蹴球仙術

せんだいしろーによるサッカー戦術ブログ。ベガルタ仙台とともに。

「君が広く攻めるなら、私はもっと広く攻めましょう。」と微笑む君。21

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「最後の問題」

僕は、少し急いでいた。

詩や李七、東照宮たちが、楽しい楽しいサッカー話をしていると言うのに。

もう少しで、僕たちの高校生活が終わる。

この道も、風景も、いつか昔の思い出となっていましまう。

 

僕、国府多賀城 朗は、無事に大学受験を合格という形で終え、何の憂いもなく卒業式に臨むのだけれど、3月9日の卒業式前に少し、感傷に浸ってしまった。

悔いはない。

けれど、この機会が唯一の悔いになるかもしれない。

詩はともかく、李七や東照宮にも用事があるのだろうしこの時間を大事にしたい。

 

その時、僕は二度、その人を見てしまった。

紅い鮮やかな髪。

紅い眼。

僕は、その人に見覚えがあった。

 

「あ……」

つい、声が出る。

 

その人が僕に近づいて来るのだから。

 

そして、僕の前で止まる。

 

「あ、あ、あの…」

 

「お……」

 

「お……?」

 

「お前が国府多賀城 朗か?」

 

どうして、僕の名前を知っているんだ。

どうして、僕だと分かった?

「ええ、そうですけれど。」

僕は、この人を知っている。

だから、答えた。

 

「お前を探していた。」

 

探していた?僕を?なぜ?

「あ、あの、もしかして、人違いでしたらすみません。」

確信があった。

榴ケ岡 神奈子さん、ですよね?Foot Lab副編集長の。」

だって、雑誌の対談を読んだから。

 

「ああ、そうだ。」

 

「ああやっぱり!あの、Foot Lab毎月読んでます!まさか、こんな形で出会えるとは!」

まさかこんなところで本人に会えるなんて。

「あ、えーっと、どうして僕を探していたんです?何か用事でも…」

思い当たることはない。

「もしかして、紙面オファーですか!なんかのきっかけで僕のブログが読まれてそれで…。」

 

宮城野原 詩を探している。どこだ。案内しろ。」

 

え?

この人は、今、詩の名前を。

 

「お前、同級生なんだろ?連絡先ぐらい知らないのか?じゃなきゃ知ってる奴を教えろ。私は、あいつに用がある。」

 

榴ケ岡さんが詩に用がある…

どうして?

 

「いや、あの、知っていますけれど…。」

「なんだあ?知らない大人には、教えられないってのか?これだから最近の高校生ってやつは…。」

「ああ、いや、そういうわけじゃあ…。」

名刺。

大人と大人とが交わす、挨拶。

「ほら名刺だ。それでいいだろ。それを宮城野原に渡しておけ。」

分からない。

名刺を出すほどに探す理由が。

「あの…どうして、詩に何の用が…。」

 

「お前は、聞かない方が身のためだと思うけどな。」

 

どういうことだ。

どうして、榴ケ岡さんが詩を探している理由を聞かないことが、僕のためになるというんだ。

「いえ、一応理由を聞かせてください。本人の連絡も、本人への案内もそれで決めたいですし。」

「チッ…しょうがねえなあ…。」

僕は、その後の会話をあまりよく覚えてはいない。

ただひとつ、特段覚えていることと言えば、その話は僕にとって悔いが残る話だったことだ。

  

神との戦い

「じゃあ、また卒業式で会いましょう。」

「それまで風邪引くんじゃないわよ!」

宮城野原先輩、今日はありがとうございました。」

別れ。

スマホに通知。

「(朗から…学校の正門で待ってて…?)」

 

数分後。

紅い神とともに現れる。ひとりの少年。

「朗……!」

喋らない。

どうしてか、彼は一言も発しない。

近づく、紅い神。

「あの…どちら様でしょうか。」

 

「私は、Foot Lab副編集長の榴ケ岡 神奈子だ。宮城野原 詩だな?」

 

「ええ、そうですけれど…。」

 

「単刀直入に言う。お前、ライターになれ。じゃなきゃ何でもいい。物書きやれ。」

 

人物紹介

宮城野原 詩 (みやぎのはら うた)

 仙台市内の学校(神杉高校)に通う高校生。

 サッカーオタクなのは隠している。観る将。重力少女。

 黒髪、肩ぐらいまで伸びた髪は変わらず。

八乙女・ヴィクトリア・李七 (やおとめ・ヴィクトリア・りな)

 仙台市内の学校(神杉高校)に通う高校生。

 サッカーオタク。見る将。マンチェスター・ユナイテッドファン。金色少女。

 金髪ツインテール。 赤いリボンは変わらず。

東照宮 つかさ (とうしょうぐう つかさ)

 仙台市内の学校(神杉高校)に通う高校生。2年生

 サッカーオタク。観る将。不敵少女。

 高身長。一人称が僕。髪は肩ぐらいまで伸び始める。

国府多賀城 朗 (こくふたがじょう あきら)

 仙台市内の学校(神杉高校)に通う高校生。

 サッカーオタク。観る将。 サッカーの見方を勉強中。

榴ケ岡 神奈子 (つつじがおか かなこ)

 Foot Lab副編集長。

 紅い髪の女。

 

【スペーシングが】もしもバスケを一ミリも知らない人間がプリンストンオフェンスを観たら【世界を救う】

はじめに

 どうも、僕です。最近は、密集大好き飛沫が跳梁跋扈する世界になって、自粛大合唱状態でまともにサッカーの試合を観ていないです。早くあの有象無象の悪鬼羅刹の百鬼夜行どもが渦巻く天上天下のスタジアムに行きたいです。

 さて今回は、バスケからサッカー戦術を探ります。テーマは、プリンストンオフェンスです。プリン?何それ?というサッカーにはおおよそ馴染みのない単語ですが、僕も全く馴染みがないです。きっかけは、バスケの「スペーシング」という「味方を孤立させず、邪魔せず、相手1人に2人守らせない動作」をサッカーにも当てはめてみているところからです。詳細は、僕もよく参考にさせてもらっている記事を参照ください。

footballhack.jp

goldstandardlabo.com

 

サッカーファンが語るプリンストンオフェンス

 そして、今日の題材はこちら。1時間の長めのプレー集ですので、お時間あればぜひ。僕は、3周ぐらいですが、すぐに見ることができると思います。バスケのことは一ミリも知らないですが、さすがに「安田にボールを集めて一本じっくりいく」ぐらいは知っています。冗談はさておいて、本当に分からないのですが、サッカー的な目線で見ても十分に面白いですし、なにより色んな発見があります。

 今回の主旨は、僕が面白いと思ったあるプレーを取り上げて、それを解説していく感じの記事です。バスケについて語るには知識も経験も無くて(高校の体育で死ぬほど疲れたのと摩擦で足がアレした思い出しかない)、ただただ失礼にあたるので、動作というか人間の動き的な部分に注目してサッカーでも共通項や類似性があれば面白いなと思っています。前置きがモウリーニョのカウンター並みに長くなりましたが、では、レッツゴー。

www.youtube.com

 

