づいたらプロの私らが足元すくわれるってわけ。怖えぞああいうのは。」

「よくそこまで朗のことを…」

「あいつのタクティカルレポートはダメダメだがな、エモーショナルレポートの方はそれなりに面白かったぜ。それに、私は、同業にしかあんなこと言わねえよ。」

「そ、それって、朗のこと…」

「あ?あいつも、私らと同じ表現者であって、物書きであって、クリエイターだろ?せっかく何かの縁で会ったんだ。一緒に伸びてほしいって思うのは当然だろうが。それが高校生だろうが社会人だろうが関係ねえよ。私は、必要な相手に、必要なことを必要分しか言わねえんだよ。言っても意味無い奴に言っても、無駄じゃねえか。」

 

あなたは、朗を認めて。

 

「ま、口が悪いのは生まれつきのデフォだ。仕方ないと諦めてくれ。」

「悪くなければ、もっと仕事ありそうな気もしますけれど。」

「口が良くてもボンクラはごまんと居る。その逆も然り、だな。」

 

振り返り、去る。

「じゃあな。せいぜいあいつを慰めてやりな。」

「あの、榴ケ岡さん。」

「ああ?気が変わったのか?」

「そんなわけないでしょう。あの、ありがとうございました。」

深く頭を下げる。

私たちを見てくれて。

本気でぶつかってくれて。

あなたは、私たちを導こうとした。でも、私たちは、私たちの足でこの道を歩こうと思います。

 

「ふん。そういうのは、うちで記事出してから言うんだな。じゃあな。また会おう。」

 

そういうと、榴ケ岡 神奈子は消えていった。

その時、スマホが鳴る。

 

通知には、約束の場所が示されていた。

 

始まりの場所で。

高校最後の。

 

与太話を。

 

もっと広く攻めよう。君とともに。

勾当台公園

去年。

そこには、男子高校生と女子高校生の姿があった。

そして今日もその姿がある。

でもそれも、今日で、終わる。

 

私は、思い切り走った。

風よりも軽く、光よりも速く。走った。

 

ベンチに座る男の子が見える。

ずっと会いたかったあなたに、私は叫んだ。

 

「朗!!!」

 

僕は、誰よりも一番聞きたい声の方向を向いた。

ずっと会いたかった君は、一直線で、僕が座るベンチに向かっていた。

僕は、叫んだ。

 

「詩!!!」

 

 

抱きしめる。

もう何十年も会ってないかのような。

そんな悠久の時を超えたかのように。

僕たちはまた、ここで出会った。

 

「ごめん詩。俺、もう詩の手を離さない。絶対離さないから。絶対絶対…!」

「いいのよ朗。私こそ、何もできずにごめんなさい。」

「いいんだ、もう。もういいんだ…。」

 

座るベンチ。

置かれる240円。コーヒー2缶。

「そう。そんなことがあったのね。」

「だからさ、改めてなんだけれど。」

取り出す戦術ボード。

「朗?」

「改めて、僕にサッカーを教えてほしいんです。僕には、分からないことばかりなのが分かった。だから、ちゃんと、ひとつずつ分かりたい。何が好きで、何が嫌いで。どう好きなのかを確認したいんです。あと…。」

「あと?」

「あと、サッカーのこと話す時は、原点に戻ろうと思って。」

僕は、君の眼を見て言った。

「だから、また『詩さん』と呼ばせてほしい。あの時みたいに。決して、詩と距離を置きたいとかじゃなくて、サッカーの話をする時だけ。これは、僕なりのけじめのつもりなんだ。」

ええ、分かっているわ。

私は、あなたの想いが痛いほど分かる。

 

「いいわ。でも、やるからには、オタク根性丸出しでは困るのだけれど、覚悟はいいかしら『朗君』?」

 

そうか、そうだよな。

僕は、少し笑ってしまった。

「ふふ。はい!」

「ん?なにかおかしいことでも言ったかしら?私、真剣にあなたに忠告をしているのだけれど。」

「はいはい。気をつけますって!」

「もし少しでも気が緩んでサカ豚と化すようものなら、あなたの一命をもって、それを食い止めることになるのだけれど。問題ないわよね朗君。」

僕は、君のために人生を、命を懸けたっていい。

君のためなら、重い君とでもどこへでも飛んでいける。

でもここでは。

いつものやつを、ひとつ。

「ちょっと!!!僕の代償大きくないですか詩さん!!!」

 

「どうして、ウィングにボールをつけて、サイドバックと1対1を作ることが重要だと思う朗君。」

「え、えーっと。やっぱり、強力な選手で打開を図るためと言いますか…」

「まあ言いたいことは、分かるのだけれど、結局は現象にすぎないわ。もっと本質的な部分を見ないといけないわね。『現象はすべての原理から生まれる』のだから。」

「キタ!!『宮城野原 詩』節だ!!」

「だから、私を歩く『今日を生きる言葉本』扱いしないでくれないかしら。」

「それで詩さん、どんなことが重要なのでしょう?」

「まずは、ボールを前進させること、プレッシャーラインを超えること、相手陣地でプレーすることよ。」

 

私は、攻める。もっともっと。

 