チームで連動する。それがスペーシング。

 動画の時間で、39分51秒。今回の分析の主役は、「白の4番」。4番という背番号に、サッカーファン的には何か胸熱なものを感じる。

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 状況的には、白の7番にボールが渡り、もともとボールを持っていた選手が青の6番後方にあるスペースにオフボールランを繰り出そうとしている。この時、白の4番は青の6番にマークされているがスペースに走り込まず停止している。スペースに走ればマーカーを引き連れることになってスペースを潰すためである。スペーシング三原則のひとつ「味方の邪魔をしない」だ。止まることで、味方を助けるのである。この時点で、白の4番には並々ならぬスペーシング能力があるように見える。

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ここで白の4番がスクリーン?プレーで、味方をマークするマーカーの進路を妨害する。青の6番がマーク役を引き継ぐ形に。そうなると、白の4番に少しだけ空白の時間が生まれる。

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 味方のバックドアカット。青の6番後方のスペースへのオフボールランへは、マンマーキングで対応。青の6番は、そのまま白の4番へのマーク役を継続。白の4番は、止まったまま相手と2対1を作った形になる。恐ろしい。そして、自らは、「相手が作った」スペースを使う。大外のホルダーを助けるために。スペーシング三原則「味方を孤立させない」だ。

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 青の6番のチェックも速かったが、白の4番がボールをホールドすることに成功。合わせ技で、白の7番は白の4番方向にオフボールランする。マーカは、マークするとなると進行方向に障害物(白の4番と青の6番)がある。さらに、青の6番に「白の4番か7番をマークするか」を迫ることになる。スペーシング三原則「1人で2人を守らせない」、つまり「2人で1人を攻める」形に。捕捉で、バックドアでスペースに走り込んだ白の9番(手前)は、そのまま円を描くように白の7番の背後のスペースへ。これでまた、フリーになれる予備準備に入る。

 結果的には、白の4番、7番、9番の3人が円を描くようにローテーションして、相手DFのマークを引っぺがしているのと、常にどこかで誰かが2対1になるように仕向けているのが印象的だ。サッカーにおいても、ミドルサードファイナルサードでの攻撃で、サッリやペップ、ビエルサオシムのアタッキングに近しいものを感じた。マーカーを引き連れたまま、味方のマーカーへ仕掛けて瞬間的に2対1を作りつつ、相手の守備の約束事の束を解く作業だ。かなりの戦術負荷を守っている側としては受けるように思える。

 また、補足的に言うのであれば、画面左の大外で構える白の選手2人は、サッカーで言うところの逆サイドで構えるウィングとサイドバックのようにも見える。あの2人がホルダーに寄ってしまったり、空いているスペースに先に立ってしまうと、このチャンスシーンも作れていない。サッカーでも、ゴール前やスペースに入るタイミングが重要だと聞くが、バスケにおいてもそうかもしれない。特にスペーシングにおいては、味方の邪魔をしないことが重要になる。

ベクトルの根っこへドライブ

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 さてここから、白の4番の独壇場。マーカーである青の6番がどうプレーするのかを観察する。

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 白の4番のマーカーである青の6番に注目。スペーシング三原則に反する「1人で2人を守っている」状態に。もともとのマーカーだった青の9番は追いつかない。このまま、白の4番と対面することに。まさに、正対。

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 青の9番の右足に注目。重心が右足にかかりベクトル、すなわち、重心の矢印が左方向に流れている。これを見逃さなかったのが、白の4番である。すかさずドライブで進撃開始。

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 今回は、重心側の右足を僕は「ベクトルの根っこ」と呼んでいる。呼んでいるだけ。普通に重心でもいいし、矢印の根本でもいい。正対で観察し、相手重心を見抜く柔道でいえば「後の先」。先に動くと負けるやつだ。ギリギリまで正対で見極め、相手ベクトルの根っこに向かってドライブする。そうすると、写真のように、相手が勝手に空けたスペースを使うことができる。

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 さっきの写真とこの写真で、今度は青の13番と正対。瞬間的に、いや感覚的にだろうが、ベクトルの根っこを確認。左足だ。大外で構える白の9番が気になるのだと思う。

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 青の13番のベクトルは完全に右方向に伸びている。これも根っこに向かってドライブ。

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 青の13番は一連のプレーで、右方向に吹き飛んでしまっている。白の4番がボールを持ってドライブを開始してから、抜き去るまでわずか2秒弱。まるで、モーゼの十戒のように、青の守備がドライブコースを空けてくれたようにも見えるが、このわずかな瞬間にもチームとしてのスペーシングと白の4番の正対、ベクトルの見極めと根っこへのドライブが詰まっている。個人的な感覚を言わせてもらえれば、まるでイニエスタのドリブルのようにも見えた。相手DFの重心を突いて逆をとり、スルスルと間をドリブルで抜けていくプレーに見えてきたのだ。

 もちろん、瞬間的な正対プレーも非常にレベルが高いと見えるし、ドライブ技術も恐らく高いのだろう(ここは未経験なのであまりピックアップできない)。サッカーにおけるゾーナル守備、いわゆるゾーンディフェンスの鉄則においても、先に守備者が動かないことがあげられる。ユベントスでの教えでもあるようで、ギリギリまでボールホルダーのプレーを見極めて守備をする。でないと、相手に逆を突かれると、後の守備がどうしても後手後手になったり、守備者が戻るまでの時間を稼ぐ守備になる。バスケの場合は、コートも小さくゴールも近い。大外からの3ポイントシュートもルール上存在する。サッカーだと人数勝ちしてしまうシーンもあるが、だからこそ、メッシやアザールイニエスタのようなドリブルを仕掛ける選手が非常に強力になるのだと思う。(もちろん技術レベルが段違い)

おわりに

 オフボール分析やプレー分析のような感じになりました。というか、動画に対してただ感想を書いているだけなような気もします…。なかなかバスケのすべてを引き出せたとは言えないですが、サッカーにあてはめて観た時に、非常に多くの発見がある動画でした。白の4番。何度でも言いますが、白の4番という響きがかなりエモーショナルに聞こえるぐらいには、白の4番のファンになりました。何度も書きますが、本当にイニエスタを観ているようでした。スペーシングというボールを動かしたり、立ち位置や数的優位性を維持するための「良い」動作だと思っているので、サッカーシーンでも見られると面白いです。こうやって、スポーツの違いではなく、類似性だったり共通点を探す方が、人間存在の探求に繋がる気もするしそうじゃない気もするような気がする。気がするだけ。それでは、またどこかで。

「君が広く攻めるなら、私はもっと広く攻めましょう。」と微笑む君。20

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W字型、M字型

「あと、センターバックが2人ということであれば、セントラルハーフ3人のW字型もありますよね。」

「そうね。特に、アンカーがいる4-3-3のチームが採用することがあるわね。」

「それもそのままの形ってこと?」

「ええ。ボックス型との違いは、3人いるセントラルハーフへのパスコースが多いこと。つまり、無暗にプレスをかければ、簡単に背後を取られてしまうということね。」

「しかも、アンカーポジションの選手がフォワードとセントラルハーフの間のスペースを使うわけですから、セントラルハーフもなかなかプレスをかけにくいって感じですよね。」

「前に前にプレスをかければ背後を取られてしまう。だからといってプレッシャーをかけなければ、ウィングやセンターフォワードの選手にボールが通る。まるで、突撃するだけ突撃して、肝心なことはお留守の八乙女さんのようね。」

「誰がカルロス・テベスよ!」

「ファン的にはそれで良いのではないかしら?」

 