「おお!まさに、パス一本で防衛ラインを無力化する光の矢!襲いかかる両翼の剣!」

 

君が攻めるから、僕はもっと攻める。

 

「翼のない鳥は、飛べない。翼があれば、私たちは、どこへでも羽ばたける。」

 

こう微笑みながら言ったのは、サッカー与太話好きな、

 

 

君だった。 

 

エンディング

 

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登場人物

国府多賀城

宮城野原

八乙女・ヴィクトリア・李七

東照宮 つかさ

 

榴ケ岡 神奈子

薬師堂 柊人

八乙女・ヴィクトリア・英梨

五橋 皐月

佳景山 御前

 宮城野原

 

せんだいしろー

 

企画・制作

 

蹴球仙術

 

作者・総監督

 

せんだいしろー

 

あとがき

  どうも、僕です。これにて、「きみせめ」終劇となります。ここまで読んでくれた方、ありがとうございました。「サッカーの解説を小説風に」を旗印に、これまで書いてきましたが、本来のサッカー解説をカジュアルに語ると同時に、「好きなものへの向き合い方」みたいなものも裏テーマに掲げていました。僕の好きな作品のひとつ「シン・ゴジラ」のカヨコが「この国で好きを通すの難しい」とか「好きにすれば」と、どうにもならない状況にある主人公の矢口に投げかけます。「不純な動機で好きになった」「好きなことに逃げる」「無理して好きでいようとする」「ほかのひとと比べて自分の好きさは大したことがない」など、自分の好きなこと、やりたいことを貫くことは難しく、ある意味才能になるのかもしれないです。それを朗や詩たちは、サッカーを語る、好きな物を語ることを通して自分たちなりの答えを探していたのかなと思います。

 実は、もともと構想していた最終回と全く違った形で書き上げました。それは、24話の最後で、朗がまた与太話がしたいと言ったことが原因です。彼がこれまで積み上げてきた物、壊された物、その再生の過程で彼が出した答えだったのです。僕は、素直に嬉しいなと思ったので、少し悩みましたが、彼が詩と昔のように語れる場所を創ってあげたいと思いました。始まりと終わりは表裏一体だと言いますが、わりかしそれっぽくなったのかなと思います。

 青春というものは、子どもと大人との間であり、あの世とこの世とを繋ぐ煉獄のようなカオスなイメージを持っていて、大人へのメタモルフォーゼを果たす儀式のようにも感じてします。そこで、かつての青春を経験した「でっかい子ども(≒大人)」が混沌を迷う子どもたちが歩ける手助けをするのかなと思います。

 さて、物語を通して最後まで登場人物たちに甘えてばかりのダメな作者でしたが、そのパワーに圧倒されたり、羨ましさも感じるところもありました。今、サッカーが日常ではなくなってしまっています。正直、こういう「サッカーがある日常」を描くことに迷いが無かったといえばウソになってしまいます。でも、せめて彼ら彼女らには、サッカーのある日常を生きてほしいし、思い切り楽しんでほしいと思い、同時にサッカーが帰って来いと祈る思いで書き続けました。必ず、サッカーは帰ってきます。今度は、僕たちの再生と反撃の物語になります。その必ず来る日を夢見ながら、この『「君が広く攻めるなら、私はもっと広く攻めましょう。」と微笑む君。』が、これからも、みなさんの日常を彩るサッカー与太話をさらに彩れる一役買えれば、これ幸いと思います。

 

 本当にありがとうございました。

 では、またどこかで。

せんだいしろー

 

すべての先へ

「これ、結構面白かったのですけれど。」

「うん?ああ、大学時代に書いた小説か。よく読んだな。」

「キャラも踊ってますし、今でも行けるんじゃないですか?」

「そんなわけないだろ。プロットも設定もめちゃくちゃで、キャラが自由すぎて。与太だよ与太。与太話。」

「今もそんなに変わらないと思うのですけれど。」

「はいはい。はいこれ、今回の原稿。」

「ありがとうございます。さすが、〆切はきっちりですね。」

「天才じゃないからさ。こういうところは、愚直にやらないと。続けることが肝心なわけで。」

「分かりましたから。」

「だってそうしないと、ちゃんと時間、作れないだろ?」

「それもそうね。さあ、行きしょう。開場してしまうわ。」

「ああ、そうだな。行こうか。」

「あーきたきた。あんたたちー!早く早く!」

「急いでください!お二人とも!」

「はいはい…!」

「また皆でサッカー観れるなんて、楽しみね。」

「ああ!楽しみだ!」

 

今日もどこかで、サッカー与太話が語られる。

 

日常に溢れる、サッカーとともに。

 

Fin

「君が広く攻めるなら、私はもっと広く攻めましょう。」と微笑む君。24

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男の戦い

3月8日。

卒業式前日。

6日から、詩とも連絡をとっていない。

このまま、卒業してしまうのか。

詩は、なんて答えるんだろう。

そんなことを考えながら、僕はまた公園にいた。

 

きっと詩は、ここを避けているな。

真っ先にここへ来てもおかしくないのだから。

昨日のエリーさんの言葉を思い返す。僕が好きなこと、僕が好きな人を思い返す。

何が、誰が、思い浮かぶのかをもう一度自分に試す。

 