「いやでもやっぱり、センターバックは2人、セントラルハーフは2人がいいわ!」

英国面。

こだわりと言うべきか。

「まあ、あなたのその、頑なにイギリス人ハーフ金髪キャラを守ろうとする主張は素直に褒めてあげるのだけれど、一応受け流しておいてあげるわ。」

「あんたこそ、ボール持ってないと死んじゃう部類みたいな、毒舌で斜に構えるキャラなんとかなんないの!それに流すな!3人だとどうもややこしいだけよ!」

「あら?あなたレベルになると、3人の関係性にすらついてこれないということね。残念ながら。」

「あーだから、八乙女先輩は、正妻戦争で敗北するんですね。お疲れ様でしたー。一応、それなりの景品は、用意していますよ。……ま、残念賞のポケットティッシュですが。涙ぐらいは拭けるでしょう?」

怖い怖い。

不敵に嗤う。

「だーーーーーーーーーれが負けたですって!!!それに聞いたことない戦争起こしてんじゃないわよ!!!」

「そうよ、東照宮さん。こんな跳ね返り金髪突撃女でも目上なのだから、敬った方があとあと面倒にならないと思うわ。それと私、平和的解決を迎えたいわ。」

「なによ宮城野原 詩!その朝廷ポジションから高見の見物してんじゃないわよ!」

「そうですよ宮城野原先輩。八乙女先輩を敬うかどうかは、後々の議論に回すとして、先輩の資源の独占は、控えていただきたいですね。限りある貴重な方なんですから。」

あいつはなんだ。

石油か何かなのか。

 

「そんな、あなたにぴったりなのは、アンカーがディフェンスラインに降りて3バック化してセントラルハーフ2人が中央に残るM字型かしらね。まあ、3バックになるけれど八十八乙女さん。」

「だ・か・ら・!!!他人の名前で遊ぶな!!!どんだけ数多くなってのよ!!!」

「あら、ごめんなさい、九九乙女さん。」

「か、掛け算!?」 

センターバック2人に、セントラルハーフ1人で合計3人ですが、今度はセントラルハーフが2人のパターンですね、M字型。」

「ええ。さっきの逆丁字型の場合、アンカーポジションに1人セントラルハーフがいるのだけれど、プレスのやり方によっては、アンカーへのパスコースを消しながらボールホルダーにプレッシャーをかけることができるわ。」

「そ、そんな恐ろしいことができるの…。実質、1人で2人を守っているようなものじゃない。」

「まあ、あながち間違っていませんよ八乙女先輩。プレスの基本は、相手のパスコースを切りながらですから。でなければ、背後を取られてしまう。」

「それをもう一人のセントラルハーフがいることで、パスコースを作って解消するのよ。」

「場合によっては、3バック化した両脇が2トップ脇のスペースを使うこともできる…。これも、二段構えですね。ピッチ全体で見れば、ビルドアップ隊5人、前線5人のW-Mシステムとも呼ばれるやり方ですね。」

「そうね。まあ、それについては今はいいわ。とにかく、このビルドアップというものは、こうやってプレスのやり方や形によっても変化するし、ボールをどう前進させたいのかによっても変わってくるものなのよ。」

 

「でも、空いてたら前線にボール放り込めばいんでしょ?」

 

身もふたもない。

たしかにそう。

「そ、そうね…」

「まあそうですね。」

 

「やっぱりフットボールって、正確で精密で緻密な、殴り合いね。」

 

言いえて妙。

「今日一番、いえ、人生で一番あなたに共感した瞬間よ八乙女さん。見直してあげるわ。」

「べ、別に良いことを言うために言ったわけじゃ、な、ないんだから!サッカーってやっぱり面白いなって思っただけよ…!」

「うわー、ベッタベタのツンデレですねー。僕、憧れちゃいますー。」

「あんたはねえ!もっと先輩を褒めるべきよ!!!」

 

サッカー与太話女子会は、もう少し続く。

  

人物紹介

宮城野原 詩 (みやぎのはら うた)

 仙台市内の学校(神杉高校)に通う高校生。

 サッカーオタクなのは隠している。観る将。重力少女。

 黒髪、肩ぐらいまで伸びた髪は変わらず。

八乙女・ヴィクトリア・李七 (やおとめ・ヴィクトリア・りな)

 仙台市内の学校(神杉高校)に通う高校生。

 サッカーオタク。見る将。マンチェスター・ユナイテッドファン。金色少女。

 金髪ツインテール。 赤いリボンは変わらず。

東照宮 つかさ (とうしょうぐう つかさ)

 仙台市内の学校(神杉高校)に通う高校生。2年生

 サッカーオタク。観る将。不敵少女。

 高身長。一人称が僕。髪は肩ぐらいまで伸び始める。

「君が広く攻めるなら、私はもっと広く攻めましょう。」と微笑む君。19

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ボックス型、逆丁字型

「じゃあまずは、これから見ていくわ。」

「オーソドックスに4-4-2のビルドアップからですね、宮城野原先輩。」

「おお!4-4-2!4-4-2じゃないの!」

「わざわざフォーフォーツーと呼んで、『私、フットボールに詳しいんですぅ~(きゃぴーん)』みたいに、サカオタおじ達を手玉にとっているような発言は謹んでほしいわね八乙女さん。」

「私が新手のおやじ狩りみたいなことやっているみたいに言うんじゃないわよ宮城野原詩!」

「いや八乙女先輩、その場合、正確にはおやじ狩りというよりパパk…。」

全力で口を塞ぐ。

重力、金色。

「「それ以上は言うな!!」」

なんて女子だ。

頼むから、そして何度も言うけれど、一般向けだよこれ。

 

「気を取り直して…。4-4-2の場合、よく見る形として、2人のセンターバックと2人のセントラルハーフでビルドアップするわ。」

「ボックス型ですね。」

「ボックス?四角形だからってこと?」

「そうです。」

「はぁ~…。ほんっとあんた達オタクって、そんな中二病満載な名前をよく思いつくわね。感心するわ。」

「あなただって、寝る時に着けるヘアバンド、ベッカムが使っていたと『言われてる』ものなんでしょう?私からしたら、超が付くほどのキモオタだと思うのだけれど。違うかしら?」

「へー!凄いじゃないですか八乙女先輩。」

「う、う、う、う、う、うるさいわね!!ほ、ほ、ほかに使うの無かっただけだっての!!」

「まあ、噂じゃ、朗が泊まった時に着たTシャツをいまだに着て寝ているとか…」

犯罪の匂いがします。

お巡りさん、こっちです。

「だあああああああああああああああ!!!!!!!!!いいからその話は!!!!!!!!!!!!!」

「私としては、そうね、器がとてもとてもとても大きい私としては、そのままにしておいてあげているのだから、ネタぐらいさせてもらわないと割に合わないわよね?」

代わりに朗は、血祭に上げられたと、まことしやかに聞いたが。

「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!」

差し出される。

諭吉。

「八乙女先輩、それ、いくらですか?私、買います。」

「はしたないから早くその資本主義をしまいなさい東照宮さん。」

 

「まずボックス型の良い部分は、後方でボールを回す選手が少ないことがあるわ。前線、相手陣地により多くの味方を送り込むことができる。」

「全然ボールが繋がらないわりに、後ろでいっぱい選手がちまちまボール回すシーンとか見てるとイライラするのよね!」

「それは、ほぼ同意するわ八乙女さん。」

「しかも、挙句の果てには、前線に誰もいないのにクロスを上げてクロスならぬワロスで終わる…誰が「アシュリー・ヤングワロスマシーン」よ!!完全にそうよ!!

詳しくは、ファーガソン退任後のマンチェスター・ユナイテッドをチェックだ!

クオリティは保証するぜ。

何のとは言わないが。

「勝手にトラウマを掘り起こさないでくれないかしら八乙女さん。」

「あとは、相手もそれに対応するために守備に人数をかけますから、意外とボールホルダー付近、センターバックやセントラルハーフ付近は安定していたりしますよね。」

「ええそうね。もちろん、ビルドアップにかかわるCBやCHが高いレベルではあるのだけれど。あとは、4-4-2の陣形をあまり崩さないおかげで、ボールを奪われたあとの守備、いわゆるネガティブトランジションでの6秒間のプレスも機能するわ。」

「逆に、ポジションを崩すのもアリですよね。例えば、セントラルハーフが相手のフォワード脇に移動して崩れた四角形みたいになったり、サイドバックが降りて、ボックス+1を作るのもなかなか効果的ですよね。」

 

「でも、相手も4-4-2でぶつかってきて、プレスが嵌ったらどうするのよ?」

さすが、英国少女。

「というか、嵌りやすいんじゃない?そうなると、1対1に持ち込まれやすいというか…。」

「その通りよ八乙女さん、よくぞ言ってくれたわ。」

その待ってましたみたいな反応は、完全にオタクだぞ。

「だから、セントラルハーフの一人がディフェンスラインに降りるやり方もあるわ。T字の逆みたいな。逆丁字と私は読んでいるのだけれど。」

「逆丁字?もうオタク路線まっしぐらね宮城野原詩。」

「さすがに僕もそう読んだことはないですね。T字とか逆T字とかでいいかなって。」

「あら、あの有名な丁字戦法リスペクトよ。日本語化と呼んでほしいわね。」

果たしてそうだろうか。

呼びたくて呼んでいるような。

フフフ…相手の2トップに対して、センターバック2人にセントラルハーフ1人で人数勝ちする。さらには2トップの背後のアンカーポジションに残ったセントラルハーフが構える2段構えなのよ…

早口もよせ。

オタクだぞ。

「これなら、人数で勝っていますし、相手のプレスをかわせます。ライン間守備の弱点であるフォワード脇を使うことも可能ってわけですね。」

「むむ…なんとなくこの形も観たことあるような…」

 

人物紹介

宮城野原 詩 (みやぎのはら うた)

 仙台市内の学校(神杉高校)に通う高校生。

 サッカーオタクなのは隠している。観る将。重力少女。

 黒髪、肩ぐらいまで伸びた髪は変わらず。

八乙女・ヴィクトリア・李七 (やおとめ・ヴィクトリア・りな)

 仙台市内の学校(神杉高校)に通う高校生。

 サッカーオタク。見る将。マンチェスター・ユナイテッドファン。金色少女。

 金髪ツインテール。 赤いリボンは変わらず。

東照宮 つかさ (とうしょうぐう つかさ)

 仙台市内の学校(神杉高校)に通う高校生。2年生

 サッカーオタク。観る将。不敵少女。

 高身長。一人称が僕。髪は肩ぐらいまで伸び始める。

「君が広く攻めるなら、私はもっと広く攻めましょう。」と微笑む君。18

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プロローグ。そして、終。

その人はたしかに、まるで確信を突いたかのように、それは世界の理をすべて知ったかのように、驚くほど鋭く、そして確実に僕の心臓を貫いてきた。

 

 「お前本当に、サッカー好きなのか?」

 

紅く、艶やかな髪の毛を振りかざし。

恐ろしく、そして切れ長の目をしたその人は、僕の眼をじっと見つめたまま、何重もの防御壁を突き破り、いや、無効化して、僕の心の奥底に着底した。

 

「お前がサッカー好きなのってさ、別にサッカーだからとか関係なくて、サッカーを観ること自体に意味を見出してんじゃねえの?」

 

一言ずつ、そして一言ずつ、僕を絶望の淵へと追いやるのである。

 

「それってさ、サッカーが好きなんじゃなくて、『サッカーを好意的に観ている自分』が好きなんじゃねえの?」

 

目の前にいる紅い羅刹は、ゆっくりと天国の扉を開くのである。

 

こうして、僕の、高校生活最後の3月が始まった。

 3月6日のことである。

 

流れる季節

「おめでとう八乙女さん。」

「なによいきなり。」

「なにって、だって今日は合格発表だったのでしょう?その様子だと、合格したのだと思って。」

「当たり前じゃない。約束された勝利よ。まあでも、ありがとうね。」

「寂しくなるわね。」

「ねえ…朗には言ってないよね?」

「安心して。あの約束を破るほど薄情じゃない自負があるわ。」

「ありがとう…でもあんた、この状況で本読んでるぐらいには薄情だと思うのだけれど。」

開かれた『ペップ・グアルディオラ キミにすべてを語ろう。』。

「あらごめんなさい。今いいところなの。」

「ほんと、最後まであんたらしいわ。」

ドアが開く。

「お待たせしました、宮城野原先輩、八乙女先輩。」

不敵少女だった。

「遅いわよ。待ちくたびれて後半32分ぐらいの気分よ。」

「それはそれは。まさに試合のクライマックスってとこですね。」

「来てくれてありがとう東照宮さん。用事は、大丈夫なのかしら?」

「ええ。さっさと済ませてきましたから。」

「じゃあ、始めましょうか。」

本を閉じる。

東照宮さんにも付き合わせてしまってごめんなさいね。あと朗なら、しばらくしたら来ると思う。」

戦術ボードが出る。

 

「では早速、高校最後のサッカー与太話といきましょう。」

 

ビルドアップvsプレス

「さあ、この日を待っていたのよ!ダビド・デヘアのセービング集なら、今ここにいぃいぃぃぃぃぃぃいぃ!!!」

スマホをかざす金色少女。

水戸黄門か。

「いいから八乙女さん。その恥ずかしいスマホを今すぐしまってくれるかしら?」

辛辣な重力少女。

「ははは…」

特に興味がない不敵少女。

「なーにが恥ずかしいっていうのよ宮城野原詩!!!」

「何がって、何もかも全てに決まっているじゃない。その耳が付いた軽薄な赤いスマホのことを言っているのよ。」

赤いケースに、耳のようなものがついたスマホ

赤いマンチェスターのクラブロゴがケースにはデザインされている。

よく持ち歩くな。

「赤い悪魔よ!!!何が軽薄だって言うのよ!!!」

「そもそもプレミアのチームって、同じ赤色ユニばっかりで、どれも同じに見えてしまって苦手なのよね…」

宮城野原先輩、まあ八乙女先輩が怒る分には全く問題ないですが、一応全国のプレミアファンには謝っておいた方がいいんじゃないでしょうか。」

「あら?そういうものかしら。」

あらぬ方向から怒られそうだ。

「あたしにも謝れっての!!!!!!!」

 