そこへ現れる。

一人の中年男性。

「あ、ちょっと君。」

「ん?」

背が高く。

この人もどこかで。

「君、神杉高校の生徒だよね。ん?ああ、一応こういう者だから。」

 

Foot Lab 編集長 薬師堂 柊人

 

名刺にはそう書かれていた。

「あなた、薬師堂さん?」

「ああ。あれ、ということは、俺のことを知ってる?」

知らないわけない。

だって、対談記事を読んだから。

榴ケ岡さんとの。

「それなら話が早い。というより、もしかしてだけれど、君が国府多賀城君?」

「はい、そうですけれど。」

どうして。

「ああ、よかった。俺は、君を探していたんだ。」

 

ベンチに座る。

高校生と中年。

「すまないね国府多賀城君。いきなり話しかけてしまって。」

「いいです。それに、朗でいいですよ。子ども相手ですから。」

「ああいや子どもだからとかは…まあでも、お言葉に甘えさせてもらうよ朗君。」

「なぜ、僕を探していたんですか?」

大体の察しはつく。

「君、うちの副編集長の榴ケ岡には会ったかい?」

やっぱり。

「ええ、会いましたけれど。」

「ああ、そうか。まったく、いっつも手癖が悪いんだからあいつ。」

「あの…」

「多分だけれど、君じゃなくて、君の連れを探していたはずだ。」

「はい。そのようでした。」

 

深々と頭を下げる。

中年。

「すまなかった。副編集長とはいえ、うちの社員が勝手なことをして迷惑をかけた。俺は君に、詫びを入れたかった。」

「そんな、ことは…」

頭を上げながら。

言う。

「まあこれは中年の、しがない中年の、青春を失った大人の戯言なのだけれど、相手が誰であれ、大人は大人の対応をしないといけない。でなければ、俺は、俺のやりたいことすらできないわけなのさ。」

「は、はあ。」

「で、あいつに何言われたんだい?まあ大方察しはつくが、当ててみてもいいかい。」

「はい……」

 

「『お前、本当にサッカー好きなのか?』じゃないかい。」

 

ピタリだった。

「どうして、分かったんです…?」

「はは。俺も、同じことを初対面の時に言われたからさ。面と向かってね。」

「薬師堂さんもですか!?」

「ああ。2、3年前ぐらいだったかな。噂には聞いてたが、大した奴だなって思ってさ。」

そういう人なのか。

でも、薬師堂さんみたいな気分にはなれなかった。

「いいんです薬師堂さん。そんな気を遣われなくても。」

「あれ、もしかして朗君、俺が君を慰めに来たと思っているのかい?」

「薬師堂さんも榴ケ岡さんに手を焼いているってのは、十分分かりましたから。」

 

「それは、違うよ朗君。」

 

「……!」

何が違うんだろう。

「俺は、君に同情はしない。俺はただ、ひとりの社会人として、大人として、会社員の一人として、編集長として君に詫びを入れに来た。それ以上でも、それ以下でもない。もちろん男として同情することもできるが…それは、君の周りのひとたちにしてもらうべきだ。」

「そ、そうですよね…。」

当然だ。

薬師堂さんに、僕を気遣う理由なんて、部下がやったこと、つまりは榴ケ岡さんが僕に会話したことに対してだ。

 

「でも、これは同情でも慰めでもないが、ひとつだけ。君の書いた記事、とても面白かったぞ。最高だった。」

 

「え?」

僕はその、あっけらかんとした、パッと空が開けたような言葉にただ驚くしかなかった。

「あちこちから君の感情が滲み出ていて、途中で修正しようとした痕もある。生々しくて、痛々しくて、危なっかしい。まるで、ハイラインのサッカーを見せられている気分だった。」

「や、やめて!!!心が!!!持たない!!!」

「はは。まあ、ハイラインは冗談だとして、書いている時はきっと、この世で最も面白いものを書いているんだという無敵感、優越感、圧倒的感があったんだろうなって感じてさ。でも、書き終えて分かったのは、『書いている』という事実だけだと気づく。自分への無力感と敗北感が襲ってくる。」

「…。」

「俺たちも、同じような感情を抱きながら書いている。俺たちが感じる葛藤を君の文章からも感じることができた。」

「そんなことまで分かるんですか…。」

僕には、不思議だった。

僕はそこまで、自分の感情を文章に込めたつもりはなかった。

むしろ、いたって客観的に、冷静に書こうと努めたつもりだ。もちろんそれが、足りなかったから、榴ケ岡さんにあれだけ言われたのだろう。でも、薬師堂さんが言うほどの感情があの文章から溢れていたなんて思いもよらなかった。

 

「ま、榴ケ岡からしたら、気に食わないし面白くも無い駄文ってことなんだろうな。」

「はい…。」

「朗君。俺たちは、選手や監督じゃないけれど、サッカーに生かされて、サッカーに生きているんだ。そこで起きたことは尊重しないといけないし、俺たちの一存で歪めたりするべきじゃないんだ。ただ同時に、人々を感情のるつぼへと導く案内人でもあるんだ。」

「案内人?」

「そう。それには、俺たちが何をみて、何を感じたのかを示さないといけない。ただの試合結果や速報なら、数字情報が機械的に出てくる。これでは俺たちがやる価値がない。これはある種の人間模様であり、人間賛歌でもある。サッカーというダイナミックなうねりに巻き込まれた俺たち目撃者が、何を感じて、何を思い、人々を巻き込もうとコンテンツを作るのか。」

「人間…賛歌…。」

「そうだ。君も選手じゃない。コールリーダーでもない。俺みたいなライターでもない。でも君は君だ。君が感じたことも、観たこともすべて正しいんだ。だからこれは中年の、しがない中年の、余計な一言が多い大人のウザイ注文なのだけれど、目をつぶるなよ。歩みも止めるなよ。生きることを止めるな。生きて、君自身が語るんだ。」

 

僕にとってそれは、誰でもない僕にとても響き渡った。

僕でしかない僕にとって、これまで感じてきたことも見てきたことも、これから体験することもすべて、僕の物になるのだ。

 

「俺…俺ずっと考えていたんです。このままでいいのかって…。」

「何がだい?」

「昔みたいな純粋な気持ちで、今も、楽しさとか発見とか面白さをちゃんと感じ取っているのか、語れてるかって思ってて…。正直、展開が似たような試合だと興味が薄れるのを感じます。『分かっているからこそ、その瞬間を楽しめなくなってきている』というか。こんなんじゃダメだって、好きなサッカーへの向き合い方としてダメだなって思っていて。そうしたら、榴ケ岡さんに出会って、あんなに言われて…。『お前は、何にも分かっていないんだ』って言われた気がして。悔しくて、恥ずかしくて…。こんなにサッカーが好きで向き合っている人がいて、俺は結局何も分かってなかったじゃないかって…。」

僕は、一呼吸も止まることなく、すべてを吐き続けた。

この半年ぐらいため込んでいたエネルギーのすべてを吐き出した。

自白。

懺悔とでも言うべきか。

 

 

薬師堂さんは言う。

「それでいいんだよ、朗君。」

「え?」

「それでいいんだ。試合がつまらない?面白くない?結構!それだって、興味や関心のひとつだし、君が感じた大事な感情のひとつだ。大切にするべきだし、尊重するべきだ。そういうひとつひとつの欠片を集めて大切にしまっておくといい。君にとって、何がつまらなくて、何が面白いのか。それが君自身の個性になる。俺も、榴ケ岡でも語れない、君にしか語れない話が出来上がるはずだ。」

僕にしか語れない話。

それは、喜劇だろうか。悲劇だろうか。

物語なのか、短編小説なのか。

 

与太話なのだろうか。

 

「本当にこれでいいんでしょうか…。」

「最初の気持ちを大切にしておくのはいいことだ。でもだからといって、ずっと同じであるわけじゃない。時に変わり、時に戻る。そうやって、君の個性や人格が強化され形成され、君の血肉となるんだ。」

「それはサッカーを通してもでしょうか…?」

 

「もちろんさ。君は、サッカーを通して、サッカーを語ることを通して、これまでも成長してきたしこれからもきっと大丈夫さ。こうして、『』は生まれてきたんだ。」

 

「僕が生まれた…。」

僕は、どんな風に生きていくんだろうか。

それは、僕が決める時間も未来もある。 

間違いだらけでいい。失敗だらけでいい。

これまでがそうであったように、これからも。

「ま、これは中年の、しがない中年の、若さなんて失った大人の戯言なのだけれど、続けるんだ。朽ち果てるまで。愚直に。誰に何と言われようと。」

「……はい!」 

大好きだと思うサッカーと感情を抱いて。

進み続けるしかないんだ。

 

「じゃあ、俺は帰るから。卒業おめでとう朗君。20歳になったら、呑もうぜ。」

立ち上がる中年。

僕は、言わないといけない。

この、今の感情のままに。

それを過不足なく。

「あの!薬師堂さん!」

「ん?」

「今日は、ありがとうございました!これからも、サッカー…観ます!語ります!」

中年は少し振り向き。

少し微笑み。

 

「サッカーって、面白いよな。これからもがんばれよ。」

 

僕に分かるのは、僕は何も分からないということだ。

ただ、サッカーが面白く、大好きだという感情があるのは間違いない。

そして、僕には、サッカーを語ることができる。

僕は、これからもサッカーをずっと好きでいたい。ずっと語っていたい。

何度間違えても、何回失敗しても、ずっと続けたい。

 

ただの与太話かもしれない。でも話さなければ、与太にすらならない。

だから僕には、ひとつ、卒業前にやらないといけないことがある。

 

僕だけができなかった、君との、

 

与太話を。

 

人物紹介

薬師堂 柊人 (やくしどう しゅうと)

 Foot Lab編集長。中年。 

国府多賀城 朗 (こくふたがじょう あきら)