「それで、宮城野原先輩。今日僕たちを呼んで、高校最後のサッカー与太話をすると聞きましたが、どのようなことを話すのでしょう?」

「ビルドアップvsプレスよ。」

不満そうな女子ひとり。

「ぶーぶー。まーたあんた達オタク歓喜な内容で草も生えないわ。」

「そのオタク丸出しの単語で話すの止めたらどうかしら、一乙女さん。」

「八乙女よ!!!」

「ごめんなさい、3.14乙女さん。」

「円周率ですって!?」

「まあ、この際、九でも十でも良いのですけれど、宮城野原先輩、サッカーの攻防においてある程度両チームの意図や型が見えやすく、試合の先行きも左右するビルドアップとそれを妨害するプレスをここで話そうというのですね?」

「さすがの説明口調ね東照宮さん。その通りよ。でも、わざわざ説明しなくてもいいんじゃないかしら?サッカーを知らないひとにも分かりやすくがテーマだというのに、ニッチで根暗なオタク層が喜びそうな展開のおかげで、初見バイバイになっているのが何とも嘆かわしいわ。」

最後だからって、メタ発言は許されないぞ。

「あんたサラっと先輩の苗字を何でもいいみたいに言ったわよね。」

もう話が進まないのだよ君たち。

何度でも繰り返されるくだり。

「想定は、ハーフライン付近でのビルドアップ、つまりは<ボールを持ったチームがパスやランニング、ポジションを取ることでボールを前進させていく過程>ということですね。」

「そう。守備側、つまりはボールを持っていない側がそれを制限して、ボールを奪おうとする、前進を阻もうとする部分ね。」

「ちぇ…前線に蹴っ飛ばしてウィングが走ったり、センターフォワードディフェンダーと競り合うのだって、超面白くて激萌えなのに…私は、蚊帳の外ってわけね。ベルバトフの話したかったなー。」

「それは違うわ八乙女さん。」

「え?だって、ビルドアップって、ピッチの真ん中ぐらいでパスをちまちま繋いだり、走り回ったりするアレのことでしょ?『ボールが大事』がモットーで、蹴ったりするの敬遠されているんじゃないの?」

「ビルドアップの大前提は、前線へボールを送ることが優先されるわ。正確には、ディフェンスラインの裏へだけれど。」

「そうなの?でも競り勝てなくてボールを取られたら意味ないんじゃ。」

「もちろん、むやみやたらに蹴ることではないんですよ八乙女先輩。一番遠い、つまり相手陣に近い場所にスペースがあれば、迷いなく蹴ることが大前提です。だって、一番得点の可能性があるんですから。」

東照宮さんの言う通り、相手にそのスペースを消されてしまうから、しっかりとボールを動かしながら、ポジションをとり、ランニングしてスペースを使ったり作ったりするの。決して、『ボールを回したいからボールを回す』のではないの。チャンスがあるなら、迷わず前線にボールを送るべきよ。」

 

「そ、そういうものなの?私てっきり、ヴェンゲル・アーセナルのように崇高な理想を掲げて戦うことのように思えちゃって。」

「まあ、たしかにあれは崇高な理想のもとやってそうですけれどね。」

「でもそんなチームであっても、勝つためにやっているのだから。勝つためにビルドアップがあり、プレスがあるものなのよ。」

  

人物紹介

宮城野原 詩 (みやぎのはら うた)

 仙台市内の学校(神杉高校)に通う高校生。

 サッカーオタクなのは隠している。観る将。重力少女。

 黒髪、肩ぐらいまで伸びた髪は変わらず。

八乙女・ヴィクトリア・李七 (やおとめ・ヴィクトリア・りな)

 仙台市内の学校(神杉高校)に通う高校生。

 サッカーオタク。見る将。マンチェスター・ユナイテッドファン。金色少女。

 金髪ツインテール。 赤いリボンは変わらず。

東照宮 つかさ (とうしょうぐう つかさ)

 仙台市内の学校(神杉高校)に通う高校生。2年生

 サッカーオタク。観る将。不敵少女。

 高身長。一人称が僕。髪は肩ぐらいまで伸び始めている。

 

「君が広く攻めるなら、私はもっと広く攻めましょう。」と微笑む君。永遠の宿敵編

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「流れよ僕の涙」と、少女は微笑んだ。

僕にとって、僕の人生にとって最も悲しい出来事だ。

それだというのに、僕の目からは、一粒の涙も流れなかった。

目の前の現実を受け入れたくない。

ただその一心だったのかもしれない。

でも、こんな悲しい状況において、「泣く」という行為は、ある種の通過儀礼である。

ひとしきり泣いてしまった方が、新たに気持ちを入れ替えることもできる。

 

それすらも叶わない。

僕は、この出来事を一生、抱えて生きていかねばならない。

ーーー僕は、朗先輩を絶対に忘れない。

 

「なんで他人の卒業式を世界の終わりみたいにまとめてるんだ。」

国府多賀城朗。

本日、3月9日をもって卒業となる。

「おや?さすがですね、朗先輩。僕の心の声を読み解いてしまうとは。読心術でしょうか?それとも超能力者?」

「その、『お察しの通り』みたいな口調で僕を超能力者扱いするのは止めろ。全部口に出てるんだよ。」

「これはこれは。僕としたことが。いやーーー朗先輩が卒業してしまうからって、何も悲しいことなんて無いんですからねーーー。」

「いまさら取り繕っても意味ないだろ…」

 

「それで?これが最後のご挨拶というわけですね朗先輩。」

「まあ、地元には残っているわけだし、暇な時にでもまた遊ぼうぜ。」

「全く。僕は、今年から、朗先輩がたった今卒業した3年生になるのですよ。ただれた大学生と違って、人生懸ってるんですよ?」

「僕というか、全国の新大学生にまずは謝りを入れた方が無難だと思うぞ東照宮。」

「次はいつお会いしましょうか?アフリカでもブラジルでもモザンビークでも、どこへだって行きますよ。」

「とんでもないところに行こうとするな!」

「女子高生と男子大学生の恋って、とっても禁断な香りがしませんか朗先輩?」

「他人のことをただれてるって言っておいてそれはないですよ東照宮後輩!!!」

「別にいいじゃないですか。バカ。私だって、めちゃくちゃに懐きたい時があるんですよ。察してくださいよ、この朴念仁。ラノベの主人公やってないでくださいよね。」

「ちょっと!その罵詈雑言のストーミングやめてって!」

「何度でも言いますから。バカ、バカ、バカ。馬と鹿でバーカ。もう学校で会えなくなっちゃうじゃないですか…」

「だからさ、また会おうぜ。」

「約束ですよ。破ったら私、泣きますから。」

「お前との約束なんだから、破るわけないだろ。」

「………ほんと、適当にあしらってくれたら諦められるのに。大馬鹿者。」

 

こうして僕は、最上級生になる。

後輩最後の春休みが幕を開ける。

これは、東照宮つかさにとって、勝負の春休みの与太話だ。

 

帰り道。

朗先輩や宮城野原先輩とのしばしの別れ。

盛大なからかいも、ちょっかいも、先輩いりじも、しばらくお預け。

彼女には彼女の運命がある。

 

邂逅。

 

「見つけたわ。東照宮つかさ!」

振り向く。

「さあ、私と勝負しなさい!」

振り返り見なかったことにする。

「ちょ、ちょっと!!!何無視してくれちゃってるのよ!!!」

構わず歩く。

「ま、ま、待ちなさいよ東照宮つかさ!!!」

歩く。

歩く。

僕は歩く。

徒然な日。

「す、少しは話を聞きなさいよ東照宮つかさ!!!」

歩き回る。

街頭を中心に衛星軌道を描くように。

「ま、待ちなさいって…言ってる…でしょうって……」

目くらまし。

星が回る。

「ふ、ふにゃあああ……」

そしてまた歩き始める。

決して振り向かず。

 