 仙台市内の学校(神杉高校)に通う高校生。

 サッカーオタク。観る将。 サッカーの見方を勉強中。

「君が広く攻めるなら、私はもっと広く攻めましょう。」と微笑む君。23

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3月7日の喫茶

榴ケ岡 神奈子ですか…」

「なによあんた。知ってるの?」

「ええ。業界じゃそこそこの有名人ですよ。」

「業界?」

スポーツライターにして、コラムニストであり、エッセイスト。スポーツ関係を中心に寄稿した記事は、幾千と知れず。今は、サッカーを活動の軸足を置いて、骨太サッカー専門誌『Foot Lab』の副編集長。政治、文化系を中心に選ばれる『時代の先を行くライター100選』に唯一スポーツ分野から選ばれた新進気鋭のライターですよ。」

「ま、まるであらかじめ紹介文を用意していたかのようね。」

定期購読。

なんて今の状況では口が裂けても言えない。

「いえいえーおじさんがそっち系の業界なので、嫌でも話を聞かされるんですよー。」

「ふーん、なんか怪しいけど。」

さすが、金色。

「それより、そんな人がどうしてわざわざお2人に会いに来たのでしょうか。」

「そうよ宮城野原詩。どうしてよ。」

「……2人というより、私ね。あいつの目的は。」

重い重い重力に引かれた口が開かれる。

「どういうことよ。どうしてあんたなんかに…」

 

「あいつ、私にライターに、いえ、何でもいいから物書きになれって。なり方が分からないならスタートからゴールまで教えてやるからって。」

 

衝撃。

「な、な、なによそれ!!!」

「凄いですよ宮城野原先輩。一流のライターに直々にスカウトされったってことじゃないですか。」

「…なにが凄いのか分からないのだけれど。」

「物書きなら誰だって憧れると思いますよ?」

「…なら私は、その『誰だって』には入ってないってことね。」

宮城野原先輩…」

「あいつが私をスカウトしようが、どこかで死んでようが、幸せな人生を送ろうが一向にかまわないし、この世界が滅んでも私と朗の幸せが保証される以上は、全くなんの興味も、これっぽっちも湧かないのだけれど、あいつが朗を傷つけた事実は変わらない。」

重い。

「ふふ。朗先輩がいたらきっと『ちょっと!!!さらっと世界を滅ぼすのやめて!!!』って言ってるでしょうね。それでその…朗先輩は、大丈夫なんですか?」

「家には居るみたいなのだけれど、出てきてくれはしないし、連絡しても返事が返ってこないわ。」

「そうですか…」

「朗…」

 

はああああ…。もうマジ無理なんですけど…

 

「「え?」」

重力が突っ伏しながらつぶやく。

「もうマジ無理限界。朗がいないと死んだのと同じじゃない。世界が灰色よ。宇宙<そら>が降ってきたわ。もうこんな世界に何の価値もない。さっさと、隕石でも、コロニーでも、アクシズでも、あっ!アクシズは隕石か…。なんでもいいから降ってきて滅びてほしいものね。そうでないなら、私が直々にこの手で滅ぼしてやろうかしら。その準備はできているし、いえもう実は滅ぼし始めてるわ。はあ無理。あー辛い。しんどい。生きるのがつらい…」

黒いオーラ。

というよりただの女子高生。

あと、ちゃっかり滅ぼし始めるな。

「あんたそれ、ただのノロケじゃないよ…」

 

一応、家の前には来た。

でも、インターホンを押す勇気はない。

今の時代、彼氏の家に凸るなんて。

 

誰かが出てくる。

金髪?

 

「ん?」

会釈をする。

どこかで見かけたことがあるような。

「あらー朗君のお友達かしら?」

「え、ああ、えっと、そんなところです。」

「ふーん。そういうことねー。朗君は、そういうのがいいんだー。」

「あのえーっと…」

「あーごめんごめん。朗君ならお家にはいないわよ。」

「そうなんですか…」

金髪は去ろうとする。

その去り際。

 

「あなたがちゃんと朗君についてあげなさいね。あなたが世界で一番、彼のことを愛しているのなら、愛し尽くしなさい。」

 

「………え!?」

 

「親なんて言うものはね…」

どうして分かるのか。

「親なんて言うものはね、友達の子どもも可愛く見えちゃうものなのよ。」

「そういうものなんですか…」

「そう、そういうものなの。」

 

そうして手を振って、金髪は去っていった。

向かうべき場所へ。 

 

きっと乙女と薬師が道を示すだろう

自然と足が向いた。

勾当台公園

 

詩は、いない。

なぜだか今は、安心してしまった。

昨日の今日で、どう接してあげれば良いのか、僕には分からなかった。

 

「お前本当にサッカーのことが好きなのかよ?」

 

その言葉だけが、僕の頭のなかに反響している。

バケツを被ったように。

反響する。

 