でもそれも、10分後には同じ光景を見ることになる。

「見つけたわ東照宮つかさ!さあ、私と勝負しなさい!」

チッ。

仕方ない。

「なんでしょう?僕に一体何の用だと言うのでしょうか?」

「とぼけないでよ!今日『は』絶対勝つんだから。」

 

佳景山 御前。

神杉高校2年生、もとい新3年生であり東照宮つかさの同級生。

自称、永遠の宿敵<エターナルライバル>。

見た目は普通の女子高生。

ただ、彼女への闘争心だけが異常。

 

「また勝負のことですか?襟裳岬さん?」

「違う!!!佳景山 御前だ!!!」

「これは失礼しました。金華山さん。」

「それも違う佳景山だ!!!牡鹿半島じゃない!!!」

「どうも『佳景山さん』と言うと、サンサン七拍子が始まりそうでやっかいなんですよね僕にとっては。」

「だから佳景山でいいって何度も言ってるじゃない!それか御前でも結構よ!」

「他人のことを呼び捨てで言うのは、どうも僕の主義とは合わないと言うか。」

「ま、まあアンタらしいわよね。そういう敬称つけるのは。立派な主義だと思うわ…」

「いえ、別に親しくも無いのに呼び捨てで呼ぶのに抵抗があるだけですよカケヤマサンサンミサキさん。」

「だ・か・ら!!!!!!『さん』を増やしてリズミカルに言うなっての!!!それにさらっと親しくないとか言ってくれちゃって!!!自分で言うのもなんだけれど、腐れ縁じゃないの私たちは!!!」

「おや?そうでしたっけ。このところ忘れっぽくなってしまって。どうでもいいことは優先して忘れているんですよ。」

「私の名前を忘れるなあああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」

 

「とにかく!今日こそは、勝たせてもらうわよアンタとの『1対1』!」

「やれやれ。何度やっても無駄じゃないですか佳景山さん。」

「無駄じゃないわ!次は必ず勝つ!」

「ここまで0勝99敗のあなたから湧き出る自信は、何が源泉なんですか…」

「うるさいわね!アンタに勝つことがどれだけの意味を持つか。金の価値があるのよ!」

「金の価値ねえ…僕にとってはそう、何のメリットも無いのですけれどね…」

「き、99回も勝っておいてメリットが無いとか言わないでよ!」

「それで今日は、いや、今日もあなたが止める方で良いんですか?僕が攻撃側。いわゆる『ドリブルで抜く側』で。」

「いいわ。必ず止めて見せるから。」

「そういう根拠のない自信は、DF側にとって致命的な思考ではないんでしょうか?予測と集中が大事なんですよ佳景山さん。」

「分かってるわよ!アンタに言われなくたって!」

「そもそも先に動いてしまうのはDFとして致命的なプレーでは?『後の先』と言いますけれど、いかに我慢して相手の挙動を見極めたうえでのプレーができるかが肝心だと思いますよ。」

「うるさいうるさい!分かってるっての!!」

 

東照宮つかさは、上手い。

サッカーが上手いのは間違いない。

ただもっと根本的な、身体の使い方、運動が得意といった方がこと彼女に対しては正確であり自然だ。

そんな圧倒的とも言うべき差を現実的なまでに突きつける。

この高身長は。

 

「身長差は言い訳にしないでくださいよ。ハイボール処理とかではないのですから。」

「どんなことだろうと言い訳なんかしないわ。アンタに勝つ。それだけよ。」

 

「どうして…」

「どうして、そんなにも僕に勝ちたいのですか?あんなに負けていて、言ったら一度もボールに触れられもせずに。どうしてまだ勝とうと思ってるんです?」

「…!」

「正直なところ、僕は特に勝てても嬉しくもないし、どうでもいいとすら思います。佳景山さん。純粋にあなたがそこまでして勝ちたい理由が知りたいのです。だって、勝っても何もならない。罰だってない。こんな不毛とも呼ぶべき勝負にそこまでのこだわりを…」

「私は、アンタに、『東照宮つかさ』に勝ちたい!」

「…!」

「たった一度でもいい、無敵と、不敵と言われたアンタに私は勝ちたい。不毛?そうね不毛かもしれない。けれど、私にとっては重要。誰にも負けないアンタに勝つこと自体が大きな価値がある。そして、アンタに挑み続けることに意味がある。」

「……」

「そうね。勝ったからって何があるかなんて知らない。だって私は、アンタに勝ったことがないから。アンタに勝たないことには、見えない世界がある。それが、目指すべき場所じゃないかもしれない。でも、それは『勝った奴』が言える台詞よ。」

「…」

「ポゼッションできない奴が『ポゼッションしたところで意味がない』と言っても、何の意味も無い。その頂に登った奴だけが吐ける台詞。」

「…その頂に登った奴だけが吐ける台詞…」

 

私は結局、朗先輩に想いを果たせなかった。

口から出る安い愛情とは別の、深く、重い恋を。

私は、朗先輩との日常を、知らない。

 

「高校に入って私はそこそこに、いえ、それなりに運動が得意でどんな競技でも苦にしなかった。でも、アンタはその上をはるかに超えていった。私にはそう見えた。」

 

例え話。

恐らく、佳景山 御前以外の誰かが東照宮 つかさに勝負を挑むことはない。

勝負を挑めるだけでもとても凄いことなのだ。

これが彼女の言う「頂に登った奴」ができることなのだ。

 

「……また負けるかもしれませんよ?次も、その次も、同じ結果かもしれませんよ?」

「そうねそうかもしれない。これまでの99回がそれを物語っている。でも、ここで引き下がれば、ただ『99回負けた』事実しか残らない。今日勝って、『勝つために99回準備した』と私は言いたい。」

「……!」

「言い訳かもしれない。屁理屈かもしれない。でも負けたくない。負けるのは、死ぬほど、悔しいから。」

「……」

「私は、もう99回も死んだ。だからもう死なない。必ず生きて帰る。」

 

負けるのは、死ぬほど悔しい。

そんな感情を持ったのは何時以来か。

そう、朗先輩が宮城野原先輩を選んだ時くらい、か。

 

「…分かりました。では、着替えてきますので30分後に会いましょう。」

「よし!逃げるんじゃないわよ!逃げたらアンタの家に押しかけてでも勝負してもらうから!」

「逃げませんよ…絶対に…」

「それで?場所は?」

 

いや、私は、ずっと悔しい想いをしてきた。

 

「……勾当台公園!」

 

2人のガンマン、いや、女子高生がスポーツウェアを身にまとい向かい合う。

1対1。

東照宮 つかさがドリブルで抜くか。

佳景山 御前がボールを取り上げるか。

記念すべき100回目の勝負。

 

「準備はいいですか?ルールはいつもの通り、私が抜いたら私の勝ち。あなたがボールを取ればあなたの勝ち。いいですね?」

「いいわ。いつでもいけるわ!」

「では、この石を投げるので、地面に落ちたら勝負開始です。」

右手に握る石。

天高く放り投げる。

一瞬が、静寂が、永遠にも思える。

永遠の宿敵と相まみえる。

 

石が、落ちた。

 