「やあやあ、朗君。」

振り向くと居たのは、見慣れた顔。

「え、エリーさん!?」

「あらー?まだそっちで呼んでくれるんだー。朗君は。可愛いぞー。」

頭を撫でる。

「ち、ちょっと!やめてくださいよ!もう大学生になるんですよ?」

手を離す。

少し不貞腐れたように。

「親なんてものはね。」

あの台詞。

「親なんてものはね、いつまでも子どもは子どもなのよ!」

今度はぐしゃぐしゃと。

そして抱き着く。

「このこの!なーに可愛い彼女なんか作っちゃって!うちの李七ちゃん、可愛くなかった?まあ、少し小姑っぽいけれど。」

「ち、ち、ち、違いますよ!!というか、ど、ど、どうして!」

「んー?李七ちゃんから聞いたわよー。朗君には、可愛い可愛い彼女さんがいるって。」

「あ、あいつ!!」

「だからね、私、李七ちゃんのこと沢山慰めてあげたんだよー。」

あながち間違いではない。

言い過ぎだけれど。

「そ、そそ、それはえーっと、なんと言いますか…」

「はいはい言い訳は署で聞きまーす。」

「い、嫌ですよ!あとさらっと言ってましたけれど、顔まで知ってるんですか!?」

それは知らない。

さっき知った。

「親なんてものはね、何でも知っているのよ。」

 

「エリーさん、どうしてここに。」

「お母さんから聞いたよ。ふさぎ込んでるようだって。卒業式前に、何センチメンタルになってるのさ。」

「い、いやそれは…」

 

榴ケ岡さんに何か言われたんでしょ。」

 

どうしてそれを。

僕の。

僕だけのそれを。

「まあこういう仕事してるからさー、彼女からの仕事も受けたし、それなりには連絡とってたりするのよねー。その時さ、あなたのこと、聞かれたのよ。」

「え…。」

「さすがにさ、どうやって知ったのかは分からないのだけれど、本人曰く『世に出回っている情報から合法的に』って言ってたけれどどうなのか。ま、その時は、適当に濁しておいたんだけどねー。」

「そうなんですか…」

「でもその様子だと……会っちゃったか。」

「はい…。」

もうエリーさんの前で嘘はつけない。

僕のもう一人の母親みたいなものだ。

「まーあの人はねー、大人のなかでもエキセントリックなひとだから。悪い人ではないのよ。」

「それが分かるから、こうして落ち込むんじゃないですか。」

本心だった。

多分、榴ケ岡さんは、見てきたものも、感じてきたものも段違いで、表現してきたものだってそう。

だから、僕にはあの言葉がただの罵声ではなく、いちサッカーファンからの問いにすら思えた。

 

「朗君さー、どうして今の彼女さんのことが好きなのかなー。」

「ななななな何を言って!!??」

唐突に。

からかうのにもほどがある。

「その人を好きになって、その時の感情のまま、今でもいれるのかなって思ってねー。」

「それは…」

楽しい。

詩と話している時が一番。

サッカーのことでも、そうでなくても。

これから?

これからもそうだ。

そのつもりだ。

 

「『サッカーを好意的に観ている自分』が好きなんじゃねえの?」

 

本当に好きなのだろうか。

「分からないよね。」

「え……?」

「ごめんね。大人って意地悪だからさ、分からない問を出したりするものなのよ。」

「……。」

「これからのことなんて分からないよね。今ですら、最初の気持ち、変わらずいるかなんてどうやって証明しろって感じだよねー。」

そうだった。

僕にはその自信がない。

大事に思えば思うほど、下手なことは言えない気分になる。

「でもそれでいいんだよ。『分からないことは分からない』で。どこまで分かっているのかをきちんと分かっていればそれで。」

どこまで分かっているのかを分かる。

「そういうものなんですか…。」

「そう。そういうものなの。」

これから分かってくるものなのか。

「だからね朗君。あなたが好きだ!と思ったことは本当に大事にするの。それを忘れさえしなければ、どこで、どんな形であっても、好きでいられるから。」

「……はい。」

「私だって、李七ちゃんが北海道に行って寂しいけれど、でもだからって大好きなことには変わらない。今の状況に合わせた好きを貫くつもりよ。」

「あいつ!!北海道に行くんですか!!??」

初耳だった。

「あらそうよ。あ、まじーことしたかな。あの子、こういうこと隠してそうよねー…」

「まあいいです。今度問い詰めますから。」

「ほんと、朗君は優しいよねー。李七ちゃん、いっぱい助けてもらっちゃって。感謝しているのよ。」

それは、僕にとって、優しい行為なのだろうか。

至極当然のように、僕は李七と過ごしていた。

 

好きはいつの日か、日常になっていくものなのだろうか。

 

「じゃ、この辺で。ごめんね、物思いにふけっているところ邪魔して。」

「いえ、別に構わないですけれど。」

 

「サッカー、嫌いにならないでね、朗君。」

 

僕は、その言葉の意味がよく、分からなかった。

いや、正確には、字面だけを捉えるなら、よく分かる言葉ではあったのだけれど。

僕がサッカーを嫌いになる日が来るのだろうか。

詩を嫌いになってしまう日が来るのだろうか。

 

そんなことを想像しながら、僕は帰路についた。

想像だけで寒気がして、鳥肌すらたったのだった。

 

人物紹介

宮城野原 詩 (みやぎのはら うた)

 仙台市内の学校(神杉高校)に通う高校生。

 サッカーオタクなのは隠している。観る将。重力少女。

 黒髪、肩ぐらいまで伸びた髪は変わらず。

八乙女・ヴィクトリア・李七 (やおとめ・ヴィクトリア・りな)