「!!!」

「!!!」

 ボールを持って仕掛ける高身長。

闘争心がそれを迎え入れる。

闘争心に動きはないが、リラックスしている。

 

目の前を遮る闘争心に突っ込みながら思う。

これまでの自分を、今までの自分を。

 

結局私は、朗先輩に想いを、本当の想いを伝えないまま今日を迎えてしまった。

いつもみたいにはぐらかしたり、冗談を言ったり、安い愛情を振りまいたりばかりで。

私は、私が朗先輩のことが好きだったこの感情をちゃんと伝えられたのだろうか。

宮城野原先輩に気を遣って、何も言えなかったんじゃないか。

何を言えて、何が言えなかったんだろう。

 

私は、これまで、「何に勝って、何を失った」のだろう。

 

もうすぐ手の届く距離まで接敵する両者。

限界まで見極める闘争心。

それは、高身長も同じ。

ギリギリまで、相手の重心、力の入れ具合を見極める。

いや、高身長にとっては、それが見極めずとも「分かる」のだ。

 

抜きにかかる。

ボールを跨ぎ、懐にしまう。

ヒールでボールを弾きだす。

クライフターンとも呼ばれたその技を彼女は、誰に教えられたわけでもなく、自然と、いつの間にか手に入れていた。

視界が開ける。

相手の重心を逆方向に持って行ったのだ。

もう追いかけてこられない。

 

次の瞬間には、身体「だけ」が、開けた視界にあった。

 

ボールは、佳景山 御前が持っている。

彼女は最後にベンチに向かってシュートまで打った。

完敗だった。

 

「い、い、い、いよっしゃああああああ!!!!!!」

「……」

「見たか!!!見たか!!!勝ったぞ!!!ついにアンタからボールを奪った!!!やったやった!!!」

「…僕の負け…ですか…」

 

私は、初めから、負けていた。

 

「アンタさっき言ってたわよね?『予測』と『集中』だって。でもそれは、合っているけど、ひとつ足りないものがある。」

「?」

「『準備』よ。アンタのフェイントは、アンタの感性で体得したもの。だけど、それはいくつかのパターンに分けられた。大きく分けると5種類。そのうち最も繰り出される頻度が高いのが…」

「………今日のクライフターンだったってわけですね…見事です…」

「でも、実際にどうなるのかはやってみないと分からない。だからずっと緊張しっぱなしだったけれど。」

 

やってみないと分からない。

私は、やらずに知ったこと、やってみてもすぐ分かってしまうことばかりで。

何も知らない。分かってないんだ。

 

「勝った!勝った!ついに100回目にして!あの東照宮つかさに私は勝った!!!」

 

涙。

涙があふれてきた。

これまでのすべてを込めて。

大粒の涙が。

山の頂上で孤独だった少女が、無敵で不敵な少女から、敗北少女へと変わる。

たくさんの涙が。

 

「う、うわあああああああん……」

「ち、ち、ち、ちょっとそんなに悔しかったわけ?そんな泣かないでよ!公園のど真ん中では、恥ずかしいじゃないの!」

「悔しいいいいいいうわああああああん!悔しいいいよおおおおああああ!」

「な、泣き過ぎだって!ほ、ほらタオル!涙拭いて!ベンチに座ろう、ね?」

 

私は、悔しかった。

朗先輩が私を選ばないで宮城野原先輩を選んだこと。

私がいつまでたっても朗先輩に本当の気持ちを伝えなかったこと。

そして。

そして、そんな自分を認めないで、今日<卒業式>を迎えてしまったことに。

「私が大好きな人」は、「その人が大好きな人」と遠くへ行ってしまった。

私は、私のすべてが悔しい。

 

99回の勝利なんていらない。

たった1度でもいい。

1度でよかったんだ。

その「たった」が無駄になるかもしれない。

でも、少なくとも、こんな気持ちにならなかった。

 

私は、私に負けた。

負けるのは、死ぬほど、悔しかった。

でも、まだ生きている。

 

新学期。

僕は、勝負好きな親友と学校へ行く。

 

勝負の春休みが終わる。

私は、先輩になった。

 

 

人物紹介

 

東照宮 つかさ (とうしょうぐう つかさ)

 神杉高校2年生。新3年生。

 サッカーオタク。観る将。

 高身長。ショートヘアが少し伸びて肩ぐらいまでの長さに。

 一人称は僕。一人の時と朗と話す時は私になる。不敵少女。 

佳景山 御前 (かけやま みさき)

 神杉高校2年生。新3年生。東照宮つかさの同級生。

 自称永遠の宿敵<エターナルライバル>。

 東照宮への対抗心、闘争心で勝負し超越したいと考える普通の女子高生。宿敵少女。

 

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「君が広く攻めるなら、私はもっと広く攻めましょう。」と微笑む君。重力の扉編

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重い錨

冬。

バレンタイン前日。

雪舞うホワイトバレンタイン。

宮城野原詩の姿は、図書館にあった。

チョコレートのレシピを探しにではなく、未来を掴みとる戦争のため。

19時を目指し、長針が走る。

 

「(……雪、降ってきちゃった…)」

足早に図書館を出る。

雪積もる道を歩く。

「(明日、少しは時間取れるのかしら。)」

受験戦争の代償。

「(帰ったら連絡を入れよ…)」

 

そして邂逅する。

ラブストーリーは突然に

過去は、ある日突然、背後からその身を切り裂いて来る。

これは、宮城野原詩が重力少女としての始まりと咎に向き合う与太話。

 

「あ……」

「………?」

見覚えがある。

いや、忘れるわけがない。

許すはずのない顔がそこに、

 

あった。

 

「あ、あの、もしかして宮城野原さんよね…?」

 

もしかしてもなく、私は、宮城野原 詩。

名前も、過去も、すべてを書き換えたい。

「えーっと…急にごめんなさい。私のこと、分かる?」

 

分かる。

 

分からないわけがない。

忘れるはずがない。

思い出せないはずがない。

許せるはずがない過去。

その主人公が目の前にいた。

 

「いえ、申し訳ないのだけれど、全く分からないわ。ごめんなさい。」

 

嘘。

嘘をついた。

触れたくない。

開けたくない。

消してしまいたい。

 

「そ、そうよね。覚えてないよね。」

 

嘘。

私は、すべてを覚えている。

あなたと私との過去を。

「私、五橋 皐月。東中の時に3年で同じクラスだった五橋よ。」

知ってるいる

分かっている。

「……ああ…そういえば同じだったかもしれないわね。ごめんなさい忘れてしまって。」

「い、いいのよ。私の方こそ、急に声かけちゃってごめんね…」

無言。

私からは、開けることのない扉。

もう開けないと、朗と出会って誓った孤独の扉。

「帰ってるところ?もしよかったら途中まで一緒に帰らない?」

いまさら。

何を考えているのか。

「いいわよ。」

 

歩く。

けれど、私からは、絶対に話しかけない。

「あ、あの、宮城野原さんも受験?た、大変だよね…」

「そうね。」

続かない。

いや、続けない。

 

五橋 皐月。

忘れもしない。

私の友人で「あった」人であり、私を利用して裏切った人。

私に、「重い」と呪いをかけた張本人。

孤独の部屋を作るきっかけになった原因。

私ではなく「知識」に憑りつかれた哀れな人間。

 

私は、そう思い込むようにしている。

 