 仙台市内の学校(神杉高校)に通う高校生。

 サッカーオタク。見る将。マンチェスター・ユナイテッドファン。金色少女。

 金髪ツインテール。 赤いリボンは変わらず。

東照宮 つかさ (とうしょうぐう つかさ)

 仙台市内の学校(神杉高校)に通う高校生。2年生

 サッカーオタク。観る将。不敵少女。

 高身長。一人称が僕。髪は肩ぐらいまで伸び始める。

国府多賀城 朗 (こくふたがじょう あきら)

 仙台市内の学校(神杉高校)に通う高校生。

 サッカーオタク。観る将。 サッカーの見方を勉強中。

八乙女・ヴィクトリア・英梨 (やおとめ・ヴィクトリア・えり)

 英国生まれで作家として活動する李七の母親。

 普段は黒髪に染めているが、「気合入れてかかる」時だけ金髪にするらしい。

「君が広く攻めるなら、私はもっと広く攻めましょう。」と微笑む君。22

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ミシャ式、変則3バック

「あとは、ミシャ式ね。」

「ミシャ式?」

「ええ。正式名称は、『ミハイロ・ペトロヴィッチ式ビルドアップ』。3バックをベースに、セントラルハーフの選手がひとりセンターバック間に降りる。それに呼応して、センターバックの両脇がサイドバックのように広がって、4バックのように『可変』するビルドアップのことよ。」

「なんだかややこしいわね。ビルドアップに、そんなに手数をかけないといけないわけ?」

「『可変』することの目的は、相手のプレスを外すことにある。ですよね宮城野原先輩?」

「そうね。守備の大原則は、近い距離で狭く守ることにある。ミシャ式は、下がったり、広がることで、相手のプレスを分散させることができるわ。」

「可変、可変って、ロボット物か何かなわけ?」

「可変は、大事よ八乙女さん。あなたのように、向こう見ずな一直線ドリブラースタイルでも良いのかもしれないのだけれど、相手を観察して変化することはとても重要なことだと思うわ。」

「誰がゴリゴリドリブルで真正面からディフェンスに突っ込んでいくゴリブラーよ!そうじゃなくって、そのオタク感満載の呼び方なんとかならないのってことよ!」

「あらいいじゃない。カッコいいでしょ?」

「どこが!」

ロマンだな。

呼び方は。

分かるぞ、その気持ち。

 

パイルダーオン!

だな。

 

「しかも、守備の大原則が狭く守ることなら、自分たちで広がっちゃって、守る時はどうやって守る気なのよ?」

戦いの火ぶたは、時として、不意に訪れる。

 

「……ボールを奪われなければ攻撃されないわ。」

「そんなこと1億パーセントありえないっつの!」

 

開戦。

(ブツブツ)…そもそも、奪われないようにする仕組みづくりこそ、守備的な考えに基づいた極めて論理的かつ実践的な考え方だと思うのだけれど…『まずは相手がボールを持って』なんてことを想定してなんて…まあ、まあ分かるわ…気持ちは!でも、それがサッカーをすることになるのかしら…ボールポゼッション率80%をあくまで目指すべきよ…というか、エリア支配、良いポジショニングにはボール交換は必須で、自然と保持スタイルに傾倒するに決まっているのよね…(ブツブツ)

(ブツブツ)…机上の空論みたいなことを言い出すのよねポゼッション主義者は!80%もありえないっつの…そもそも、カウンター系が守備的だという批判は間違っているというのに…いうならば戦術的だと言うべきで、あんたみたいな人種が本来大事にするべき戦い方だというのに…まあいいわ、たしかにボールを持たないことを前提にするのは悔しいのだけれど、でもそれが何?最後は、ボールを強くぶっ叩いて、ゴールネットに突き刺すことには変わらないでしょ?それがボールを奪った後の4秒カウンターってだけじゃない…(ブツブツ)」

宗教戦争かよ。

いや、イデオロギー紛争?

「いやー喧嘩はよしてください。僕は、ポゼッションでもカウンターでも、どちらでもイケる口ですよ。だって、最後は、そのどちらも使って…僕が勝つんですから…

4つの目が不敵を睨む。

不敵は、不敵に微笑むだけ。

オールラウンダーが最強ということか。

今時、どちらも使えておけ。

 

「少し話が脱線したのだけれど、3バックといえば、変則的な形もあるわね。」

「また可変なの?」

「うーん、少し違うかしら。例えば、片側のセンターバックが離れて、サイドバックのようなポジションを取ったり、そこにGKを加えたりね。」

「近い距離と遠い距離にセンターバックがいることで、さっきのように『広がったままどうやって守るのか?』について、中庸のような形で対策しているわけですね。」

「そうね。あとは、やはり前提であるプレスを分散させることにもなる。たとえば、サイドハーフがプレスをかけるにしてもあまりにも距離がありすぎて、時間を与えてしまうシーンが見られるわ。」

「け、結構やっかいなのね。」

「ええ。4バックであっても、片方のサイドバックが上がらないので、擬似的な3バックになったりするのだけれど、それとも微妙に違くて。やっぱり、誰が誰を担当しているのかが最初にあって、それを外すってことが肝なのよね。だから、嵌る前に外してもあまり効果的ではないの。」

 

その時、スマホに通知がきた。

与太話の終わり。

終わりの始まり。

 

神の啓示

学校の校門には、少年少女と大人がいた。

大人の髪は紅く艶やかで、長かった。

黒髪との対峙が続いていた。

「はい?」

「なり方も、成功の仕方も分からないなら、私が0から100まで教えてやるよ。」

「それってどういう?」

「全然書けねえ絶望から、全てを成功に収める栄光まで、全部私が叩き込んでやる。だから、今すぐ記事を寄稿しろ。」

「何を言っているの?そんな急に。」

「ほら、来月出る特別号だ。お前が魂揺さぶられたフットボールについて書け。」

企画書を見せる。

有名な記者、作家、ライター、ブロガーの有象無象がそこにあった。

「ちょっと、こんなこといきなり言われても…」

「お行儀よく書こうとするな。お前は、お前が書ける全身全霊をこれに捧げろ。安心しろ。私が見てやる。」

「ちょっと…聞いてる?」

「だがこれは一応仕事だ。少しは真面目に書け。納期と質は最低限担保しろ。それがお前に課す最低条件だ。分からないことがあれば私に聞け。」

 

「いい加減にして!!!」

 

 耐えられない。

なぜ、こんなにも言われるのか。

「なんだ?ビビってるのか?」

「そういうことじゃなくて…!」

どうして。どうしてなの。

朗…

「朗!これってどういう…」

伏し目がちで何も語らない。

「今すぐ答えが出ないっていうなら、また後で連絡寄こせ。ほら、名刺だ。」

名刺。

名刺を出してまで、私に書いてほしいとでも言うの?

「24時間連絡可能だ。いつでも連絡よこせ。ただし…」

「……?」

「3月8日までだ。それまでに何かしらの答えを私に連絡しろ。」

去ろうとする紅い神。

 

「待ってください!!」

 

紅い背中に、小さなサカオタが叫ぶ。

 

榴ケ岡さん…俺の記事…俺の記事のどこが、どこがダメだったんですか…?詩が良くて、俺がダメだった訳を教えてください…!」

 

振り向く。

神は、静かに見つめる。

そして、静かに問う。

 

「お前本当に、サッカー好きなのか?」

 

やめろ。

 

「お前がサッカー好きなのってさ、別にサッカーだからとか関係なくて、サッカーを観ること自体に意味を見出してんじゃねえの?」

 

やめろ。

 

「それってさ、サッカーが好きなんじゃなくて、『サッカーを好意的に観ている自分』が好きなんじゃねえの?」

 

やめろ。

 

「お前の文章は、誇張表現が多い。典型的なオタク野郎が勝手に盛り上がってるだけだ。本当にそう思ってんのか?本当に試合観たのか?そういう疑問が先に来るんだよお前の記事は。いらねえのに、下手に盛り上げようとして、ダダ滑りしてるだけじゃねえか。」

 

やめろ。

 

「そんなサッカー好きならよ、良い悪いは別として、居てもたってもいられずスタンド行っておけよ。ブログとか書いてる場合じゃねえだろ。じゃなきゃきちんとアナライズした文章にするんだな。お前の狭量な世界観を垂れ流してどうする?」

 

やめろ。

 

「ここに来る前にも言ったけどな、つまんねえ文章書いてんじゃねえよ。お前はもっと自分に向き合うんだな。人間、向き不向きがあると思うぜ。」

 

「もうやめて!!!」

 

叫んだのは、重力の方だった。

「もういい加減にしてよ!何のつもりでこんなんことを言うのよ!」

沈黙。

少年にはもう、何も残っていなかった。

「いいか宮城野原、さっきのこと忘れず連絡しろ。待っている。」

今度こそ去る。

紅い神は、全てを焼き払っていった。

 

「あ、朗…大丈夫…?」

手を取ろうとする。

「帰りましょ…何ならどこか寄り道でもして…」

振り払う。

手。

 

「………独りで帰れる。」

 

そう言うと少年は、孤独という寄り道を歩いていった。

 

人物紹介

宮城野原 詩 (みやぎのはら うた)

 仙台市内の学校(神杉高校)に通う高校生。

 サッカーオタクなのは隠している。観る将。

 黒髪、肩ぐらいまで伸びた髪は変わらず。

八乙女・ヴィクトリア・李七 (やおとめ・ヴィクトリア・りな)

 仙台市内の学校(神杉高校)に通う高校生。

 サッカーオタク。見る将。

 今は金髪ポニーテール。 赤いリボンは変わらず。

東照宮 つかさ (とうしょうぐう つかさ)

 仙台市内の学校(神杉高校)に通う高校生。2年生

 サッカーオタク。観る将。不敵な女。

 高身長にショートヘアで一人称が僕。男女問わずの人気がある。

国府多賀城 朗 (こくふたがじょう あきら)

 仙台市内の学校(神杉高校)に通う高校生。

 サッカーオタク。観る将。 サッカーの見方を勉強中。

榴ケ岡 神奈子 (つつじがおか かなこ)

 Foot Lab副編集長。

 紅い髪の女。物書きの神に近い存在と呼ばれる。