「え、えっと…宮城野原さんは、大学どこいくの?昔から成績よかったし、東京の大学とか行くの?」

「いえ。」

「あ、ああ…そう…そうなんだ…地元に残るの…?」

「ええ。」

この瞬間が終わるまで。

私は、変わらない。

今も、これまでも。

そしてこれからも。

 

「…あ、あの!」

 

立ち止まる足。

数歩進んで止まり、振り向く重力。

 

「中学の時のこと、覚えてるよね…」

 

この人はいったい何を言っているのだろうか。

 

「言ったでしょ。忘れてしまったって。あなたと同級生だったのも、あなたと会ってから思い出すぐらいなのだから。ごめんなさいね。」

嘘。

「嘘。あの宮城野原さんが3年前のことを忘れるはずがない…」

そう。

忘れるはずがない。

絶対に、忘れない。

「……それが、どうしたというの?」

ゆっくりと。

こみ上げる怒りを抑えながら。

「あ、ああ、あの私…私…」

 

「ごめんなさい。」

深く頭を下がった。

 

頭を垂れる少女を見下す。

「本当に、ごめんなさい。私、宮城野原さんのこと、傷つけた…「あの」後、それに気づいたけれど、怖くて謝れずここまで来てしまった…ずっと後悔してて、私はずっと、忘れられなかった。」

私も忘れたことなどない。

「だから、さっき宮城野原さんを見かけた時、ぜ、絶対に声をかけようと…謝ろうって…それで…」

 

「あなたは、何を言っているのかしら。」

 

深く、重く、辛辣に、

 

問う。

 

「いまさらあなたが謝ろうが、あなたがやったことには変わらない。」

そう変わらない。

「あなたは、私を利用した。そして、捨てた。その事実は、何をどう謝ろうが何も変わらない。」

黒く。

黒く。

黒い怒りを吐き出す。

「そうよ。覚えているわよ、忘れないはずがない。これからも、絶対に忘れない。そして、あなたのこと、絶対に許さない。」

顔を上げた少女の目からは、涙が流れ続けている。

やってしまったことの重さ。

取り返しのつかない過去。

咎を受ける。

でも、私にとって、そんなことはどうでもいい。

目の前の女子高生が泣こうが関係ない。

些細なことだ。

「……そ、そうだよね…忘れないよね…」

止まらない涙。

「まるでそれをお涙頂戴の謝罪で何とかなるとでも思ったのかしら?だとしたら浅はかね。底が浅い。そして、とてもとてもとても薄い謝罪ね。」

辛辣は続く。

積年の恨み。

「昔やんちゃだった人が後々公正して立派な大人になったって美談があるわよね。あれ、私大嫌いなのよね。好き勝手やった、ワガママやった、都合よく生きてきた中で潰れた人がいっぱいいることを顧みない最低の行為。自分は勝手に公正して清算したと勘違いしている。最低だと思わない?今、現在進行形でそれをやられると思うと、絶対に許そうだなんて思わない。」

言葉がよく出る。

自分でも分かる。

「自分勝手に利用して捨てて、時間が経ったら謝罪したいってどこまで自分勝手なのかしら。まさか、それで許しを請えば私が許すとでも思ったの?もう一度言うのだけれど、私はあなたがやったことを忘れないし、許さない。」

 

沈黙。

3年間の黒い怒りを吐き出しきった。

「そう…だよね…」

涙は止まらない。

黒い炎をすべて受け。

「勝手だよね…都合良いよね…ワガママだよね…自分でも良く分かってる。」

それでも何を言おうというの。

 

「それでも、私はあなたに謝りたい…!これは、私のワガママ。分かってる。あなた本位じゃない。でも、あの時あんなことを言ってしまったこと、その後何もしなかったこと、ずっと謝らず今日まで来てしまったこと、私だって一度だって忘れたことはなかった…!」

「……!」

何を言っているのかしら。

「卑怯なことをして、裏切るような真似をして、しかもそれから逃げて来て。ずっとずっと後悔していた。しかもこうして会えても、宮城野原さんから『許さない』と言われて。最低だよね。みっともないよね。自分でも最悪だと思う…」

何を言おうとしているの。

「それでも私は、もう逃げたくない。もう十分逃げた。自分がしてしまったことの責任を自分できちんと果たしたい。大事な友達だった人に。」

「………」

友…達…

「迷惑だと思う…今更すぎるよね…ごめん…でも私は…私は、これがあなたと会う最後の機会になってもいい。それでもあなたに謝りたい。」

 

分からない。

分からない。

私は、彼女をどうしたいのだろう。

断頭台まで連れてきたというのに、私は、

 

私は、彼女とどうなりたいのだろう。

 

また深く頭を下げる。

「ごめんなさい宮城野原さん。あなたを利用するようなことをして。そしてそれを今の今まで謝りもせずきてしまったこと。本当にごめんなさい。」

彼女は、私とどうなりたいと思っているのだろう。

「多分無理だと思う。厚かましいと思う。でも謝るだけじゃ私はダメだと思ってる。」

一体何だと言うの。

 

「もう一度、私と友達になってください。お願いします。」

 

友達。

友達。

「私は、改めて、あなたと友達になりたい。」

もう昔の私はいない。

今、昔の彼女もいない。

東中3年の宮城野原 詩も五橋 皐月もいない。

 

受験を控えた五橋さんが私と友達になろうとしている。

 

そうだ。

私は、過去のことを謝ってほしかっただけだったんだ。

私はずっと、この子<五橋 皐月>を許したかった。

間違ったことを間違ったこととして受け入れる友達を許したかった。

私は、彼女を許したかった。

 

どうしてあんなことをしたのか。

咎めるのなんていい。

今までずっと忘却にしまっていた過去を私は忘れることはないと思う。

絶対に許すこともない。

でも、大切だった友達を私は、心のどこかで許してあげたかった。

 

私も随分なワガママだ。

 

「私…まだ、あなたのことよく知らないのだけれど。」

「え…?」

「昔、思い出したくない中学の頃に、あなたによく似た子と友達だったのだけれど、絶交したのよね。」

「…!」

 

「今度は、絶交なんかしたくないなって。お互い許しあえる関係になりたいなって。」

「そ、それって…」

 

「受験が終わったら、どこか出かけましょう。それまでは受験、お互い頑張りましょう。」

宮城野原さん…」

「ほら、もう泣かないで。」

「ありがとう…ありがとう…本当にありがとうね…本当にごめんなさい。」

「もう謝らないで。もう終わったのよ、全部。」

涙を拭いてあげる。

 

過去は、変わらない。

けれど、過去と向かい、今を生き、これからを歩こうとする人もいる。

こうして、宮城野原 詩にとって忘れたい過去は、忘れることなく彼女のなかにとどまった。

そして代わりに、自分の過去と向き合える友達に出会えた。

許しあえる友達に。

 

2月13日の出来事。 

 

人物紹介

宮城野原 詩 (みやぎのはら うた)

 神杉高校3年生。

 サッカーオタクなのは隠している。観る将。

 黒髪、肩ぐらいまで伸びた髪は変わらず。バレンタインは手作りらしいな朗。

五橋 皐月 (いつつばし さつき)

 千代学園3年生。

 詩とは、中学時代の同級生であり元親友。詩を「重い」と言った張本人。

 自らの罪と詩からの咎から逃げないで向き合った普通の女子高生。

 

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